どうするのですか。
どうするのですか。
国際的に今いろいろと、だめだ、だめだというのでどんどん手を引きつつありますけれども、そのことが大変大きな破局を迎えるということになってはならない、こう思いますし、日ソの領土交渉にもこれは悪い影響を持ってくるわけですから、そういう意味で積極的にイニシアチブをとってもらうことをお願いをしたい、こういうふうに思います。 最後に、湾岸戦争についてちょっと触れておきたいと思います。 私は、この湾岸戦争の停戦後すぐの本委員会で、アメリカ・多国籍軍は戦争に勝って政治に負けるということを指摘しました。あなたは別に反論はありませんでした。残念ながら今はそういう方向にだんだん深まってきているのじゃないか。一日千人ずつクルド難民は死んでいるのです
終わります。
きのうの理事会で、政府側から今度の湾岸戦争に出動した在日米軍の数について報告がありました。それは、主に海兵隊約八千、それから洋上展開が約七千、こういう報告がありました。 そこで外務大臣にお尋ねしたいのですが、高沢委員やその他の委員が質問しましたときには、その数はわからない、こういうことでしたね。そうしますと、それは安保条約第四条の随時協議で、今度協議をして初めてわかった数字なんですか。どうですか。
昨年の八月、イラクがクウェートに侵攻したわけですね。そうすると約八カ月、その間、どれぐらいの米軍が移動したかということについて事務的な連絡ということにしろ、在日米軍の移動、これはもう新聞にもしょっちゅう出ているわけです。沖縄出身の戦死者も出たわけですね。これはハワイの方からの出動ですけれども、出た。そうしますと、一万五千の在日米軍が動いておるのを今日まで、国会で、当委員会でやかましく、しかも相当理事会では激しい質問に対 してはいろいろな、どの項目がどういうふうにもめたか余り知りませんが、しかしいずれにしてもこれだけの数字を今日までやかましく言われるまでは調べようともしない、知ろうともしないということはどういうことだったのですか。
あなたは私が事前協議を聞くと思っているから、そんな長々としているのだ。そんなこと聞かぬですよ。もう同じこと繰り返して何年議論していますか。 外務大臣、四万六千ですね、在日米軍。約五万、五万と多く言っているが、四万六千。一万五千ですよ。一万五千いなくても極東の平和と安全にはこの八カ月間何ら差しさわりがなかった。そして米軍の移動については何にも知ろうともしなかった。ということは、在日米軍から、四万六千の中から一万五千出ていっても、そのことは極東の平和と安全というものについては何ら支障がないという、安心感というのですか、それとも今日の、つまり日米安保条約というものの役割が変わっている。つまり在日米軍というものの役割が変わっている。極東
そうすると、これはどこまで減らしても大丈夫なのですか、あなた方の考えでいけば。つまり今両方合わせたら六万。その六万体制というのが今の状況ですけれども、つまり去年アメリカの国防省はアジアからの削減計画というのを出しております。韓国からも沖縄の基地からも削減していく、こういう方向ですね。そうしますと、その削減計画の方向というのは変わっていないというふうに理解してよろしいですか。
この在日米軍駐留経費特別協定で協定の目的に「合衆国軍隊の効果的な活動を確保するため、」こうあります。しかし、今触れましたように、在日米軍が何カ月か、半年以上出ていっても極東の平和と安全には何らかかわりない、こういうことになりますと、この目的、「活動を確保する」ということは、先般来高沢委員や松原委員などからもそれぞれございますけれども、つまり在日米軍の基地の役割、それは日米安保の役割にもなりますが、それは極東の平和と安全よりも、アメリカが世界戦略を進めていく上においてやることすべての活動を効果あらしめるための在日米軍であり日本の基地であるという、まさにそういう方向に今来ておる、こういうふうに思います。大臣、いかがですか。
今大臣も言われましたように、アジア・太平洋は安定している、平静だ、こういうことですよね。そうしましたら、この極東の平和と安全、その範囲はいろいろこれまで議論が重ねられてきております。いずれにしましても、この日米安保というものは極東、つまりアジア・太平洋、我々が考えておったアジア・太平洋そのものよりも日本の安全保障というのを非常に広げてしまっている。だから、つまりそれはアメリカの世界戦略のかなめとしての在日米軍であり、また在日米軍基地であるということを、今の米軍の移動というものに対して全く関心を示さずに自由な行動を許してきておるということの中に、今日の日米安保条約というものの性格あるいは位置づけ、そういうものは変わってきておると思いま
ヨーロッパでは、CSCEに行った。柔軟反応戦略や前方展開戦略というのは大きく変わってきたわけですね。そこで、日本の戦後体制というものを少し振り返ってみますと、やはり非常に変わってきているのですよ、アジアにおいても。ただ、日本の戦後体制というのは、不幸なことに朝鮮戦争というものを境にサンフランシスコの平和条約と日米安全保障条約というもので戦後体制の枠組みがつくられたということは、今日依然として朝鮮半島問題が解決できないでおるということを考えますと、ヨーロッパと比較しますと大変不幸な状況が今続いておるわけです。 旧安保というのは、いずれにしましても日本の再軍備を許さない、阻止をするというのが一番大きな目的でありましたし、そのためにフ
外務大臣は今、日米軍事同盟が中心ではない、こういうふうに言われた。まさに日米安保というのは日米軍事同盟だ、そういう認識ですよね。そうしますと、これは湾岸に出ていくいろいろな問題にしましても、つまり個別的自衛権から集団的自衛権、集団安全保障、こういうふうに発展をしていくその方向づけを言われた。だから、日米安保条約が日米軍事同盟だということについては、外務大臣の見解はそういうことですね。
しかし、それは既に極東の範囲を超えて、つまりアメリカの世界戦略と一体になって果たしておる、そういうふうに理解していいですね。
アジアの問題について先ほど触れられました。そうしますと、それぞれの問題を考えるとそれぞれ、つまり米、ソ、中それぞれかかわり合っておりますね。去年の九月の、ニューヨークはやめておきます。今も三つのことを言われた。私もそれは一つの懸案だと思います。ドイツがCSCEに至る経過というのは後ほど少しやります。が、その前に、今外務大臣が言われたアジアのいろいろな問題、アジアの安全保障の問題について触れられましたが、そうしますと、私は率直に言って日本の姿勢というのは非常に大事だと思うのです。だから、極端に言えば、日本が変わればアジアの軍縮、アジアの平和保障、そういうものの様子も変わる、こうまで私は思うのです。 つまり、日本は日米の軸、私は日米
個別にはしているのですよ。しかし、大事なことは、私は、ニューヨークで十五カ国の外相が集まって話し合った、結構だと思います。しかしそこで、では全アジアの安全保障という方向に行こうじゃないか、どうしたらアジアにおける信頼醸成ができるかということを話し合ったのですか。
韓ソ会談はそれで生まれたわけではなくて、ゴルバチョフ大統領が、つまりウラジオストクなりクラスノヤルスクなりでそういう演説をやり、そしてアジアへの方向を出してきた新思考外交というものが韓ソの国交正常化にもきたわけです。日本がそういう状況をつくったのじゃないのですよ。これは後ほど、ウラジオストク演説なりクラスノヤルスクなりの評価について当委員会でどんな議論がされたかを少ししますが、日本がそういう状況をつくってきたのじゃないのですよ。だから、会合を開いたからといって得意になったってだめですよ。
それは事実が違うのですよ。それは日朝の国交正常化というのが共同声明された、その後韓ソのあれに動いていくわけですよ。だから、それはアジアの変化に対する南北両方の考え方ですよ。それがそこにきているわけです。速めたというのは、それはまさに日朝の国交正常化への動きというもの、また韓ソの動き、そういうものが全部絡み合っているわけですから、その点については席を設けたからということで余り御自慢にならないように。それよりもう少し実質アジアの緊張緩和をどう進めるかということを進めるべきだと私は思うのです。 そこで、ヨーロッパのCSCEのパリ憲章というものに至る道というのは決して直線ではないと思います。しかし、これは七〇年代のドイツのブラント政権の
条約局長、お尋ねしますが、ワルシャワ条約というのは、これは余り読まないと思いますけれども、これは全ヨーロッパというものを展望しているのですね。ワルシャワ条約の前文をひとつ条約局長、読んでみてください。
それは、全欧安保協力会議をヘルシンキで開いてくるイニシアチブをソビエトがとってきたわけですけれども、そういう方向で来たわけですよ。しかも、これがソビエトにしてみますと、今問題になっているように東ヨーロッパ自体を解体をするということにもなってきておりますけれども、ヨーロッパの、全ヨーロッパのという方向を目指してきたわけです。 そこで、ゴルバチョフ大統領が日本に来るわけ でございますけれども、北方領土というものとソ連の安全保障というものを今考えた場合に、日本の外務省がどういうふうに考えているか、少しお尋ねをしたいと思うのですね。 ゴルバチョフ大統領が日本に参りますということは、ソ連の最高首脳が日本に来ることは、ロシア皇帝のニコ
先ほどドイツの問題を言いました。つまり、西ドイツはソ連の対決姿勢をどう下げるかということに全力を挙げてきた。それからヨーロッパの隣国との関係を、つまりドイツのヨーロッパではなくてヨーロッパのドイツ、そういうことを目指して大変謙虚に進めてきたわけですね。いろいろ努力をしてきたわけですよ。 そうしますと、北方領土の戦略的な価値というものを引き下げさせる。そのためには、日本は、つまりドイツがやったような形でいくと日本は何をすべきか。ソ連が変わったら、ソ連が変わったら、こう来ました。しかし、日本がソ連の対決姿勢を変えていく。つまり潜在的脅威というのは防衛白書から外しました。しかし、そういうソ連の北方領土の戦略的な価値というものを引き下げ
つまり、アメリカか日本か、こう言えばいいのですかね。そうすると、アジア・太平洋戦略という面からいえば対ソですね。しかし対ソは変わってきたということになったら、北方領土の戦略的な価値というのは、つまり対米、ソビエトの対米という面から見ても下がったと見るのですか、それとも変わらないと見るのですか、それは北方領土の返還とも、つまりソ連側の意図とも関連しますが、どう見ますか。