なぜこれだけ北朝鮮の高官に中川さんが、いわばどちらかというと民間人です、会えるのか。それは野中さんのバックがあったからなんです。ですから、一九九七年四月五日に行ったときも、七月十三日に行ったときも、八月二十五日に行ったときも、常に金容淳さんと会談をしている。そして、実はここで百万トンの米支援の要請をしているわけです。 これは、この経緯を見てもわかるように、野中さんの意を受けて民間レベルで話をしている、しかしバックには野中さんがいる、これは金容淳さんも十分承知していた。 そして、九七年八月七日、中川さんは全国農業協同組合連合会、ここにおいて、人道的な見地から国内の余剰米百万トン支援を日本政府に要請する、これを決議し、農協グルー
