幹事会でございますね。
幹事会でございますね。
ちょっと余り具体的に思い出せませんが、大蔵次官がその一人であったことは間違いないと思います。
海原事務局長はFST2改の研究開発につきまして、いろいろ疑問を提示されたことは事実でございます。と申しますのは、海原氏は昔からこの研究開発につきましては非常に精密な……
見解を持っておられまして、したがいまして、T2改、これから開発しようというものにつきまして、その性能等について非常に疑義を述べられたということは事実でございました。
まあいろいろもちろん御説明をいたしましたけれども、非常に高度の専門的な事項になりました、技術的な事項になりましたので、これは担当者を呼ぼうということで、夜、ホテルニュージャパンで議論したと、こういうことでございます。
その時刻についてはちょっと記憶ございません。
記憶にございません。
これはございません。
これは幹事会の後、この問題については幹事会で結論を得ませんので、官房副長官の部屋に場所を移しまして関係者でさらに議論をいたしました。それでもなかなか議論が尽きませんので、夜のホテルニュージャパンに場所を移したということでございまして……
その際に筒井君に来てもらいまして、いろいろ海原氏の疑問に対してこれを解明する、こういう手続をとったわけでございます。
海原事務局長からいろいろな質問がございまして、それに対して筒井君の方から非常に私の印象では明快に答弁をしておったように思います。
彼の答弁に関する限りは若干、一〇〇%の御理解であったかどうか知りませんけれども、その説明の限りにおいては、御理解いただいたというふうに私どもは考えておりました。
結末はそのときには得られなかったというふうに記憶しております。
完全には、ですから海原氏の疑問は解明されなかったということではないかと思います。
八日の日は大体昼ごろから集まりまして、正式に最初次官の部屋で、私の部屋でいろいろ議論したり、長官においで願って長官室で議論したりしておりましたので、正式に庁議という形、そういうかた苦しい形ではなかったと思いますけれども、その時刻は恐らく——その前に防衛局の方でいろいろ検討いたしておりましたので、三時かそこらからどれぐらいの時間だったか、ちょっと記憶しておりませんけれども、二、三時間は議論しておったというふうに思います。
そういう長官を囲んでの協議の中で、まあ海原氏の提案の問題もございまして、防衛庁の検討の結果については、さらに後藤田副長官の方へ説明をしておく必要があるだろうというこれは皆の意見であったと思いますけれども、それを受けまして、私が経理局長と二人で夕刻後藤田副長官の方に訪問をいたしまして、そこでやはり防衛庁としてはいろいろ検討したけれども、結局これは両方とも国産でいきたいということを御説明をいたしました。それに対して後藤田副長官の方は、別にいいとも悪いとも言われなかったように記憶しております。
そのときに私が相澤局長に面会を申し込んだかどうか、ちょっとそこのところは記憶は定かでございません。まあ何らかの連絡をしたいという気持ちはあったと思いますけれども、正式に申し込んだかどうか、そこのところはちょっと記憶がありません。
そこのところどうも私当時の状況を思い出せないのでございますが、まあ後藤田副長官のところに説明に行くわけでございますので、当然大蔵省に対しても、われわれの検討の結果につきまして説明をしたいという気持ちが起こったのはこれは自然だと思いますけれども、それも私、いま非常に現実にこう思い出すことができません。
吉國次官に声をかけようとしたことはないと思います。
その辺はゴルフという話はちょっと私も承知しておりませんでした。不在であるという記憶はございました。