認められたわけですか。ちょっと私聞き落としましたが、笛吹さん、何とおっしゃいました。
認められたわけですか。ちょっと私聞き落としましたが、笛吹さん、何とおっしゃいました。
それではわかりません。すなわち、帰国の道は、現状では、残念ながらほとんど困難である、これをお認めになったわけですか。はっきりおっしゃってください。
まだ同じことを言っておるのです。アリが一匹通るくらいの道があるからといって、道があるということを言うばかがどこにありますか。人間が通れるくらいの道があるとき、初めて道があるというのでしょう。 そこで、道はあるという、どういう道がありますか。幾らかかりますか。そして一月に幾つ道がありますか。その道を示してあなたのほうにビザの申請ができますか。笛吹君、人をばかにするのはやめたまえ。私は、弾劾委員会でも何でもあなたをかけねばならぬ。官吏服務規律違反じゃないですか、そういうことをなおかつ言われるのは。笛吹さん、答えてください。そういう道は、残念ながら、国交の回復がなく、かつ旅客船がないために、ほとんど正常な道は閉ざされておる現状です、な
まだ言っているね。何人くらい可能かと言っているのです。あるいは亡命のときの特殊なパトロンがおるときは例外中の例外でありまして、普通の帰国者が五十人、百人と乗れるようなルートがありますかということを聞いているのです。二人か三人のことだったのですか。まだそれを言うならば、これは主査から注意していただかねばならぬと私は思います。何のためにわれわれは予算分科会をやっているのでしょうか。竹本さん、予算分科会はこういうことでいいでしょうか。笛吹さん、返答してください。
そういうことを聞きたくない。まず正常のルートでは九九%、貨客船においてもナホトカ航路においてもその道はないという事実を認めますか、ということです。笛吹さん、答えてください。——アジア局長のお答えでもけっこうです。
そうではありません。千人、一万人のうちの十人も困難であるということを言っているのです。千人のうちの十人も困難である。ごく例外は、ジャーナリストとか、非常に富裕な人とか、パトロンのついた人とか、そういう人だけがそういうことが可能なのであって、普通の一般の民衆にはほとんど絶対に不可能である。どうしてこういう事実をごまかすのでしょう。一体こういうことで予算分科会の時間を費していいものでしょうか。ほとんど不可能なんです。お金があってもほとんど不可能なんです。ましてやお金のある人はごく限られております。それからイルクーツクから先は不安で、よほどこれも特殊な連絡のある人でないと、不可能な現状です。私は全部調べてみたわけです。あなた方はどこでお調
担当課長から聞いてもいいのですが、正確なところを言ってください。あいまいな形容詞を——万葉集を論じているわけではありませんから、率直に言えばいいじゃないですか。
同僚小沢分科員の御親切な御助言に感謝します。また主査のいまの人道的に善処せねばならぬというおことばにも、私は感謝いたします。それは分科員として、党派を越えて確認なさるでございましょう。ただ、現在その道がないという物理的、現実的事実、この事実をなぜごまかされるか。それは現実に帰る方法は、千のうちの一人もむずかしい現状である、その事実だけ確認していただきたいのです。ごく少数の例外中の例外はあるでしょう。世の中に例外のないものはありません。しかし、二十人、三十人、五十人と一月に行くような例外は、この道は閉ざされておってない、こういうことを申し上げておるわけです。小川さんにはよくおわかりと思いますが、だれがナホトカとか、丸特船とか、誣罔の言
他の議員の質問もございますから、いまの外務次官の御答弁をもって私の発言は、事実は確認されたものとしまして、とにかく笛吹さん、ひとつ学歴詐称などと言われないように、よい官吏になってください。小川局長も、私の言ったことは調べ上げたことですから、こういう誣罔の言に迷わされないように、問題は委員長があとをどう善処するか、これにかかっているということを御了解願いまして、多少失礼なことも申し上げましたが、これでもって質問を終わります。
厚生大臣はヒューマニズムに理解のある方だ、各議員口々にそのように申しておりますから、せっかく庶民のためによい御業績を立てられて、よい実績を残されんことを、党派を越えて切望する次第でございます。 由来わが国では、社会福祉関係の仕事となりますと、施設も貧しく、その関係の従業員の給与は薄く、そして弱肉強食は世のならいであって、その自由競争の敗残者に対して恵みをたれるという封建観念が強かったのでございます。しかし、社会保障の問題は、そういう狭い主観的独断で見るべきでなくて、たとえば厚生大臣が今日健康であられ、御夫人が聡明な方であられましても、そのお孫さんが何かの機会に身体障害者にならないとも限りません。また一定の確率をもって精神薄弱児が
お心がまえのほどは拝承しましたけれども、願わくば実績がそれに伴うことを。プディングの味は食うにあり、という有名なことばがあります。プディングをどんなに論じても、食へなければ意味をなさないわけであります。したがいまして、厚生省当局の皆さんには、ひとつ自信を持って大蔵省に迫るほどの迫力を示していただきたいと思います。 大蔵省の主計官殿は、一体ただいまの厚生大臣の答弁を何と承ったか。常に大資本援助または死の商人への協力等については、ほとんどノーズロースで通しながら、スズメの涙ほどの社会福祉については四の五の言うて、いつも通さない。アイスであるか質屋であるか、何というさもしい心がけであるか。厚生省の宮中席次をずっと高めて、大蔵省の諸君を
御理解のある御答弁で、これもまた実績によって御証明を切に願いたいのでございます。 と申しますのは、先年私は郵政大臣と文部大臣に列席していただきまして、今日のテレビの改善について要求したことがございます。私は三年前までテレビをうちに置きませんでした、子供が大学を出ておりませんから。しかし、二年半前にテレビを置きまして、ついあのばかげたものを見るようになりまして、学力とみに低下いたしまして、そして一億総白痴の仲間入りをしたのでございますが、かくも下品なテレビ、かくも数多くのテレビ、かくも時間かまわずのテレビは、世界にアメリカをおいてどこにもありません。イギリスに行って、テレビ局はたった二つ、そして午後の四時ごろから始めるということも
時間が過ぎましたから、これで失礼して、ただいま第二分科に参りますが、朝鮮人帰国の問題につきましては、両国赤十字が人道的見地からきわめて常識的な範囲で意見の交換をまた続けたいという意向のようでございますから、そのような段取りに進みましたならば、政治的雑音から離れた純粋の人道問題として、この問題が円滑に解決いたしますように、厚生大臣のお骨折りを重ねてお願いいたします。一言だけ、前向きでそのように努力される意思があるかないかということだけをお答えを願います。
私は、沖繩に対する戦勝国としてのアメリカの支配の形態が、アメリカにとって都合がよくできていて、日本国民にとっては屈辱の状況であるということについて、政府の認識が浅いことを残念に思います。ちょうどドイツに奪われたアルサス・ローレンのような立場に立っておりまして、そして、たとえば沖繩で日本国民を教育いたしますのに、沖繩の同胞を教育するのに、日本国民として教育するという教育基本法に一項目を入れるだけでも流血の惨もあり、何度かのデモンストレーションの結果、これを取り返した。ちょうどアルサス・ローレンにおいて教師たちが、親鳥がひな鳥をかかえるごとくして守ってきた、この事実を忘れないでいただきたい。軍事的に言うても、私は戦略的に見て、アメリカ防
日本語では、やまとことばではそれをどう言いますか。庶民にわかることばでは総督という意味でありませんか。
これは敷島のやまとことばではありません。これは万葉集にもそういうことばはありません。庶民にわからせるためには、これは沖繩総督です。それをごまかそうとするのは、私は間違っておると思う。そういうことで、国民に国を守る気概ができ、決意ができたならば、沖繩の返還は早まろうと総理は言われましたけれども、国を守る気概というものは、国民が民族的誇りを持ち、聡明であることが必要です。何より賢いことが今日一番重要なことです。無知であるということは、今日は不道徳であり、罪悪といってもいいでしょう。この原子力とロケットと人工衛星の時代に沖繩の戦略的価値はどうか。またその立地的条件はどうか。戦略的、立地的または原料的条件から見ますと、アメリカ下院軍事委員会
沖繩にわれわれは核兵器が置かれていることを心配しておりますが、総理は、たぶん核兵器があるかもしれぬというようなおことばで答えられております。一国の総理が、軍事の中核である核兵器が沖繩にあるかないかも知らないで、それで国を守る気概が発生するかどうか、私は疑問だと思っております。そういうことは、あるならある、ないならない、こうおつしゃればいいものを、あるかもしれない、こういうような表現をせねばならぬような状況が私は情けないと思います。したがいまして、アメリカのためには確かに沖繩は安全なショーウインドーでしょう、前線基地でしょう。しかし、沖繩の同胞に対してこれが安全であるかどうかを聞いておるわけです。雷が鳴っておるときに出刃ぼうちょうを置
それでは伺います。その避雷針はどういうところへ電気よけのアンテナが、地下線が続いておりますか。たとえばいまベトナムのエスカレーションが、きょうの新聞で見ますると非常にあぶない状況になっております。これはだれも将来を予告することはできません。悲観すればますます悲観的になり、楽観すれば十分な根拠もないといういま重要なボーダーラインです。この時にあたりまして、もし戦局が拡大するおそれがあるときに、かつてありましたように、アメリカの沖繩における軍人軍属の妻子がアメリカ本土に疎開するようになったならば、沖繩の同胞はどこに疎開すればいいとお考えですか。そのときに日本の自衛隊が沖繩に上陸したところで、これはひめゆりの塔の二の舞いでしょう。これはナ
総理は、日本は二つの世界の谷間にある、こう言われた。こういう状況のときに、たとえば、フィンランドにいたしましても、オーストリアにいたしましても、北から数えてグリーンランドにいたしましても、またはスウェーデン、ノルウェー、その他の国々にいたしましても、日本のように極端なアメリカに一辺倒の態度はとっておりません。そこへ適当な弾力性を置いて、ワンクッションを置いて考えております。三木外務大臣はときどきそういうゼスチュアをおとりになるけれども、御健康がすぐれないせいか、ときどきまたそれと反するような行動もとっておられて、われわれをいたずらに混迷せしめるような御言動もあるかのようでございますが、とにかく原子力の時代に、二つの世界の谷間にある。
ただいまのは、一家団らんの三木一家の中で奥さんやおじょうさんに語るにはいいパパでしょう。しかし、戦争という無情冷酷な世界において、人類発展のいま、非常に微妙なしかも冷酷な歯車が回っている時代において、ただいまのようなお話を聞いてもわれわれが納得できないことは西風君と同じです。したがいまして、それならばどこで核弾頭をアメリカは載っけるつもりでしょうか。その見当ぐらいはついておりますか。または重ねて確かめてみて、まさかマネキンの首だけは載せておるまいな、胴体はちらちら見えるけれども、マネキンの首はおそるべきものであるから載せていまいなというぐらいのことは確かめてからのことですか。確かめませんで、そういう信仰をお持ちというわけですか、そう