日本でも入れますよ。
日本でも入れますよ。
いや、だからそれは悪いところを受けられたんですよ。もっと程度の合うところをお受けになれば必ず入れますよ。
アメリカのどこへ行かれましたか。アメリカのどこの大学へ行かれましたか。
ハーバードじゃないですね。
今やっているところです。まずあと十二、三年のうちには大学へ行きたい人は全部どこかに入れます。ですから、難しいところを選んだら入れないかもしれないけれども、自分のレベルに合うところを探されれば必ず入れる。その点を御了解いただきたい。 アメリカでもそうなんです。私もアメリカで実を言うと五、六年先生をしておりましたけれども、その州の人は割に入りやすい。ただし、ハーバード、MIT、プリンストンなんて物すごく難しい試験。東大より難しい。それから、コミュニティーカレッジというのはだれでも入れる。カリフォルニア大学というのはバークレーが一番難しくて、十何校かあります、それが一つでカリフォルニア大学。どこかには入れる。この点は御了解いただきたい
まず第一、学校の位置づけですけれども、あくまでも基礎、基本を教えるところだと思っています。例えばしっけみたいなものまでそこで教えなきゃならないというのが私は今の日本の問題点だと。そういう意味で、学校はきちっとした、特に小中学校は基礎、基本、体力にしても何にしても基礎、基本をきちっと教えてほしいと思います。 それから、家庭は人間形成の場であると思います。そのために文部大臣も、経団連の方でしたかね、日経連の方かな、にお願いになっておられましたけれども、私どもも先ほど言いましたように、なるべく土日はお父さんお母さんを家庭に返してくれということは申し上げているわけです。これは教育の上でも非常に重要であると思いますので、お父さんお母さんが
知りません。
わかりました。私は数学の方か何かと思ったものですから。
タイやフィリピンは高いですよ。
おもしろい御意見です。 私はスポーツを地域社会で教えるべきだと思っています。もちろん、部活ということは大変重要なことですね。部活は十分重要なことは認めておりますし、できる限り部活というふうなものを活用すべきだと思いますけれども、しかしながら、フランスの例であるとかアメリカの例等を見ていますと、地域社会でスポーツをやっているんですね。どうも部活を幾らやってもオリンピックが強くならないというのは私は非常に気になっていて、やはりもっと地域社会がスポーツを振興すべきではないかというのが私の信念であります。ですから、部活を減らせなんと言ったら大変なことになるのでこれは申しませんけれども、もっと地域社会がスポーツ、あるいはスポーツだけじゃな
まずおっしゃるとおりでありまして、日下部先生の御指摘のように、高等教育は私の見るところ、アメリカで教えていたときのことを考えると、入った直後は日本の方ができる。私のいたところは州立大学で、ハーバードとかその辺でありませんけれども、プリンストンで教えたこともあります。それを見てますと、日本の高等教育も大学教育も二年あるいは三年ぐらいまでは日本の方が平均できますね。大学院へ行くところでがたっと落ちてくる。それは日本の大学院がやはり充実していなかったことによります。 そこで、高等教育はもっと充実すべきであると思います。端的にあらわれてくるのが、実はこれは大学審議会の副会長としてお答えすることになりますけれども、文部省でもこの点大変気に
ありがとうございました。 スポーツ及び音楽は我々十分議論をいたしました。音楽とスポーツに関してはやはり家庭とか地域社会が、今十分とは言わないけれども、数学や物理に比べてははるかに希有な才能を発掘する力を持っています。それでも音楽の指導などは、日本でやるよりはニューヨークのジュリアードに行ってしまうなんという例も幾つか聞かされました。ですけれども、それにしても音楽とかスポーツでありますと相当地域社会で育つ。ところが、数学とか物理はそういうことがほとんどないので、この際数学と物理からやらせていただこうということです。ですから、決してスポーツと絵画あるいは音楽を無視していたわけではございません。 それから、登校拒否のことであります
賛成ですね。 これはここに議論して書いておいたと思うんですよ。中教審の答申の二十四ページ、「教員配置の改善」というところに先生の御説を書いてあります。「今後、教員配置の改善を進めるに当たっては、当面、教員一人当たりの児童生徒数を欧米並みの水準に近づけることを目指して改善を行うことを提言したい。」ということを書いておりまして、これは私も大いに賛成でありまして、これは中教審で十分議論した……
よろしくお願いしたい。高等教育もふやして、お願いします。今重要なポイントです。 私はその上に、仮に三十人になったって、三人は物すごくできる子がいるが、三人はゆっくりしかいかない、それを分けて教えてください。何もすべての科目に分けろなんて言わない。九九のお話をさっき田沢先生じておられた。九九がわかるように分数の割り算、特に割り算、ああいうものに関しては、ゆっくり理解する子には丁寧に教える、そういう意味では教員をふやさなきゃいかぬと書いてございますので、どうぞ予算要求がありました折にはよろしくお願いいたします。
大学はかなり成果の、例えば特許はかなり大学の研究者に、教員に任せています。国立研究所がこの問題があって、今度国立研究所も大幅に研究者に特許については権限を分けるようにしたと思います。これはもう一度調べてみなきゃいけません。 企業との連携に関しては、やはり大学の自治ということがありますから、その大学の自治の範囲で企業との連携を大いにやるべきだと思います。その点に関しても大分文部省の方も検討して、大学の教員が産業界あるいは地域社会と協力をするということのために規制を随分緩和してくれたと思います。昔はきちっと勤務時間が決まっていて、産業界なり地域社会と協力するのはその時間外でやらなきゃいけない、これがかなり緩和されつつあると思います。
御指摘のとおりでありまして、まだ地域社会はそういう面では十分育ってないですね。ですから、これは地域社会として、今おっしゃられた施設であるとかあるいはボランティア的な指導者であるとか、そういうものをもっと養成したり充実させる必要があるということを既に答申しております。ですが、予算を幾ら準備しろというところまでは具体的には申し上げておりません。しかし、その点が重要だということは既に指摘してある。 それから、もう一つ考えていただきたいことがあるんです。これは必ずしもこの中教審の答申の中には書いてありませんけれども、私が経験したことを申し上げると、地方の中学校に遊びに行ったことがあるんですが、そこの先生たちと部活の話をしました。そうする
しかし、今の段階でも私立はそうしているわけです。
私の言いたいことは、やはり機会均等であるべきだということが一つある。 国立と私立が中高一貫をやっているわけです。国立は例えば東大の附属高校も中高一貫です。それから駒場の筑波大学附属高校が中高一貫です。ですから、国立と私立には中高一貫があるわけです。ところが公立はないわけです。そうすると、公立に行かなきゃならない人々は、それこそ地域もあるし、そういうときにどうして公立を志向する人たちは外されるのかということが私にはわからない。やはり機会均等であるべきだ。私学だって中学校だけ持っているところもたくさんあります。国立ても中学校しかないところもある。しかし同時に中高一貫も持っておる。そうしたら公立にもあってもいいじゃないかというのが私の
どうもありがとうございました。最後に二言言わせてください。 やっぱり教育というのは国家百年のことでございますので、余り予算をけちらないように、それからまたなるべく多くの自由度を与えていただきたい。よろしくお願いをいたします。