一点だけ佐柄木先生にお伺いしますが、昨年の七月三十一日付のアエラの先生のお書きになった論文の最後の結論部分で「私見をいえば、若年層欲しさに「成績が下でも合格する」丙案は、小手先に過ぎる。試験にとかく厳密な公平さを求めるわが国民を納得させるのも困難ではなかろうか。 その意味では、「まず増員し、成果をみる」という日弁連案には、それなりの合理性がある、ともいえるかもしれない。」こういうお考えは現在でも同じでしょうか。それだけお伺いいたします。
一点だけ佐柄木先生にお伺いしますが、昨年の七月三十一日付のアエラの先生のお書きになった論文の最後の結論部分で「私見をいえば、若年層欲しさに「成績が下でも合格する」丙案は、小手先に過ぎる。試験にとかく厳密な公平さを求めるわが国民を納得させるのも困難ではなかろうか。 その意味では、「まず増員し、成果をみる」という日弁連案には、それなりの合理性がある、ともいえるかもしれない。」こういうお考えは現在でも同じでしょうか。それだけお伺いいたします。
ありがとうございました。 最後に、鈴木先生にお伺いをいたします。 今回の案で既得の五百人枠が維持される、追加される二百人枠については若年層に優遇措置がとられる、高齢者も若い人たちも、受験生それぞれほっとしているというお話でありました。そこで、先生は、この改正で進んでいけば将来、三回受験したけれどもだめだった、そういう不合格者がどんどんとほかの方向へ転身していって、現在のような受験競争、受験地獄が解消できるとお考えでしょうか。現在の学生の状況等から見てどうなのか、お答えいただきたいと思います。
ある一つの見方をしますと、現在の司法試験制度が持っている最大の問題は、法曹資格として十分な能力がある、本来ならば合格点を差し上げるべき試験結果もとった、にもかかわらず、何しろ受験生が二万人で枠が五百だから、いかんせん大変な地獄になっているのだということだと思うのですね。非常に言葉は悪いのですが、ある人に言わせますと、滞貨一掃すれば現在の司法試験の持っている矛盾が幾らか解消できるのではないかということも言われるし、また、ある人から言わせますと、いや七百人くらいにふやしても、あるいは新しい制度を導入しても、むしろ逆にそれだけまた受験者が一層殺到してくるのではないか、そうしますと、受験者が多くて枠が小さければ受験地獄は一向解消しないのでは
ありがとうございました。終わります。
前回に続いて、改正法八条についてお聞きいたします。 八条によりますと、司法試験管理委員会規則で定めるところにより、合格者の一部につき、一定の期間内に試験を受けた者のうちから定めるべきものとすることができるとあります。他の委員の質問によりまして、これは今回の法曹三者の基本的合意に基づくものであり、この合格者の一部というのは七分の二を考えているという御答弁がありました。今回はそうでしょう。ただ、法律が一度つくられますと、法律はひとり歩きをいたします。これも指摘されたところですが、委任の限界というものが大きな問題であります。そこで改めて、今回の合意とはかかわりなくこの法案が将来も生きるとなりますと、合格者の一部とは、その天井はどこかと
立法府として、合格者の一部はどのくらいの数を想定しているのかが全く知らされなければ、まさにこれは司法試験管理委員会に白紙委任をしてしまうということになるわけです。仮に将来合格者を千名とする、五百人は条件をつけない、五百人は若年者優遇にするというようなことをやりますと、五〇%になってしまうわけですね。これは非常に重大な、再三指摘されていますように、今回の司法試験法改正が、統一、公正、平等を理念とする司法試験制度のうち、平等あるいは公正という点で大きな例外をつくるということでありますから、その例外がどのくらい大きいのかを決めるのは、まさにこの合格者の一部の天井はどこなのかということなのですね、今回は七分の二ということは先ほど来再三お聞か
主要な部分と主要でない部分という言葉を使いますと、主要な部分は大方、主要でない部分は少数というふうに解釈できるかと思うのですが、そう伺ってみましょう。 ちょっとあいまいな点が残りますが、もう一点、法八条は、司法試験管理委員会に白紙委任するものとして「一定の期間内」という言葉を使っているわけですね。今回の法曹三者の合意は初回受験から三年間というのがこの「一定の期間内」であるというお答えですが、これも法律でいきますとひとり歩きしますので、この「一定の期間内」の天井はどのくらいの期間を考えておるのか、御答弁願いたいと思います。今回は初回受験から三年間の者に限りということになりますね、その天井をどう考えているのか。
わかりました。 それで、仮にこの一定の期間の数字を三を五にするのであれば、受験者にとっては権利の拡大で すからそれは結構かと思うのですが、この数字を小さくする、三を二にするとか一にするなんということになると、非常に権利の制限になっていくわけですね。そういう場合にこの立法府へはどうされるのか、そこを聞きたいのですよ。それで限度ということを私は聞いているのですよ。
基本的に運用については法曹三者の合意に基づいて進めていくという前回の法務大臣の答弁もありますので、基本的にはそこに信頼をしたいと思うわけであります。 最後に、その関係で、今回つくられる改革協議会の運営のあり方を見ますと、運営として「議事は原則非公開とするが、法曹三者は協議内容が実質的に公開されるよう配慮する。」という言葉が書かれております。午前中の参考人の公述の中にも、日本の司法が国民から非常に遠い、「孤高の王国」という言葉が使われているような状況でもあります。やはりこの法曹三者の協議の内容、運営が国民的な基盤を持つことがまことに大事だろうと思うわけであります。そのためには法曹三者の協議会へ提言する改革協議会の運営が、やはり公開
終わります。
今回の司法試験法の改正が、昨年の十月十六日に行われた法曹三者の司法試験制度改革に関する基本的合意、これを実行するためである、そしてこれを実行するためにどうしても法改正が必要となる部分について、今回改正法案を国会に持ち出した、先ほど来の答弁であります。 そこでお聞きしたいのですが、司法試験法第八条によりますと、「司法試験の合格者は、司法試験考査委員の合議によって定める。」というのが現行法なわけです。何人合格者を採るか、それから合格者をどういう基準で採るかについては、現行法は一応何も定めてないわけですね。そこでお間きしたいのですが、今回八条第二項を入れなければならないと考えた基本的理由は何なのでしょうか。
昭和二十四年に現行司法試験法ができてから四十年近く、合否判定の決定方法が基本的には平等を原則として運用されてきたことは間違いありません。年齢とか受験回数とか男女の性別とか、そういうものは一切捨象して、成績順でトップから順次並べて、そしてそのときどきに必要な合格者数で足切りをしてきて、三百人の時代もありましたし、五百人の時代もあった。しかし、基本的には選考方法が平等の原則で行われてきたということはそのとおりだと思うのです。 そこで、私が聞きたいのは、今そういう原則で運用されてきた、これから五年後に場合によっては別の基準で合否の判定をする、新しい原則を入れることになるから今回法改正が必要だというのが最初の理由のようなんですが、今まで
法をどう解釈するかについていろいろな意見の相違があるから、念のため八条二項をつくったという答弁ですが、それでは改めてお伺いします。 現行法の第一条に司法試験の目的が書かれているわけであります。そこで、法務省は、現行司法試験の基本的性格、理念はどこにあると考えているのでしょうか、御答弁を願います。
現行司法試験法第一条に基づく司法試験法の根本理念は、一つは統一である。これは、裁判官と検察官と弁護士、それぞれの法曹になろうとする者について、別の試験ではなくてこれを一緒に同じ試験で行うという、統一の試験であるという統一の大原則、これが学者やその他法曹界から指摘されているところだと私は理解しています。 もう一つは、分離である。これは、行政官とは違う。大蔵省の役人とか文部省の役人とか、そういう行政官になる試験とは全く別で、法曹のみになろうとする者に対する試験であるということ、これがもう一つの大原則。 もう一つは、平等の原則といいますかね、先ほど来私が質問している、この試験については法曹になろうとする者に必要な学識及びその応用能
そこで、お伺いをいたしますが、今回の法八条二項の追加によりまして、この原則の一部が変わる、崩れるわけでありますね。もし仮に、例えば平成九年から七百人を合格させるという場合に、五百人は年齢や受験回数に関係なく一番から五百番までは合格させる、五百一番から七百番までについては初回受験から三年以内の者に限って選抜していくという姿になるわけですね。そういう理解でいいのですね。
そこで、前の委員からも質問されていたので、私改めて聞きますが、もしそういう姿になった場合に、例えば平成二年の試験結果からかんがみまして、五百一番の成績順位だった、しかしその人が初回受験から三年以上過ぎていたということになると、落第になるわけですね。逆に、たまたま初回受験から三年以内の受験者であった、それで、上からずっと数えて二百番以内に入っていれば合格するわけですね。そうすると、最大格差、隔離といいますかね、五百一番でありながら不合格になった、しかし千何番で合格した、そういう最大格差、隔離は何番ぐらいになる のでしょうか。法務省の方から端的に数字をお答えいただきたい。
番数で大体千番の逆転現象が起きる。点数にして一科目二点ですから、七科目で十四点から十五点の逆転現象が起きると先ほどおっしゃいましたね。私は法律家として、まさにそういう制度を導入することが今まで守ってきた平等の原則の根本的な転換であるということで、一番そこがひっかかっておるわけです。 そこで、最高裁にお伺いしたいのですが、こういう逆転現象、五百一番でありながら不合格、それから約千番下の人でありながら、若年といいますか、初回受験からたまたま三年以内であったために救われて合格、これが、憲法十四条の法のもとの平等という大原則から見てこういう制度がいいのかどうなのか、最高裁としてどうお考えなのか、御答弁願います。
受験生一人一人から見ますと、だれもがこの初回受験、二回受験、三回受験、それからオーバーしてしまう四回以降受験になることは確かです。そういう面で、受験生個人の立場から見ると、すべての受験生が平等であることは間違いありません。しかし、この試験について二万人が受験をした、同じ試験問題で受験をして一生懸命答案を書いた、たまたま五百一番だったが合格をしなかった、それから千番以下の人が合格をした、私はそれを言っているのですよ。個人のサイドから見ると確かに平等でしょう。しかし、当該試験だけを見てみれば、五百一番の成績でありながら不合格、千五百番でありながら合格、まさにそれは大変な、差別という言葉を使っていいのかどうかわかりませんが、法のもとの平等
昨年十月十六日の法曹三者の基本的合意の問題について、内容についてお伺いをいたします。 法務省としては、本改正法案が成立をいたしますれば、この法曹三者の基本的合意に忠実に従ってこれを実行していくと聞いてよろしいですか。
それから、他の委員からも再三質問をされておりましたが、この三者合意の中にある法曹養成制度等改革協議会の問題について、その目的、構成、協議事項、運営その他質問されておりました。実は、私「「法曹養成制度等改革協議会」の要綱」という文書を持っているのですが、これは法曹三者で基本的な合意がなされたものなんでしょうか。