私は、昭和二十八年の第一回のアジア社会党大会がビルマに開かれる前に、四カ月間、インドやパキスタンを河上ミッションとして訪ねて、各界の人に会いましたが、日本の学者の講演で、一橋大学の学長になった都留君の日本の近代化への道を語ったニューデリーにおける講演というものは、非常な反響を与えたようであります。現に、中国関係の学者がインドだけの諸大学にも百人もいるということです。そういうときに、なぜもっと日本はインドなり東南アジア諸国なりに適当な、適当というか、相当な学者を入れて文化交流をするような方法を講じないか、その点はあるいは文部省の領域か外務省の領域かわかりませんが、とりあえず外務大臣はどのように考えておりますか。
