農林省来ていますか。――それで、現状は農作業の始まり、最盛期、終わり、こういったところ、大体日にちを追ってくれませんか。
農林省来ていますか。――それで、現状は農作業の始まり、最盛期、終わり、こういったところ、大体日にちを追ってくれませんか。
大体そうなっているね。これは東北の方からの資料ですが、やはり農作業が早まったというのは機械化したからなんですね。ちょっと参考までに、四十八年ころから三〇%がコンバインだった、コンバイン刈り入れ。ところが六十二年になったら八五・二%がコンバイン、ほとんど手刈りはない。それからバインダー、昭和四十八年ころは五六%、六十二年になったらほとんどない、一四・三%。さらに申し上げます。今度は収穫期、昭和五十一年ころは始まりが十月九日、これは平均値ですよ。それから最盛期は十月十八日、終わりは十月二十九日、結局二十日間かかったわけですね。ところが、六十二年となったら始まりが九月二十八日、最盛期が十月四日、それから終わりが十月十一日、こういうように、
どうもあなたは腰かけではないと言うけれども身についていないな、カモに限定かもしれませんがという程度では。私は愛鳥懇話会の方の世話人だから、免許を持っているわけではないしハンターに関心があるわけではない、興味はないけれども、百科辞典を見ると、カモというのは「百二十種の鳥の総称。極地を除く全世界に分布する。」「一般に北方系の渡り性の強いカモ類は秋も冬季には何種類かがいっしょになって生活する。」こういう生態を持っているというのが百科辞典にあります。 そこで、津軽海峡冬景色、今度はトンネルができたけれども、津軽海峡が十月一日ドン。津軽海峡の距離は五十キロから六十キロ、それで十一月十五日青森の方が用意ドン。渡り性が強い。十一月十五日ごろは
思っているというのはみんなが言うならいいのだ、あなたが思っているのではだめじゃないですか。 その陳情は一番最初にいつ来ましたか。
私の手元にあるのは、五十九年十一月十三日付環境庁長官石本茂殿、こういうようになっております。そしてこれは政務次官、皆さんも、やはり三十一万九千四百六十六人もの陳情となれば、本当に大規模な陳情だなと私も思っておったのですが、これはちゃんと狩猟制度検討特別委員会委員長相馬昭男、こういうことで、第一回では「猟期について」、「猟期の見直し」「渡鳥の猟期」「カモ類の猟期」。それからさらに第二回では「保護区」、「設定」「管理運営」「保護区と農林水産業との調和」、そして「休猟区」の「管理運営」、それから「有害鳥獣駆除」「鳥獣の繁殖」「専門職員等の配置」「鳥獣保護の財源について」、こういうのが非常に学究的というか、調査したものが出ている。これはこち
それはあなた、今の代の局長にばかり言ったって悪いかと思うのですが、かつての課長の佐野さんなんか、今帯広の営林支局長になっているので恐らくくしゃみをしているのではないかと思うが、県知事の判こで長官あてに来たら、今検討中だとかあるいは野鳥の会その他の各種団体との調整をしているとか、こういう正式な令書が来たらやはり出すべきではないだろうかね。私はそう思いますよ。 私がなぜこういうことを言うかというと、話は違うが――委員長、年前中はこれでやめて、あとは長官によく説明して、午後の分は私の持ち時間までしかやりませんからやめますけれども、例えばオゾン層だって、あれなんかどう考えたって政務次官、環境委員会じゃないですか。国際法ですよ。諸外国はみ
本会議があるようですから、これで午前中の分を終わります。
大臣、午前中は大臣の離席を承知の上で質問に入ったわけですが、時節柄バードウイークの話など、釣り糸公害、さらには委員長の了解を得て、巣箱それからカドミウムの棒まで持ち出して、汗を流して御理解を得ようとしましたが、問題は、環境庁というのは自然の保護と開発と両方見なければならぬ。さらに、鳥獣の保護と狩猟という問題等で、なかなかしっくりしない問題に中に入って調整をとるというところに、環境庁にはほかの官庁にはない大変な御努力があるのだと私は思っています。 そこで、時間が三十分近くありますけれども、私はこの二問で、ちょっと打ち合わせもしましたので、ここに確認をしておきたいと思いますが、いずれにいたしましても、知事の名前で来た公文書を、しかも
最後に大臣に伺いますが、午前中、委員長以下みんな聞いてくれましたが、北海道は十月一日から猟期開始、津軽海峡を渡った途端に十一月十五日、四十五日後だ。さらに十一月十五日は沖縄まで一緒だ。渡り鳥のカモをとらせまいということであればまた別の方法があるのです。それから、余り区分を分けると、趣味でないハンターの専門家が、渡り鳥と同時に同じように渡って歩くハンターが出てくるので、この辺は十分に観念が必要だろうと思うが、そういったものも工夫して、私が午前中やったことを大臣は担当事務局から聞いておられると思いますので、最後にその一問を伺って、あと私の残余の時間は、警察庁や労働省などおいでくださっておりまするけれども、お許しいただきます。では大臣、最
ありがとうございました。
専ら国内問題で、円高不況にあえぐ産業の幾つかを取り上げ、特に非鉄金属、さらにひいては雇用問題、私たちは五十万人雇用創出プランというのを政府の方にお出ししておりますが、そして近く労働基準法が審議されるだろうと思うのですが時間短縮の問題、それから農業、林業、さらに加えて戦後処理、戦後四十数年になりましたが、まだ処理されていないたくさんの問題があるのですが、特にシベリア抑留者の問題で新たに惹起した問題がありますので、こういう通告をいたしております。しかし順番は、官房長官の十一時からの定例記者会見などもありますし、ちょっとやりくりします。 専ら国内問題でございますが、ただ一つだけ、きのう例のココムの問題で外務大臣が、初めてですが因果関係
保護主義とあくまで戦うということであれば、農業問題のときもそういう問題をとらえてやっていきたいと思うのです。 ところで、国内問題となるとどうしても――今の問題については区切りをつけたいのですが、この予算委員会は十七日までセットしておりますので、十七日までのセットを決めた翌々日に、今回の補正予算に最も関係のある通産大臣が不在である、渡米される、こういう趣旨は十分踏まえましたが、予算委員長以下理事会としては実は大変に苦慮いたしたわけです。しかし、いろいろと吟味いたしまして、それでは一巡したというところで、きのう急いで走ってもらったわけですが、この成り行きについて、刻々と情報が入ると思いますし、うちの方の同僚議員も十七日もございますの
そこで、大蔵大臣はどういう御所見でやっていかれるかという総理のあれもありましたのですが、今の補正予算二兆七百九十億、百四十円で換算しますと百四十八億ドルですか、ベネチア・サミットでも国際公約してまいりました二本の柱が、大蔵大臣の予算説明の趣旨にもありました。それは、一つは内需拡大であり、一つは対外不均衡是正である、こういうことでございましたが、問題は、感じは、この程度で果たして国際公約を初めとして国民が期待しておる円高不況対策、雇用創出、農林業等々、この日本列島を包む今の低迷しておる経済情勢に対し、内需拡大とさらに対外不均衡是正というのが効果があるだろうかな、私はこう感じました。 そこで、さっきの総理のお話もありましたが、問題は
さらに雇用問題とか円高不況等を並べてありますが、やはり大蔵大臣の御意見次第だなというふうに感じますので、少し御意見をこれから聞かしていただきたいと思います。 宮澤大蔵大臣にこういうことを言うのは釈迦に説法だとは思いますが、私たちはこう思います。 内需拡大はいろいろな本にも書いてありますが、一時的な施策では効果がないんだ、息長くやるというか続けていかなければならない、こういうような、従来私の経験では余り見ない補正の二兆円というようなものは、これを頭に描きながら、長期的に息長くやっていく必要があるということを申し上げたいわけです。 それから一方、貿易摩擦で非常に問題を起こしておるわけですが、やはり輸出規制というか輸出自制、そ
それで、もう少し気になるのは、今公共土木事業等がありましたが、何となくせっかくのこの大型の予算が、もちろん十分留意して政府はかかっていると伺っていますが、こうべらぼうに高くなった土地に、土地高騰にこの大型の補正予算が吸収されていくのではないだろうか、こういうようなところも気になるだけに、さらにもう少し伺っていきたいのです。 宮澤さんは余り方々で、自分の将来の展望なり有力なるニューリーダーとしての御意見を伺う機会がないのですが、それでも青森などへ行って非常に庶民性を発揮されたりしてお話ししております。したがって、記者会見で、あるいは宮澤総理――ごめんなさい、まだ早いですね、宮澤蔵相をこの新聞記者会見などで非常に興味を持って見ており
これ以上余り聞いていると、ちょっと時間がなくなる。 この新行革審は、臨時緊急ということでこの大型予算をつくったのか。 そこで、総理は通産大臣の代行をおやりになるということですが、通産省はさきに社会経済活性化構想というのを発表されました。この社会経済活性化構想によれば、今回の円高構造調整は五年程度かかるとこの文章には書いてあります。活性化構想には歴然と書いてある。五年続けて積極拡大政策で初めて理想である四%成長ができるのだ、こういうことをうたっておるのですが、その辺、これは総理にあれですけれども。
政府委員のお話は、時間がなくなったので結構です。 そこで、雇用問題ですが、労働基準法の改正が近く審議されるということで、私たちも意見を出しながら、あるいは労働四団体も出しておるわけですが、いよいよ労働基準法、戦後四十年、松岡駒吉でしたかね、労働大臣。この労働基準法というのは聖域というか、手をつけられなかった。代代の内閣は手をつけられない。野党は野党なりに、何となくこれに手をつけると不気味だった。憲法と言われるくらいのものです。いよいよこれにひとつ改正を出してみよう、こういうことでございました。 しかし、その中で週四十八時間労働、よくもやれたなというように感じますが、それは占領下で、マッカーサー司令部の大命令もこれあったからだ
三百人以上の事業規模を四十時間以内でやっているのは七二・二%、こういうことから伺いたいのですが、今、労働大臣の話を聞いていると、社会の趨勢それから動きそれから実態に後追いというか、合わせたような労働基準法の改正なんというのは、それは行政指導でできるのよ。終戦後四十年ぶりの労働基準法改正でしょう。あの残業二割五分つけたというのは、いろいろ論議があったが、二割五分も事業家に払わせるんなら残業させないであろうという配慮が非常に強く働いた。ところが、今は二割五分を欲しがって残業をしたがるというあれもあるんだよ。 そうじゃなくて、労働基準法という労働の憲法はやはりめど、ばちっと柱をつくっておいて、後でいろいろな問題があるだろうから、それは
法律というのは一つの示唆も含まっているのだから、七二・二%という今の実態でしょう、三百人以上は。それ以内なんだから。そういう時代になったからぼつぼつ四十時間制を法律にも一部うたっておこうかなということでは、この基準法の大改正は恐らく成立はおぼつかないですよ。これだけになったのだから、あとの残る二十何%の人力を行政指導なりあるいは助成その他でやっていくからまず法律をつくろう、こういう気構えがなければ、何のための四十年ぶりの基準法へのメスかね。これは恐らく成立は無理だろうと思うのです、言っておきますけれども。 それから、官房長官の定例記者会見だから、ちょっと一つだけ。 戦後処理の問題です。これも四十数年になったのですが、官房長官
もし時間があればどうぞ……。 今、戦後処理の話をいろいろ並べていただいたのですが、最後の三行か五行ぐらいの問題なんです。シベリア抑留だけの問題でこれからやるのですが、今何らやっていない。いわゆる英米の範囲内からの捕虜に対しては確かに賃金も払っておる、補償もしておる。ところがソ連の方から来ておる者はやっていない。そこで、間もなく裁判の結審が出るらしいのですが、今十万円ぐらい、こうなると、金となるとやはり関心を持たざるを得ない。五十万人のうち十何万死んで三十何万ぐらい、三十四、五万。ところが、今までずっと叫んできて亡くなっているわけですね。遺族がいるわけだ。遺族は、今の官房長官の言う十万円でも除外する、度外視する、こういうことですか