私の意見をも参考として善処を含む研究が遂げられることの意味を聞きましたから、よい結果を待つわけでありますが、重ねて私が申添えておきたいことは、映画というものは個人演劇を画面に集約したものであつて、例えば連鎖劇のごとき場合は映画とその当人も出て来る、こういつた場合もあり得るので、そういつた連鎖劇という表現はない。併しながら場合によつては将来連鎖劇というものはあり得るかもわからない。昔はよくあつたわけで、個人の演芸を画面に集約したものが映画である。而も通常一時間一万円ならこれは実費主義に六千円で貸されて、そして映画に出た俳優が前後挨拶するといつたのも、挨拶的演芸をするとか或いは音楽を奏でるとか或いは歌謡曲を歌うといつた場合などは、これは
