多分返済できていないと思います。はつきり覚えません。
多分返済できていないと思います。はつきり覚えません。
そうです。
今はつきり記憶いたしません。
今覚えませんが、経理状態その他から見て返し得ないと思いますから、多分返していないと思います。
ある期間すえ置きで、その後分割して支拂うことになつておつたと思いますが、これも今はつきり覚えておりません。
その後は月内の融資をときどきしてもらつております。大体月末になれば返すという條件のものを融通してもらつております。
大体リミツトがきまつております。
今は二千万と思います。
借りられるのです。月末には一旦返してまた借りる。そういう取極めになつております。
大体一ぱい借りておると思います。
石炭代が月三回入りますので、それで賃金その他の支拂いとのずれがあります。その困つたときにお借りして、月末にはお返しする、こういうことにいたしております。
何もございません。
なかつたはずであります。今はつきり覚えません。
多分そういう記憶であります。
そういう趣旨はないと思います。当時貝島太市氏は日本全体の石炭鉱業会の会長を各方面から要望されておつたのでありますが、うちの方をやる人間がない。そこで私に來てくれということで、私が就任したあと、先生が鉱業会の会長になつた。こういう点も大きな動機だと考えます。
知つております。
昨年の初めと思いますが、昭和電工の社長の森氏以下、專務、常務が全部追放にかかつてやめられなければならぬという状態になりました。そのあとには、残つておられた重役の中で、ちよつとはつきり記憶いたしませんが、多分その結果その時分に平取締から市村氏が常務になられた。そうして森氏が追放でやめられたあとは、市村氏が中心になつて経営するというようなことを考えておられたようであります。ところが当時昭和電工の会計の監査が関係方面でありまして、そのときに前年の十一月ごろから帳簿の記入ができていないというので、融資元である興業銀行も非常なお叱りを受けました。そうして当時三月ごろは、そういう場合には経理の担当者並びに経理担当の重役はやめさすのかどうかという
みな面識はありますが、リストに載せるとか載せぬとかいうことについては、会つたことはございません。
全然ございません。
その前には日は覚えませんが、度数も覚えませんが、日本水素工業は、先ほども申しましたように日本曹達その他の関係で、やはり興業銀行からある程度の融資をいたしておりましたので、融資先の経営者として会つております。