実は、一九七二年の九月二十九日に共同声明が締結された。その前に田中前総理大臣、大平元外務大臣、この共同声明の第七項について、非常に深く突っ込んだ意見を周総理との間に交わした様子はないんですね。ないんです。薄ぼんやりとでもないんでしょうが、上海コミュニケにあるなら入れようということであったというふうに思われる節がある。いまの御説明であれば、先般、河野謙三参議院議長が、何かの機会に田中さんから、あれは共同行動を起こすというようなことをソ連が恐れておる、あるいはソ連がそれに関心を持っておるというようなニュアンスを受けて、先般蓼承志氏との会談で持ち出したそうですね。すると、そんなばかなことはない、これは両国の精神的団結の印であるということを
