楽石社そのものに関してといいますか、社会事業団体として払えない場合どうするかという問題、これは別としまして、やはりこういうふうに国有財産を安く買って高く売るという例がほかにもあるのじゃないかと思いますが、そういうことのために、やはり大蔵省としてはこういう問題は厳格にやってほしいと思うのですが、ところで、この買ったほうは、国有財産だからそういうことがあるということを御存じであったと思うのですが、これは知っていても知らなくても、全然何もそれには責任はないわけですね。
楽石社そのものに関してといいますか、社会事業団体として払えない場合どうするかという問題、これは別としまして、やはりこういうふうに国有財産を安く買って高く売るという例がほかにもあるのじゃないかと思いますが、そういうことのために、やはり大蔵省としてはこういう問題は厳格にやってほしいと思うのですが、ところで、この買ったほうは、国有財産だからそういうことがあるということを御存じであったと思うのですが、これは知っていても知らなくても、全然何もそれには責任はないわけですね。
それでいいのかどうかということにも多少の疑問がありますけれども、一応法的にはないということになれば、いわゆる新聞で、払い下げた国有地がマンションに化けるということは、これは所有者であった山下さんに対してはたいへんお気の毒だったということにもなるわけでして、それに関する限りは何もなかった、こういうことになるわけですね。そうすると、問題は、あとの厚生省の問題になりまして、厚生大臣に伺いたいのですが、このベル福祉会館は、三十六年度の予算で三千万円の補助金をお出しになっておるわけなんですが、そのとき、どういう目的でというか、どういう名目でお出しになっておりますでしょうか。
私が聞いているところでは、この三千万円の補助金というのは、全日本ろうあ連盟、これはろうあ者の全国的な一番大きな団体のようですが、その団体の三十五年の総会で決議して、そうして陳情をした。ちょうど池田総理の御親族にろうあ者がおいでになるとかいうので、非常に当時の総理が熱心に御努力になって、そうして三千万が補助されることになった。実は、ろうあ者たちは、現在の国立聴力言語障害者センター、これができたときに、これはもう自分たちの一つの会館ができるのだ、ここで自分たちの会合もできるし、あるいは身の上相談なんかもそこでできるのだ、こう思っていたところが、できてしまったら、それはできない。こういうことで非常に失望をして、それではやはり私たち自身の会
それは初めの予算がきまったときから、実際に金を補助したときまでに、ある期間があってその間に変更になっている、こういうことだから、いまお述べになったようになっていると思います。ところで、でき上がったベル福祉会館には、地階と一、二階を使って三階から六階までは、いま厚生大臣がおっしゃったように、碑文谷マンションとして、一区画七百四十万円から千三百四十万円で、二十四ブロックつくって、そうしてそれを売り出しておいでになり、それが一つの問題となっておるわけなんですが、大臣、会館ごらんになりましたか。
社会局長、ごらんになりましたか。
でき上がれば、補助金を出している関係上、厚生省は会館の監査をなさることになるわけですね。まだ監査は済んでないんですか。
私も見てきました。まあ七号の国道ですか、碑文谷国道のところに沿っていて、非常にすばらしいものでして、マンションの名前に値するほどのりっぱな建物で、びっくりしてしまったのですが、そのりっぱなマンションの正面の玄関、大通りに面した玄関の横に黒い石があって、それに「ベル福祉会館」と書いてあるのですが、そこの地下と一階、二階がそうなんでしょうけれども、玄関の正面に立って見ますと、これはマンションのところまでみんなベル福祉会館と思えるのですが、それからちょっと横へまいりましたら、ちょうど二階の辺の壁のところに、「碑文谷マンション」と書いてあるのですよ。だから、そっち側から見ると、ベル福祉会館というものはちっともわからないのです。みんな碑文谷マ
まあ、りっぱなものができて喜んでいるろうあ者の人もいると思いますが、中には多少不満を持っている人もあるらしいことを、私はここに持っているのですが、「日本聴力障害新聞」というのが、全日本ろうあ者の団体の機関新聞でありますが、その一月号を見ますると、感想が出ているのですが、この一月号には、さっきの寄付金のような金額というところまではいかないで、三十万円集めると、「貧しいろうあ者のふところから、三十万円集めたことは大したもので、日本ベル福祉協会側も、全国中のろうあ者の気持を十分尊重して運営してほしい」云々と、こう書いてあるし、「しかし問題は同会館の内容で、必ずしも全日ろう連の要望にそっていない様である」云々ということをちょっと書いてありま
それでは次には、いま行くえ不明になおなっておられるまする同僚議員の辻政信氏の件について、外務大臣にお伺いしたいと思います。辻政信氏は、この六月一日で任期が満了となり議席がなくなりますので、この際、長く同じ無所属の控え室におりました私から、御家族並びに同氏の支持者であった六十八万余の全国の有権者の方々にかわって、責任者である外務大臣にお伺いしたいと思います。 この間、三月十八日に外務省顧問の松本俊一氏が特派大使としてインドシナ地方へおいでになったようですが、同地方で行くえ不明に辻さんはなられたのですけれども、同氏の、松本さんの任務の中にひとつ辻さんの問題も入っておりますかどうですか。それを伺いたい。
そうしますとまあ受け身で、まああれば聞くけれども、なければないでそのままと、こういうことですか。
まあ特別な、特別なといいますか、さっき大臣のおっしゃったような任務をお持ちになっておることは、私どもよく承知をしておりますけれども、どうせ在外の公館においでになり、向こうの人たちにお会いになるのだから、そういう機会にやはり辻さんのことも聞いてくださるということくらいの心づかいは、私はあっても当然じゃないかと思うのですけれども、どうもいまの大臣の御答弁、もちろん当然平生からやっておるからということだけでは、私は少しあまり満足できないんですけれども、まあそれはもう少しあとでまた申し上げましょう。 辻氏は三十六年四月一日の本院の本会議で請暇の許可を得て、公用旅券で四月四日に羽田を出発して、インドシナ四国へ旅行されたわけですが、これは辻
まあいまになってそういうことを伺っても、それは関係あるとはちょっとおっしゃりにくいから、まあそういう答えを伺おうとするほうが無理かと思うのですけれども、大体、海外にいる日本人の生命財産を守るのは、外務大臣の任務ですね。一般の国民の場合でも行くえ不明になった場合には、外務省は全力を尽くして捜査をすべきでありますが、特に辻代の場合は、国会議員であり、重要な任務を持っていられたと思われるので、その行くえ不明になってから四年近くなるのですが、ここ一年半というものは、何にも情報を外務省からもらっていないといいますか、外務省はそのままほうてあると、こう言ってもいいんだと思うのですけれども、一体どんなふうにいままで調査をしてくだすったか。これは政
辻氏の消息が不明になってからのことについて、国会の事務局は非常に親切だった。しかし、外務当局は本省はじめ出先機関も不親切だった、非協力的であったということは、家族の持っておいでになる不満のようです。それで同じ国会議員でも、もし自民党の幹部の方が行くえ不明になったというんだったら、大騒ぎしてさがしてくださるでしょうけれども、辻氏は無所属で——私どもも同じ立案なんですけれども、なんで結局あまり力を入れてもらえないと、まあ不親切じゃないかというふうにちょっとひがみたくもなるんですけれども、外務大臣どうですか。そういう印象を与えているということについて、どうお考えになりますか。
六月一日以後になりますというと、辻氏は一国民という立場におなりになりますが、外務省はその後の同氏の捜査についてどういうふうにしてくださるんでしょうか。
実は御家族は、いまの現状のもとに行くえ不明だというままではほんとうにつらい、だから推定でもいい、生きているかもしれない、あるいは死んだかもしれないというような推定を、外務省から何かもらえないだろうかというような希望もありますけれども、外務省いかがですか。
まあ、さっきちょっと申しましたけれども、外務省は御家族に対して、直接いままで一度も連絡をなさったことがない。これは国会を通じてだからそれでいいと、こういうことだったかもしれませんけれども、六月一日以後は直接連絡をしていただかなければならぬし、その点も念を押しておきたいのですが、よろしいですか。
次に、それじゃ国会の事務局にちょっと伺いたいのですが、辻氏の行くえ不明中の歳貿等の支払いは、どうなっておりますか。これは国民の中にそういう点を心配しておる人もありますので、この際はっきりしておいていただきたいと思うのですが。
それは歳費だけですね。ほかのいろいろな手当とか、いろいろなものは何もないわけですね。
まあ辻氏は衆議院、参議院両方合わせますと、ちょうど十二年にこの六月一日でおなりになるわけですから、そうすると年金をお受けになる資格があるわけだと思いますが、それはどうなるのでしょうか。
互助年金の何か規定には、御本人が申請をしなければいけない、もらえないということになっていると聞くのですが、そうすると、御本人がいらっしゃらないから、それももらえないということになりますね。それからまあ、まだ不明なんだから、もちろん御家族の方にも何もいかないということになりますね。