そうすると、たとえば、原子力発電会社がかりに原子炉を運転する、動力炉を運転する場合には、その国内における保険の限度は五十億、海外にはどれだけ、何かそこのところ……。
そうすると、たとえば、原子力発電会社がかりに原子炉を運転する、動力炉を運転する場合には、その国内における保険の限度は五十億、海外にはどれだけ、何かそこのところ……。
この法律が、特に民間保険に期待をして損害賠償をしようというならば、やはり、その点のはっきりとした確実な見通しがなくて、ばく然たる期待の上にこれを出してくるというのは、私は少し無責任じゃないかと思うのですよ。この点はわれわれがこの法律案を審議する場合における重大な参考資料、というよりも、前提ですから、やはりはっきり出してもらわなければいかぬと思う。ただこういう抽象的な方針だけを示されても、具体的に万一災害が起った場合は、今のような状態でありますと、実際災害を受けた第三者である、たとえば住民なり耕地の所有者なりというものはもうどこへすがっていいかわからない国と国との裁判になれば何年かかるかわからない、国は責任を回避しておるということであ
私は、日本社会党を代表いたしまして、ただいま議題となりました昭和三十三年度一般会計予算補正(第2号)に反対をし、その理由を申し上げたいと存じます。(拍手) なるほど、この補正予算は、その規模において当初予算の一%程度のものであり、その内容も、支出においては、社会保障関係なり、災害復旧あるいは義務教育費国庫負担等、法律によって規定された国家の義務支出であり、また、その財源としては、関税なり、砂糖消費税なり、また相続税、さらには専売納付金の増収確実なる部分を充てておりますので、一見きわめて事務的な補正予算でございます。そこで、先般の委員会においても、自民党の諸君は、社会党がこれに反対する態度を目して反対のための反対であると申されます
この機会に、松尾先生に少し率直な御意見をお教えいただきたいと思いますことは、実は大蔵大臣もおられますが、私ども年来社会保険、特に厚生年金積立金の運用ということについて大きな関心を持っておるわけでございます。ことしもすでに二千六百億ほどの積立金が蓄積されており、利息だけでも百八十億をこえておる。このいわば労働者の社会保険において、こういう形の完全積み立て方式、いわばインフレにおける将来の物価の変動というものを顧慮しない完全積み立て方式がいいか悪いかということが一つの問題であり、学者あるいは専門家の意見の相違点にもなっておるのでございますが、この点といま一つは、やはり日本の社会保障における国庫の責任が予算的に非常に乏しいのではないか。こ
次にもう一点お伺いいたしたいのであります。それは特に私どもの最近憂慮いたしておりますることは、先ほどもお話に出ましたいわゆる経済構造の体質改善ということがいわれておりまするが、現実にはなかなかこの体質改善は思うままに運ばない。ところがこれが日本の雇用構造に非常に大きな断層となって特に敏感にここに出てきているという現実でございます。でありまするから近代化された重化学工業では、一々を統計的に調べてみても、ここ両三、四年来の生産指数は非常に伸びておりますけれども、雇用指数はもはや限度がある。実に著しい落差が生産指数と雇用指数の間にある。労働者一人当りの生産性は非常に伸びておるが、雇用は実に見る影もなく伸びておりません。たとえばこれはここ三
連日の質疑応答によって、おおむね問題は出尽したようでありますので、私は重複を避け、ただ問題の本質、所在が不分明な点について、特に総理大臣の御所見をお伺いいたしたいと存じます。 そこでまず申し上げたいことは、総理は国会を話し合いの場としたい、ここで大いに双方論議を重ねて国民の批判を仰ぎ、また審判に服そう、こういうようにおっしゃるのでありますけれども、とすれば、やはりわれわれ野党も与党も客観的な事実について、いわば共通の認識を持たねばならないと思う。政府の力でも与野党の力関係でも動かすことのできない客観的な事実というものを、われわれが直視し、把握するという努力がなければならないと存じます。現に従来の論戦を見ましても、東西両陣営の緊張
特に最近の動向は、総理もよく御認識と思いますが、たとえば西ドイツのゲッチンゲン宣言、アメリカのフランク報告、先般の日本の平和七人委員会の勧告、これまで宗教家や政治家の専売であった平和の問題を自然科学者が取り上げておる。これは人類の歴史にかつてなかったことです。彼らは原水爆、ミサイルのおそるべき破壊力というものを知り尽して、その良心と道義に基いて立ち上っておるというこの大きな世界的動向を洞察せられて、今言明をせられたように、あくまでも、科学の力は繁栄と平和のためにというその決意を持って、今後の政府の施策の中心に据えていただきたいことを私は特に希望いたします。 そこで、次にお伺いをいたしたいことは、憲法第九条の規定に関してでございま
私がお尋ねをしておる点は、憲法第九条の解釈につき、特に自衛あるいは自衛権、自衛力との関係をお尋ねしておるのではございません。憲法の第九条に明らかに示されておる、戦力は持たない、戦争は放棄する、こういう精神についてでございます。その理由は、たとえば若干の資料を見ますると、一九五六年に、アメリカ陸軍の研究開発部長、原水爆やミサイルの当の担当者でありまするが、そのジェームズ・ギャビンという中将が、こういうことを、彼の著書、「宇宙時代における戦争と平和」という著書においてはっきり申しております。要するに、もしソ連に対してアメリカが核兵器の全面攻撃をやるとすれば、おそらく数億に上るであろうところの死者が出るであろう。しかもその著書の中では、ジ
それでは端的に、九条の戦力を持たない、戦争を放棄するという、条文に明記されたこの規定というものは、すでに今日世界に共通する実践の綱領である、政治原理である、このことをあなたは確信を持ってお答え願えましようか。
私が申し上げておることは、要するに世界の指導者の主観的な判断ではなく、客観的な事実として、先ほど申しましたように、核ミサイルの出現というものが、人類を滅亡に導く以外の何ものでもない、この客観的な、科学的な事実というものをわれわれが直視するならば、戦争しない、戦力を持たないということは、当然に共通な政治原理として、特に岸総理ははっきりこれを私どもの前でお約束を願いたい、こう申し上げておるのです。
不満足ではありますが、それでは総理のお答えに触れて、この憲法の規定というもの、戦力を持たない、戦争を放棄するという規定は、国民全体の決定された意思である。憲法というものの建前からいえば、直接これは他国を拘束する力はないといたしましても、他国の国々もぜひ一つ戦力を保持しない、戦争を放棄するということになってもらいたいという国民の強い願望が表われているものと私は思いますが、その点いかがでございますか。
そうであつてみれば、総理はみずから進んで、今日核ミサイルの時代においては、憲法に明記された日本国民の悲願であるところのこの精神というものを、具体的に全世界の世論に向つて訴える必要がある。これはやはり私は当然な総理のお仕事であろうと思うのでありまするが、いかがでございましょう。
それでは国民のこの悲願、これを訴えられるところの具体的な措置についてお考えになっておられれば、お漏らしを願いたいと思います。
最近、ジュネーヴにおいて核案験の停止会議が行われておる。これに伴う一連の会議がしばしば行われ、その前途は若干紆余曲折をきわめているようであります。しかし、真に日本がこの精神をひつさげて、世界の各国を動かそうとするならば、現在ジュネーヴにおいて行われているあの会議に依存をするということは、現に藤山外相が国際民主主義という言葉を新しく今度は使つておられますが、そういう立場からも、これは適当な措置ではない。と申しまするのは、御存じのように、あの会議の構成国をごらんになりましても、結局は米かソかに大体追随しようという顔ぶれで構成されている。そうして、この核実験とか核兵器という、いわば現在アメリカなりソビエトが持っている一番大切なきばを抜く相
私は、大気圏内の平和利用をも含めて、当面人類の前に立ちはだかつておるこの重大な問題は、ぜひ国連の場で日本が先頭を切つて、諸国の団結の中核になって、そしてこれらの問題について、われわれ人類が安心のできるような解決に積極的に乗り出していただきたいということを、特に強く要望いたします。 なお、私がこの機会にお尋ねいたしたいのは、最近も新聞紙の伝えるところによりますと、科学兵器も戦術兵器としてはかなり両国とも普及しておる。在来兵器にとつてかわられつつあるというのであるから、従って、あながち核兵器の否定というようなことは、時代にそぐわないのではないかというふうな意見も一部に行われているようであります。この点総理はどう思われますか。戦術兵器
アメリカの世界戦略として伝えられておるところによれば、要するに大量報復による全面戦争の抑制、いま一つは地域的な限定戦争における機動力ある戦術部隊の配置ということが言われておる。ところがキッシンジャー、この人はむしろアメリカの政府の側に立つ人でありますが、「核兵器と外交政策」という帯書を最近出しておる。彼はこの中ではっきり明言をしておる。これはアメリカの両院合同委員会でも原子力委員会でもAECの諸君の前でも、公然と説かれておる説でありますが、制限戦争の場合に、一体戦術兵器としての核兵器は、どの程度の規模のものを用い得るか、五十メガトンといっておる。五十メガトンといえば、広島に落ちた原爆の二十五倍だ。これが戦術兵器というものなんです。か
一応最近の核兵器の実情等に触れまして、今憲法上から政府の所信を若干お伺いいたしましたが、どうも私は十分納得いたしかねます。しかしそれはさておきまして、それではこういうような国際的な情勢の中で、具体的に、核兵器の犠牲からいかにして日本を守つていくかという、いわば直接的な問題について総理の責任ある御所信を承わりたいと思うのでございます。ただ、私がこの問題について申す前に、率直な印象として、しばしばこの国会において、国の平和、国の安全という問題が、いわば別々な問題として考えられておつたような傾向がないでもない。しかし、国家という権力的な存在の立場から見れば、もちろん平和のためには当然安全が必要であるし、安全はまた平和のためにのみ是認される
それでは、改定された安保条約の中には、明文として核兵器を持ち込まないという約束は取りつけない、こういうことでございますか。
いろいろな曲折があったとしても、与野党共同で、核非武装の決議というものが国会で議決されるという現実になって参りました。国会のこの決定というものは、判然政府を拘束するはずでございますので、行政府としての立場、その首班としての責任あるあなたの立場からは、明確にこの規定を百取りつけるべきがほんとうじゃないかと思います。と申しますのは、御存じのように、アメリカ原子力法にかんがみましても、核兵器を移動するというようなことについては、やはり大統領の決裁が従来慣例として要るように承知しております。従って、日本に核兵器を持ち込むということは、アメリカの主権にかかわる作戦、用兵の一環である。これを協定において何ら明文化しないで、一体これを拒否するとい
私も同様にそう考えておるのでございます。そこで、いよいよ国会が核非武装の決議案を決定する、与野党をこえた、全国民の悲願としてこれを決定するというならば、この国民を代表する国会の決定された意思というものは、行政府の長としてのあなたは、当然具体的にこれにこたえていただかなければならぬ。今日、核兵器の移動等においては、アメリカ原子力法によって大きな規制があり、大統領の決定事項になっておる。さて、いよいよ決定したが、日本の国民の意思に反するからお断わりしますといって、持ち込みを断わることができますか。やはり協定上明らかに、アメリカの国内法に優先する協定の中でこれを明文化しておかなければ、この持ち込みを拒否し得ない、私はそう判断するのです。重