以上です。
以上です。
おはようございます。民主党・新緑風会・日本の木俣佳丈でございます。 今日はクリスマスの日でありまして、それにもかかわらず、とにかくそんなことを言っている暇はないというような思いで質問をさせていただきますので、よろしくお願いしたいと思います。 まず、文部科学なものですから、科学の方から始めさせていただいて、文部の方に移りたいと思います。 ちょうど、渡海大臣、ああ、これ正式にまだ言ったことないものですから、渡海大臣、御就任おめでとうございます。遅くなりましたけれども、今から数えますと十何年前、十七年ぐらい前でしょうか、私が勤め先で勤めておりましたときに御一緒させていただいて、当時、南アの制裁解除をするかしないかという極めて大
大臣が一生懸命されておるのは私も分からないわけではないんですね。 ただ、私が言うまでもなく、実は渡海大臣はよく分かっていらっしゃると思うんですが、研究者同士のネットワークとかいうのは何にもないんですよね、実際に。ですから、京都大学の山中チームとしてはやっているけれど、例えば、名前を挙げるのはあれ、慶応大学、理化学研とかいろんなところがあるそうですね。そういったところに専門家がばらばらにいて、要はそれを統合しなければ力にならないというのはお分かりだと思うんですよ。 今回、二十二億ですか、予算案が付いて、確かに当初からすれば、重点政策の一つとして新聞も取り上げておりますので、これはすばらしいと思うんですが、やはりアメリカが、あの
決意はよく分かりましたけれども、いずれにしてもここ一、二年が最大の山場になるだろうと。十年以内にこれは臨床に入っていくと。 ところが、今申しましたように、今日は厚生副大臣に来ていただいておりますが、例えば角膜、眼球の角膜ですね、この再生なんかでも、結局承認まで、承認申請後十年でようやく承認になっているなんていう例があるんですよ。ですから、今ホットなイシューだからということで大臣はそういうことを言われますけれども、ちょっと今日は官房副長官、わざわざ来ていただいていますので、通告をちょっとしていませんけれども、だけれども、今大臣の話を受けながら、そういった申請のところまで一気通貫で、とにかく目標を定めて、何年ぐらいで要は市場に出すの
来年初に内閣改造をなんという話がありますので、ですから、今年中にというか、もうなるべく早く、やはり大臣のうちに、また副長官のうちに今のことを実現に向けていただければなと思いますね。 私伺ったら、一、二年がまず勝負で、それからそれ以降、例えば十年ぐらいで仕上げていかなきゃいけないと。それから後は、一、二年以降、第二フェーズに至っては、海外にいる研究者ですね、例えばこの分野では今までアメリカの、私も近くにおりましたが、NIHとか、これはまあ非常に有名ですよね、お金ももう日本の百倍出ていますよね、百倍以上、三千億とかいう単位で出ています。ですから、海外にいる日本の優秀な技術者というのか、研究者というのか、これをやっぱり引き戻してくる。
学力はどちらかというと低下傾向にあるということをお認めになったと思うんですね。 ただ、今最後に言われた科学のリテラシーの問題について、私、PISAもいいんですが、例えば国内の公文、ドリルの公文ありますね、公文の方々と話をしていますと、小学校五年生、六年生にアンケートを毎年千五百人ぐらいやっているそうですね。そうしますと、一番好きな教科というと理科って来るんですね。次、算数って来るんですよね。だから、それはやっぱりやり方なんだなと思うということをちょっとお伝えしたいということを思います。 やはり、小学校四年から五年のときに脳が、要は前頭前野、これは川島理論、川島隆太さんて東北大学におりますが、理論でありますが、四年から五年のと
今日の今日ですぐにどういう言葉か答えろというのも無理かもしれませんが、是非大臣のうちに、どんな言葉かというところはきちっと当てはめていただくというのが大事じゃないかなというふうに思いますね。 今の大臣の話の中でも将来役に立つという言葉がありましたけれど、やはり生きる力という言葉も含めて、ちょっと私にとっては、いや、それ耳触りはいいんですよね、生きる力を養うんだといったら、いや、それにノーなんということは絶対言いたくない。しかしながら、あいまいもことしているのは確かだと思うんですよね。 総合学習なんかも、私、例えば今回のカリキュラムで大分削るということなんですが、これ賛成のところと反対のところとありまして、余り低学年から総合学
ちょっと確認なんですが、学習指導要領というのは学校が守る最低限の基準ということでよろしいわけですね。
そうしますと、だから今回も再生会議で、これはまた副長官、又は、ちょっと細かい質問になるかもしれませんので、内閣官房の方答えていただけりゃいいんですが、これ一〇%例えばアップ授業時間をせにゃいかぬということを、現場にいらっしゃった方もあるけれども、言われますよね。今回、実際、例えば主要の四科目、小学校では、中学では五教科プラス体育についてはかなり授業時間がアップするわけでありますが、これ両方にちょっと伺いたいのは、授業時間をアップすれば、要はよくできるようになると。もっと言うと、何で一〇という数字が出てきたかというのをまず再生会議から聞きたいと思うんで、副長官から。
細かく言っていただきましたけれども、正解はないと思うんですね。例えば、フィンランドみたいに非常に時間が短くても効率的な教育を、授けると言っていいのかな、受けることができるような国もあったり、それから授業時間を長くしないと、しないとというか、した方がより効果的な国もあったりするかもしれませんが。 私は、再度申しますように、やはり地域地域の差が相当出てきているんだろうということで、今文科省としても白旗を振っているのならば、是非これ白旗振り続けてもう地方に任せれば、私は地方の市町村の教育委員会が十分できるんじゃないかなということを思うんですね。 文科省がやるべきものというのは、市町村がやっている先進的な事例があります。これ、要は、
もう時間がございませんので、本当に大臣の決意はよく分かりましたし、ただ、重ねて、もう時代が我々が子供のころとやっぱり違うんだなということを思いますね。それをやはり学校の僕は先生のせいにしがちでありますけれども、確かにそれは学校の先生ももうちょっと気合を入れてやってほしいと思うことはありますね。ただ、原則論としては、家庭でできないことを学校でやらせるといったって、それはできませんよね。しつけができていない子供を学校でしつけてくださいとか、しかも給食費も未納な人が年一%もいる、これも集めてくださいとか、とんでもない話をやはり展開しようとしている世間一般があるわけですよね。 だから、この辺はよくよくやはりお考えをいただきながら、指導要
紙智子君。
民主党・新緑風会・日本の木俣でございます。 五副大臣の皆様方には、大変御多用中御臨席いただいて、大変感謝を申し上げます。大変広いテーマになりますけれど、かいつまんで、幾つか疑問点やいろいろ伺いたいと思います。 まず、家族の日があるとは私も知りませんでして、今月の十八日の日曜日が家族の日ということでございますけれど、恐らく、委員の中で家族の日というのを知っている方、手を挙げてくださいと言って、挙がらないかなと。ああ一人、ああ二人、さすがですね。そういう方は珍しいのかなと。一般の国民からすると、家族の週とかあったとはちょっと分からなくて、これが第三の日曜になるんですかね。これ、どういう理由でこの日になったのかということが一点。
ちょっとはあるんですよ。いや、済みません。事実と違いますよ。ちょっとはあると思いますよ、ないではなくて、今現在。
民主党・新緑風会の木俣佳丈でございます。午前に続いて午後の質疑を続けさしていただきます。 まず、おとといも質疑を厳しくさしていただきましたけれども、我が党としては、このままではやはり大臣が挙げられているような、能力を十分に生かしたようなそういう公務員制度になってないと、更には天下りもかえってどんどんやれるようになってしまうんじゃないかということで、この法案については大反対ということを冒頭申し上げたいというふうに思っております。 私も出身が経団連であります。今の日本経団連でありますけれども、やはりある財界人の遺言のように、天下りをなくさなければ日本の国は良くならないと。日本の全体のGDPの四割が規制に掛かっている業種であると、
続けて官房長官に伺いたいのは、官房長官は我々、例えば我が会派民主党・新緑風会は天下りに対して反対していると思いますか。いわゆる押し付け的あっせん、押し付け的天下りについて反対していると思いますか。
質疑時間もそうあるわけでございませんので、是非簡潔に、わざわざそう……
いやいや、哲学をここで述べられても困るんで、質疑を──いやいや、塩崎官房長官の哲学はそれは結構ですが……
それで、いずれにしても、要するに押し付け的天下りは官房長官も当然ながら反対でしょう。私どもも反対ですよ。それは分かりませんかということ。簡潔に。
非常に簡潔に言っていただきましたけれども、我々はやはり、まあこの表、松井さんも持って言われましたけど、要は、四千五百七十六法人、二万七千八百八十二人の方が平成十八年四月時点で天下っているという実態をかんがみたときに、やはり徹底的なこれはもう規制を掛ける方が当然ではないかということを思っているわけですね。つまり、一部、例えば良質な、いわゆる天下りという言葉は私も変えたいと思うんですよ、この言葉を。これは本当、私も国会図書館で調べましたら、天孫降臨説にもとを発していると。つまりは、要は降天してきたと、神様が、というところから来ているという、そういうことですよね。 これについては、要するに一九四七年、昭和二十二年七月五日の例えば片山内