既に大学院では三年卒で入れるようになっています。その数は、国公立、私立を入れますと、もうずいぶん多い、二百何十人でございますので、決して三人なんということは今後もないと思います。もっとふえていくと思います。
既に大学院では三年卒で入れるようになっています。その数は、国公立、私立を入れますと、もうずいぶん多い、二百何十人でございますので、決して三人なんということは今後もないと思います。もっとふえていくと思います。
私自身の経験で申し上げますと、法政大学でございますけれども、三年からもう卒論に入ってまいります。明らかにいいことは、それまで割にのんびり勉強していたのが、三年の卒論に入っていくと学生諸君は非常に熱心になるのですね。したがいまして、私が見ていた限りでも、八人ほど卒論を二年間にわたって指導しておりましたけれども、その中の一人、二人はもう三年の終わるころには相当でき上がっています。だから、こういう意味では、今のままの教員の数でも予算でも、工夫をすれば今の三年卒というようなことの可能性が出てくると思います。
江崎さんと私とで、ノーベル賞受賞者二十人ぐらいの学歴を調べました。ただ、全部じゃありません。そうしましたら、相当数が大学に早期に入っておりました。半分とは言いません。三分の一は明らかに十四、五歳で入っているのですね。十六歳は当然。だから、日本ほど厳しく十八歳まで待たなければならないというのは、私は反対でございます。そういう意味で、余りに年齢をきちっと制限していくというのはよくないんじゃないかと思っています。やはりその人の能力に従って、退屈させないで、早く行きたい人は早く行く、年をとってから入りたい人は入れたらばいいと思っております。 なお、戦前から戦後の新制大学がつくられるまでは飛び入学があったということを繰り返し申し上げておき
それはやはり、評議会並びに学長、その大学の責任で決定すべきだと思っております。
お答え申し上げます。 今回の制度改正においては、学内の意思決定システムについては、評議会は大学運営に関する重要事項を、それから、学部教授会は学部の教育研究に関する重要事項をそれぞれ審議することといたしておりまして、役割分担を法律上明確化いたしました。したがいまして、全学的な運営方針の策定については、学長が評議会の審議を踏まえてみずからの判断と責任で行うものと考えております。 さて、それでは、新たにつくられた運営諮問会議はどういう役割を持つかというと、これは、大学が社会からの意見を聴取し、社会的存在としてその責任を明らかにすることが求められている今日、大学の運営に関するさまざまな重要事項について外部有識者の意見を聞くための組織
あえて申し上げますと、大学が置かれている困ったこと、例えば施設が非常に弱いとか設備が非常に悪いとか、こういうことも含めてこういう方々の御意見を聞くことができるわけです。事実、筑波大学においての参与会ではまさにその点が議論になりました。筑波の大学の施設がどうかというようなこともここで議論になった覚えがあります。 それから、もっと博士を出せ。先ほど特に御議論がありました、栗本先生から御指摘のありました、文科系の博士をもっと出したらいいのではないかというふうなことが参与会で出ました。それから、産学協同においてどうしたらいいかというふうなことも参与会で議論がありました。 しかしながら、この参与会の結論というのは、当時の江崎学長に対す
たびたび筑波大学の参与会の例を引き合いに出して申しわけありませんけれども、そこには、学長はもちろん、副学長並びに教授会のメンバーの学部長あたりが出席していました。これはその会議のメンバーそのものではありませんけれども、オブザーバーとして参画しております。ですから、学部に対してのいろいろなコメントがありますと、それぞれの学部長あるいは大学院の系長がそれを持って帰って工夫をするということが行われていると思います。 そういう点では、今御指摘のように、学長に対するアドバイスというだけではなく、それを通じて各学部にもさまざまな意見が伝えられる、そういう点で有効だと思っております。
私は、先生の御意見に大賛成でありまして、既に自己点検・評価等は相当の部分が公開されております。それからまた、参与会等々の議論も、当然今後公表されると思っております。
午前中に申し上げるべきことだったかと思いますが、大学紛争の前後、産学協同に対しては大変な反対でありました。徹底的な反対だった。したがいまして、日本は一九九〇年代まで産学協同というのは非常にやりにくかった。 一九八五年ぐらいに寄附講座を東大が導入しようといたしましたけれども、そのときにも猛烈なる反対があったわけです。産業界からの人事への介入があるのではないかというふうな反対がございました。しかし、これは東大の場合でありますが、評議会等々で慎重に検討して、人事権は全く大学が持つものであるということを決定いたしまして、寄附講座を導入することに賛成をしてもらったわけであります。 大変な反対でありました。今日考えられない。奨学寄附金を
まず第一に、私が経験いたしましたことでは、一学部、一研究所が、あることをがえんじない場合がありますね。評議会、学長等々といたしましては、例えば移転の問題であるとかあるいは入学試験のやり方であるとか、そういうことに関しまして、東大の場合ですと十学部ありますが、十学部が完全に各教授会が合意しないと動けないという問題があるわけです。こういうときに多数決が使えるならば早く決まってしまう。早く決まることがいいとも言えません。十分審議をする必要があります。したがいまして、一学部でも一研究所でも反対があれば十分議論をしていくことが必要でございますけれども、今までは教授会がかなり強い権限を持っていますので、完全に合意をしなければ大学としての方針が立
そういう御理解でよろしいと思いますし、勝手に学長が自分の好きな人を評議員にするということはまずないと思う。 この特別枠が入った理由というのは、局長もお返事申し上げましたように、学生部長であるとか、例えば留学生委員会の委員長であるとか、そういうふうに大学として極めて重要な役割を演じている人々がいます。あるいは、学内共同利用研究所とか研究センターとか、そういうところの意見が今のやり方だと入らないんですね。大学で特別に入れて、オブザーバーなどで入れることはありますけれども、それが、各学部の代表、各研究所の代表という格好で評議員が決まりますが、それ以外に少し自由度を持っていますと、この際に留学生関係の教授を一人評議員に入れよう、こういう
詳しく考えておりますことはまた局長よりお返事申し上げると思いますが、アメリカですと、アクレディテーションをやる機関がございます。かなり多くのアクレディテーション機関があって、そこで州立も私立も含めて教育内容等々について常に調べて、そして適切な助言を与えております。 日本にも大学に関してそういう機関が一つございますけれども、必ずしもそれが十分な意見を各大学に返していないというようなことが今あるわけです。そういう意味で、第三者機関のようなものがあって適切なる助言を大学に対してすることができればいいと思っております。 ですから、先ほど申し上げました、大学基準協会というのが日本にはあるんですけれども、まだまだこれがアメリカのようなア
日本の大学は、かなりよくやっていたと思います。しかし、どこが足りないかということを考えますと、教員の人たちが、研究にかなり熱心であった、しかし、教えることにはやはりちょっと力を抜いていたというところがございます。 そういう意味で、二十一世紀に国際的に活躍する日本人をこれから育てていく上で、少なくとも学部段階では、やはり各大学がもっと教育に力を入れるべきであるということが第一点でございます。 そしてまた、もう一つ、その際に、自分の後継者を養成するというふうな意識だけではなく、もっと広く、そしてまた自分で判断をしていく。大学で教えることというのはそんなに全部じゃありません。その少ないものを教わったらば、そのことによって、自分で後
大いにあります。 なぜかというと、このごろ変わってまいりました。各大学の教員の人たちも、教育をしっかりやろうではないかという気持ちになってきていますね。こういう点で変わってまいりました。 もっと理想をという御意見でございましたので、理想を言えば、本当に日本人が独創性を持って、日本だけではなく世界の中で雄飛をして、そして世界の中でしっかりとした主導権を持てるような、そういう人々がもっと生まれるよう大学を強くしていくべきだと思っております。
両方あると思うんですね。 私は、例えば、特に工学部や農学部であれば、もっと産業界に行って、そして現場を見てこいという方向をとっている人間でございます。インターンシップと言っていますが、もしそれを徹底的にやりますと五年かかるんですね。一年間現場に行ってくるというようなことがある、あるいは外国に行ってくる。単位の互換等々でそれは十分一年間の単位と見ることもできますが、時にはやはり、今おっしゃったように、四年間で教えるべきことが、一年間は外に行っているとすれば、五年かかってしまう。四年間の勉強もちゃんとやり、外のことを見てくれば五年かかると思う。だが、そういう人たちももっといていいと思うんですよ。ただ、一方で、学校で教わることがもう易
これはいわばローカルダイアレクトですね。かつては総長でした、戦前は。 それはなぜかというと、当時は東京大学法科大学。ですから、法科大学には法科大学長がいたわけです。それから理学部は理科大学長というふうに学長がいました。それが一つの塊をなして東京大学をつくっていた。したがいまして、東京大学の学長は総理と言ったこともあります。総長とも言いました。それが今でも残っているわけですね。そういうことで、学内的には総長という言葉を使いましたので、そういう言葉で先ほど申し上げた次第でございます。
公的文書ではすべて学長でございます。ただ、卒業式とか内部的なところでは、旧帝国大は七大学ありますが、そこでは総長という言葉を使っていると思いますけれども、公的な文書は全部学長でございます。ですから、そういう意味で、学長というのは全部に使われるようになっておりますので、同じように今回も十分この法律の精神は浸透できると思っております。
理系は、博士を取りませんと、外国に就職したりするときに給料が半減しますというようなこと、これも低次元の話で申しわけない。そういう意味で、理系の人間は博士を非常に、自動車の運転免許証として考えてもらっているわけです。文系の方は、そこまで需要がない。産業界もまだ、博士をぜひとも下さいと言ってくれません。 理系の方は、今のような技術の進んだ時代に、情報にしても、あるいは半導体技術のようなことにしても新素材にしても、あるいはこのごろでありますとバイオテクノロジーなどにおいては、やはり博士ぐらい持っていないと、少なくとも修士を持っていませんと今は世界に対して競争できません。人文や社会はまだやはり大変のんびりした社会であると私は思っています
ございません。 なぜかというと、私の研究室などで非常に優秀な人、私のところだけじゃなくていろいろな優秀な人物を見ていますと、非常に音楽ができるとか絵がかけるとか、そういう人が非常に多いですね。ですから、ある分野で非常にすぐれた人というのは決して偏った人ばかりでは、それはそういう人もいないわけじゃございませんけれども、決してそうではなくて、余裕を持って、ゆとりを持って勉強してきていると思います。
例えば、学部長をはっきりする、置くということを決めるとか、それから評議会の役割を決め、教授会の役割を決める、こういうことはやはり、まずいわば基礎的なものが今回はっきりいたしました。そこで、その基盤的なものをまずしっかりしておいた上で、個性は十分伸びていくと思っております。ただ、これはあくまでも各大学が努力をしてくださることが必要だと思っております。