私は、せっかく防災科学技術センターができたのだから——何もこれまでの開発局のやり方に責任があるとかなんとか、私はそういうむずかしいことを言おうとは思わないのだが一やはりこれは日本全体の経済の発展のためにも、もう一度厳密な科学的な立地条件の検討というものが私は必要ではないかと思うのです。資源調査会の勧告もあったというお話ですが、当然こういう問題は特調費あたりをわずらわして、全国的な規模でやるべきだと思うのだが、いかがなものでしょうか。
私は、せっかく防災科学技術センターができたのだから——何もこれまでの開発局のやり方に責任があるとかなんとか、私はそういうむずかしいことを言おうとは思わないのだが一やはりこれは日本全体の経済の発展のためにも、もう一度厳密な科学的な立地条件の検討というものが私は必要ではないかと思うのです。資源調査会の勧告もあったというお話ですが、当然こういう問題は特調費あたりをわずらわして、全国的な規模でやるべきだと思うのだが、いかがなものでしょうか。
とにかく新潟にいたしましても、たしか昭和二十四年に、新潟に地震が起こるだろうというようなことを予言した専門家があった。しかし、その当時は、幸いにそれは起こらなかったが、十数年先に起こった。なぜそういう予言をされたかわかりませんが、やはり専門家の目から見れば、そこにそういう可能性が見られたのだと私は思うのです。これはやはり専門家の発表された地盤の軟弱な地帯、軟弱地盤で、かつまた地震の可能性が多いということをいろいろなファクターでずっと地域的に出したものを日本全土の地図で見ると、新産都市に指定されているところがそれにおおむね該当しようとしておる。これはなるほど国の緊急な要請かもしれないが、科学不在の経済成長なんてあり得ないのです。人間不
地震予知の問題は、この委員会でも、御記憶でしょうが、ずいぶん熱心に原委員等から御発言があったのです。ところが、これはいまのお話では、一カ年十億、十年間百億程度で地震の予知が一応できるだろう。地震の予知というのは、私は、日本の地震学者というのは世界の非常に高い水準にありて、しかもこの人たちの一つの悲願ではないかと感じておるわけであります。 さて問題は、そういう計画が立てられたというわけだが、やはりこれも予算の裏づけがないと絵にかいたまんじゅうになってしまって、菊池さんをしてまたおもしろい嘆きを繰り返させることになるのだが、これは文部省の関係ですね。
この地震の予知は、今度の予算ではぜひ実現してもらいたいと私は思いますわ。一文惜しみの百知らずというけれども、さて起こったわ、そして何もかも無に帰してしまうというような愚は——特にこういう大産業がどんどん集中し、マンモス化しているときに、予知はますます必要なんだ。しかも、それが新産都市とか工業整備特別地域とかいう形で指定されてそこに集中してくるときに、これらの地域が、先に申しましたように、そういう意味でどうも危険性が多い土地が選ばれているのだからなおさらのこと、耐震構造等、建築方面なり土木方面の耐震的なくふうはもとより必要でしょうが、まず地震の予知ということについては国としては格段な努力を払っていただいて、そしてやはり一文惜しみの百知
どうも和達博士の菊池少納言に対する御進講が足らなかったようですが、こういう点やはり占いじゃなくて、専門の学者が悲願として地震の予知を目がけてきて、どうやら十年たてばできそうだという確信を科学者が持っているのですよ。だから、何もかも当てずっぽうなしろうとの占いと違って、こういう点はやはり認識をして、この予算化に対しては防災科学技術センターを預っておられる科学技術庁としては、積極的に責任をもって協力するぐらいの腹がまえがほしい。それぐらいの理解は持っていただかなければいかぬと私は思う。ぜひひとつお願いしておきたいと思う。 それから、地震予知ということは、和達さん、具体的にどれほど前に、どの範囲の予知ができるのか。ぼくはいろいろものの
一時半から次の会議がありますから、私単に要望だけ申し上げておきたいと思います。 特に地震の予知、天気、気象予報の問題ですが、予報は今後もやはり自然災害の防衛のためには非常に重要な役割りを演じておることは言うまでもない。ところが、だいぶ戦後正確になったように思う。戦前は戦場へ行くときにたまに当たりたくないので、測候所測候所と三度唱えたといううわさもあったくらいだが、このごろはそうじゃない。非常に成績がよいのだが、しかし、それでもやはりときどき間違いがあるようだ。ここまで進んできたのだから、もう少し気象予報体制が整備される、こういうこともぜひひとつ来年度には十分やってもらいたいと思う。 私がいろいろ調べてみた結果では、たとえばレ
もう時間もありませんから、とにかくそういう菊池さんのような態度が非科学的だ。なるほど人工降雨の一番の本家はオーストラリアです。去年からおととしの学会の記録を見ると、なるほど五回実験やっておるが、三回しか成功しておらぬ。日本でも最近やったのが失敗だった。そうかと思えば、この前、四、五年前の渇水のときにテストとしてやっていただいたのは成功しておる。九州で実験したのもおおむねいい成績をあげておる前例だって出ておる。問題は、人工降雨をやったにもかかわらずなぜ降らないかという、その原因の究明が今後の科学的な課題になっておるということであって、これはおととしのオーストラリアの、そういう世界の権威の集まった学会における結論がそうなんだ。日本で来年
原子燃料の問題は、たびたびお尋ねもいたし、御意見も伺っておるのでございますが、私としまして、特に最近部分的核停協定が成立いたしましたというような国際情勢の動きの中から、アメリカ、英国等、日本と特に原子力の開発で緊密な関係にある国国においても、燃料あるいは使用済み燃料に対する政策に大きな変化が見られるような感じがいたします。 そこで、まずどういうような変化をこれらの国々は遂げつつあるのか、この点特に西村さんはその方面のエキスパートでございますが、御意見を承りたいと思います。
一口に申せば、国際的な視野から見れば、部分的核停協定の成立は原子力の平和利用を推進するという意味においては大きな役割りを果たした。ところが、アメリカなりあるいは英国においては、濃縮ウランの生産を四〇%減ずるとか、あるいはプルトニウムの生産は二〇%減ずるとか、またいろいろ局長が言われたように、再処理は民間の手にゆだねよう、濃縮ウランも民間の所有を認めようというような形です。 そういう状態になってまいりますと、原子力の平和利用の国際協力を推進しようとする行き方と、いま一つはまたアメリカなり英国における原子力産業界としての動きというものが矛盾した形になって、日本がその波をかぶるということもあり得るのではないかと思う。 具体的に申せ
基本方針を承っておるのだから、原則として国産化という方針を皆さんはおとりになるのかならないのかということですね。
そこで、国産化ということは打ち出してみても、現在問題は、そのウラン原鉱があるかないか、これは具体的に国産化の大前提になると思うのであります。先般の委員会では、燃料公社の方の御意見は、天然ウランに換算して二千トンはあり得る。またそれをさらに増加し得るというようなお話があった。このいただいた資料を見ると、天然ウラン系が三十九年にはおそらく三百二十トン、あと四十−四十五年までが年平均六十三トンの天然ウランが必要になる、こういうことです。そうすれば、日本国内資源として、二千トンの天然ウランが入手し得るというならば、十分まかない得る状態にあるはずであります。原鉱と精製するまでの過程では一体これをどうかみ合わせていかれるつもりか、どういう計画を
そうしますと、このいただいた資料では、四十年から取りかえ燃料六十三トンずつ要る。一号の東海村の発電炉が二十年稼働ということになっておるから千三百六十トン天然ウランが要るということになっておるわけであります、ごく素朴な数字で。初期消化量が二百三十トン、これで千五百トンあればいい。千五百トンの天然ウランはいま日本の地下資源としてあるわけであります。あるわけだが、しかし外国からイエローケーキを輸入すると言われると、そこに私はちょっと割り切れない感じがするわけなんだが、なぜできないのかということですね。一体燃料公社にその力がないのか、あるいは政府の政策が怠慢なためにその力を持つことができないのか、あるいは何かほかに事情があるのか、この辺のと
それは言われるまでもなく、高い燃料を使って高い電力を出していこうということは、これは妥当でないことは十分承知しておるわけであります。 それではお尋ねいたします。原電の一号炉、こういう規模ですね、六十三トン毎年要る。しかもあれは何か中空燃料というような特殊な構造のものなんだが、こういうものをつくる。このつくる公社の技術ですね。そのためにはいろいろ試験もしなければなりませんでしょう、いろいろな試験があると思いますが、そういう試験を含めて、原子燃料公社としては供給する能力があるかどうかということ、また能力を持ち得るかどうかということ。いま一つは、能力があるにしても、島村さんの御指摘のように、とても高いものについて、それでは無理だという
公社の現在の技術的な段階、またはあまりにも小規模な精製なり成型加工といったようなものは経済的に見ても不合理だというようなことば、これは島村さんもおっしゃったことでもあるが、これはたしか一号炉は十年間原料は英国が保証するというようなことのように私は聞いておりますが、そういうことでございますか。これは契約の内容について十年間はどうしても動かせないのか、向こうからもらわなければならぬのかどうか。トン当たり一万五千円というふうな数字があの当時ありましたが、その辺の数字の関係を、このごろはだいぶイエローケーキも安くなってきているようだから、妥当なお値段なのかどうなのか。その点をひとつお聞かせ願いたい。
十年間かりに英国から天然ウランの成型加工したものを燃料として買ってくるとしても、十一年目からは国産でまかなうという方針でおられるのかどうかという問題なんです。 いまお聞きをすると、国内の民間の研究所のほうでも大体信用できるものもつくれる。これの照射の試験とかいろいろな試験という問題が残されておる。そのために原子力研究所があり、炉材試験炉をつくっていろいろやる。こういうものをフルに活用しながらやる。民間のほうも一時はムードで相当原子力のほうに積極的な意欲を見せておられたが、これも結局いまのところあまり思わしくないというような状態もあるようです。こういうものは公社が主体となって民間業者の協力を求めながら、原子力研究所が持っておる施設
私は、実は念を入れて申し上げておきたいのですが、何もこういう新しい科学において、狭いナショナリズムという意味で私は国産化ということを言うのではないのですよ。国際協力というためには、やはりある程度の自主的な技術の達成を持たなければいかぬ。これなくしては、国際協力ではなくてものまねにすぎないので、その方向への努力をぜひ、天然ウランの関係においても進めてみるべきじゃないか。これが、規模が小さい工場をつくっても、民間産業のほうではなかなか経済的に成り立たないという問題がある。公社があるんだから、公社が主体となって、民間の協力を求めながら、公社に国の資金をつぎ込みながらやっていくというような方法も考えられるだろうし、何かそういうことについて一
濃縮の関係は、いま駒形さんがおっしゃったように新しい技術、私ども聞いているところでは、いわゆる拡散法によると、とほうもない電力も要するし、とてもやれるものではない。遠心分離、これはこの間東海製錬所へ行きましたら、一基据え付けて、やがて一基目も据え付けられるので、これは一万五、六千回回転ができるであろうというような話もそのときの説明で聞いたのです。そのほかにより新しい技術の開発を期待するというようなことを言っておる。そこで私は、それは原則としては非常に正しいことだと思います。やはりガス拡散ではなくて遠心分離ができたというのは、ドイツなりフランスなり、どこか知りませんが、やはり新しいアイデアができて、より経済的、より技術的に安全な核濃縮
そういうことであれば、これはもういたし方ございません。 そこで、先ほど来、天然ウランについても経済ベース経済ベースということが言われておるわけだし、もちろんこれは発電炉なんかについては重大な要素になってくるわけであります。最近はイエローケーキが一トン四・五ドルとか五ドルとか、この前高橋理事長のおっしゃったときよりも半分近くに下がっておるというふうに聞いておるわけです。これは何も政府に株をやれというのではないのですが、底値なら買っておいたほうがいいのです。日本のものには限度があるんだから、そういう手もひとつ考えておいたらどうなんですか。これは将来の動きもあるのでありますから、どうなるかわかりませんが、一体どうなんですか。
国の立場から投機をしてはいけないということは、それはそういうこともあり得るけれども、日本だって日本のお札の安定のためにはやはり金を買っていますからね。だから何も別に投機という意味じゃなくて、どの程度の一たとえば濃縮ウランというものは、さっきもお話にあったように濃縮ウラン四〇%の生産減をやるとアメリカは言っておる。だから非常にもったいない話だと私はこの間佐藤さんに申し上げた。日本ではこれから濃縮ウランをつくるのだけれども、つくろうにも、技術もないし経費もかかるからつくれないという状態です。一方では遊んでおる。 だから、遊んでおるものを使って安いイエローケーキで濃縮ウランをつくらせるという体制を持つことは当然考えていいことだと私は思
計画的にというのは、ここに数字が出ておるものですからね。一応推定される数字として、天然ウラン、濃縮ウランを含めて四十五年に百六十七トン、四十四年に二百二十トン要るというような数字が出ておる。国内では採鉱探鉱施設でやられてもそれだけでは規模が小さいからとてもやりにくい。一方濃縮の技術がない。いろいろな悪条件が重なっておる。そこへもってきて、ただいい条件は、イエローケーキが非常に安くなっている。底値といっていいぐらいな値段になってきておる。だから、これを日本が持って、日本が天然ウランとして日本の工場で加工するならば、日本のほうでも天然ウランの燃料というものは安くできると私は思う。それから、もしこれが濃縮ウランの場合には、委託濃縮をしたと