実はこの程度では済まされぬことなのですが……。
実はこの程度では済まされぬことなのですが……。
時間がありませんから、いま警察庁外事課長の御答弁を見ても、その非良心的な方でもなさそうでございますから、私が言うた警告の意味は御理解願えたことと思います。たぶん東大出身の方であろうと思いますから、わが後輩と思えばまた友情も感じますし、気をつけていただきたい。今後こういうことを大々的に発表したら容赦いたしませんから。すなわち、たいしたことでもないのを――乱数表とか何とかいうものを一ぺん見せていただきますが、ありもせぬものを、いいかげんの暴力団につくらせて、そしてそういうものだということは商売人の直感でわかっているくせに、一応スパイ事件として大々的に載せる。あとは出入国違反、密入国ぐらいで済んでしまった。こういうことは外務委員として、ど
先ほど同僚議員からるる意見の開陳がありまして、私も全く同感でありますが、私ども東京都出身の議員がこの案の概略を知りましてわずか二週間しかたっておりません。まさに晴天のへきれきとはこのことでありまして、審議いたそうにも十分な資料を持っておりませんために審議もはかどっておりません。このような次第でありますから、率直に大臣にお目にかかりまして、また地元の良識ある代表の力の意見も徴して一緒に参上いたしまして、大臣には御多忙中にもかかわらず、ただいまお述べになったような大所高所の御趣意から私どもに快く面会してくださいまして、心から感謝いたす次第でございます。また、ただいま田村委員長が御用があって退席なさいましたが、十分ゆっくり審議しなさいとい
実は後ほどこれはお尋ねしますが、ただいまの首都圏整備委員会にいたしましても、道路建設の東京都の審議会にいたしましても、これは小委員会のようなものですが、委員構成から見ますと、大臣先刻御承知でしょうが、郊外の市長さんたちは、現在、地方自治権を持っておると申しますものの、いわば一割自治制でありまして、一割か二割の力しか持っておりませんで、大部分は都並びに国の意向によっていろいろなことをいたさねばならない。そのために、郊外の市長さんたちの発言力というものは、右顧左べんいたしまして、多少発言しにくいような立場にある事情もございます。まだ区長のほうは不幸にして区長公選になっておりませんで、東京は官選ということではありませんが、間接官選の区長で
山田さんは官吏でございますから、これはまた事務以外にできない立場にありまして、非常に良心的な行政官でございますから。やはりこの一週間、二週間に迫って、これを大臣が裁決せねばならぬというようなことにもう迫ってしまっておるかどうか。私はそういうはずはないと思うのです。きょう初めて建設委員会で、東京都の議員ではまだ青写真一つ見てない人が多いのです。これが小さな案でしたら問題ありませんけれども、将来の東京の計画の展望の中で非常に大きな位置を占めるものでございますから、一週間、二週間にきめねばならぬ、大臣が裁決するためにきめねばならぬというようなものであるかどうかということを、大臣のお考えを承っておきたい。
そこで今度は事務的な問題を、他の同僚議員の御質問がございますから、逐次重要点だけをお尋ねいたしますが、外環九線と申しますものの役割りは、大体バイパスすなわち通り抜ける、それから内に入ってくるのをさばく、それから近隣の者が土曜日や日曜日に少し遠い親戚のところや、普通の通勤よりもやや遠いレクリエーションなどに行くのにもバスや自家用車を使いやすい、こういうふうに聞いておりますが、この外環九線の大体の役割りはどういうものでございましょうか。
よく了解いたしました。山田局長が十年来御苦労なさったことはよくわかりますし、その御苦労に対しては――私はむしろ都市計画派ですから、山田さんのファンであり、支持者であると言いたいくらいです。しかし私が申し上げましたのは、終戦直後にこれをやっておけばよかった。十年後ならまだ手おくれでなかったけれども、十年後に着手するときはもう十五年前に計画ができていなければならなかった、チャンスを失った。もうこの十年のインフレーション、土地の暴騰というものはたいへんなものでありまして、山田さんの御就任になったときに、もう、おまえ、計画はできておる、実施しろ、こう言われたらどんなにすばらしかったかと、私も深く理解し御同情いたしておる次第でございます。しか
どうも御答弁が不親切ですが、私は、いつ着手して、いつでき上がるかということを聞いておる、南北二つの計画があるのでしょう。どこまでぐらいはいつ着手する、どこまではいつ着手していつごろでき上がるということを、ごく簡単でけっこうですから……。
あとの北の分はいつ着手して、いつごろ完成するか。
それから、先ほどの立体交差を三百カ所近くつくるということは、私は四百カ所でも賛成ですが、これはどういう方式で、いつ着手して、いつごろでき上がる予定でしょうか。これはたいへんいいことだと思うのです。
このような立体交差こそは、しかも都内の立体交差こそは、山田さんが最も全力を注ぐべき得意の場所であって、こういういま議論のあるようなものが半年や三カ月延びても問題はありませんが、そういうものから先に、すなわち市内の立体交差から先に進めたらどうであろうか。 それからもう一つは、市内は――これはむしろ創価学会の御意見に近いのですが、げたばきマンションに逐次移ったほうがよかろう。そうして道路率をワシントンに近くして、芝化の庭を広くして、各自がかってな木を植えないで、ハギのマンションとかフヨウのマンションとかいうふうにして、四十までは大体市内に住む、四十過ぎてから郊外の緑地帯に住む、こういう方程式がよかろう。そういう哲学なくして、いきなり
いずれ学校の問題、それから緑地帯、風致地区等の問題につきましては、他の議員から、もっと専門的見地から御質問また御要望があろうと思いますけれども、私は重ねて申しますが、都内の都市計画の方法もきまって、立体交差も三百カ所といわれましたから私は胸のわくほど喜びましたところが、いやそれはまだまだこれからのことだ、具体的にどこどこという地図もいただいていない。それで突如として、周辺が先に必要だ。記憶喪失症はときどき何か思い出してぽこぽことやる、やられたほうはかなったもんじゃない。どうしてもこれは総合性と計画性と、そして仕事には段取りというものがありますから、段取りが必要である。私ども卒然として考えますと、もう少しあき地のほうにりっぱな環状線を
資料をお願いしたいのですが、私どもは将来の展望、それから総合性、それから最も犠牲少なく最も能率的効率的並びに予算措置等を考えねばなりませんので、まず文部省関係はこの次にお願いするとしまして、学校はどういう関係になっておるのか。 それから運輸省関係もありましょうが、排気ガスについての、もう時代の進歩があると聞いておりますが、排気ガスの進歩、装置の費用、それから排気ガスを排除する命令がどういうふうに出し得るか。また排気ガスの現状等についての資料。 それから立体交差三百点。まことに心強いのでありますが、それは一体夢物語なのか、どことどこになさるのか、その計画、予算、いつから始めるのかという具体的なポイントをかいた地図の資料。
まことに失礼なお話で、経験は大いに認める。しかし学殖者ではない。博士は何人おるかわかりませんが、天文学、生物学、現代の排気に関する科学的学者その他の学君が集まっておるようにはちょっと思えません。全部官庁、役所です。彼らが学識経験者ならば、日本は大部分が学識経験者です。ですから率直にこれは官庁連絡会議であると、一国会議員が申しておった、しかし学識経験者というのには、ちょっと日本の慣用語と異なるとおっしゃっていただいてけっこうでございます。
私は、ただいま上程されましたアジア開発銀行を設立する協定に対しまして、日本社会党を代表して反対討論を行なわんとするものであります。(拍手) 周知のごとく、わが日本は、明治維新の大変革によりまして、アジアの他の国々に比し数十年を先んじて近代化の道を開き、アジアのただ一つの工業国、ただ一つの独立国たるの栄をかちえたのでございます。しかしながら、このような光栄にもかかわらず、わが旧指導者たちは、不幸にして、日本が植民地国たるの悲運を免れた幸運の限界を分析し見きわめる良識を欠き、ついには、自己の力を過信いたしまして、独善の道を追うて無謀にも独伊ファシズムと手を結び、隣邦中国を正面の敵に回し、さらに米、英、ソ連、ほとんどの世界を敵に回して
きょうは、議事の日程に従いましてアジア開発銀行の件について採決する予定になっておる由でございますから、いままで質疑いたしまして、まだ十分に問いただしていない点の二、三をお尋ねいたしたいと思います。したがいまして、円滑にスケジュールを進めますために、ひとつ大臣におきましても正確にお答えを願いたいと思います。 第一に、前回、戸叶委員からもお尋ねいたしましたが、アジア開発銀行と、それから米州開発銀行、アフリカ開発銀行等との関係ですが、重ねてお尋ねします。米州開発銀行、アフリカ開発銀行等は、国連との関係において、アジア開発銀行のような密接な関係がないように聞いておりますが、その三者の比較を、性格上の点で、本質的な点についての違いをもう一
アジア開発銀行が設立され、発足いたしましてから後のエカフェとの関係、国連との関係は、どう規定されておりますか。
アジ銀のほうで協力する、そういう意思を持ちまして、国連の側のほうにはそれに対して何か規定があるわけですか。これは片思いというようなわけですか。
それはどういう条項によって遂げられておりますか。
アジア開発銀行の総裁は、アジア人から選ぶということになっておりますが、この際のアジア人という定義及びアジアという定義は、正確にどういうことになっておりますか。