木
木曽重義
1948-09-21
衆議院・不当財産取引調査特別委員会
はあ。
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はあ。
拂つてありますから。
全部自分が九州に帰つてからです。
十二月の十日前後に帰つて、これで十日で打切つたのです。十日後に残つた人もありますが、十日でこの運動は打切るからといつて、十日で打切つたのです。
むつかしいことはないのです。傳票整理だけですから。
私が相当長くおつたのですが百五、六十日おつたでしようか。
記憶しませんが、そこに出してあります。
さあ、幹部の人が二人、三人いたのですが、一人じやなくして二、三人の方から……。
民主党では総裁、幹事長、それから北村政務調査会長とか、大臣級の人、社会党では総理大臣、西尾さん、水谷さんなどが多いのですが、大抵大臣級の人にみな一通り二通り陳情しております。自由党ももちろん総裁から幹事長、大臣級の人には全部会つた。
ありません。
私を訪ねた人はおりません。
そういう内容は知りませんが、選挙のときに應援してもらつたとか、郷里の人が來たという意味か、連絡かしりませんが、代議士の人で來た人はあります。
それは淵上氏とか、西田君も來ましたし、それから長尾君も來ましたし……。
東さんも見えました。
降旗さんという人は知りません。
本間という人は知りません。それくらいしか記憶がありません。
ございません。
ございません。
知つております。
出しません。