そうです。油糧公団の人というよりも、帝国油糧の旧職の人、現在で言いますと、油糧公団に帝国油糧から来た者は約半分か六割くらい、ほかへ転出した人……
そうです。油糧公団の人というよりも、帝国油糧の旧職の人、現在で言いますと、油糧公団に帝国油糧から来た者は約半分か六割くらい、ほかへ転出した人……
はい。
油糧産業ができましたのは帝国油糧当時でございますので、そのときは各人が持つておりました。公団になりましてから、公団法によりまして禁止をされております関係上、公団の在職者だけは妻子名義に書きかえた。
そうです。
言う通りになつたということは……
話は非常に早く済みました。
ですけど、一箇月か二箇月のものをそう五箇月も六箇月もというような……
頼めばできたのです。
はい。
大豆増産奨励金と申しますのは、たしか昭和二十一年ごろからあつたかと思いますが、当時の帝国油糧株式会社、また公団になりましてからは、油糧配給公団の大豆の販売価格の中の構成要素として、大豆の増産奨励金という項目があつたわけでございます。従いまして今日におきまして公団が大豆を消費者に販売いたしますと、その公団の收入金の一部に、そういうひものついた金が入つて参ります関係上、私の方といたしましてはこれを別途に積み立てて、大豆協会の方へこれを交付したわけでございます。それの金額は大体昭和二十三年度――これは二十二年度が公団といたしましてはわずか四十日間でございますので、便宜上一緒にいたしまして、二十三年度分として計算してございますが、積み立てま
そうです。
公団の販売価格の中の構成要素として、たしか昭和二十四年度産――これは大豆は二十三年度でありますが、二十四年度産の大豆につきましては、六十キロについて二円だと思います。それから今まで配給いたしておりました大豆が二十三年度産でございますから、これについては一俵たしか六円十五銭だつたと思います。それが構成要素として含んでおります関係上、消費者に売つて販売代金を受取つたときに、その中にそれが含んであるわけでございます。
そうです。
これは大体大豆増産奨励に使う金の総額から大豆の取扱い量を勘案いたしまして、本年度は非常に大豆がふえるということから、單価を切り下げたわけです。
そういうわけではありません。これは物価庁の方で査定なさつておるわけですから……
そうです。
これは別勘定ではありません。得意先前受金というのは言葉が非常にややこしいのですが、財務諸表の指示書に基きまして勘定科目が統一されました関係上、安定本部からの指示を受けた勘定科目の言い方が得意先前受金ということになつておりますが、実質的にはこれは仮受金でございます。ですから別勘定ということでなしに、公団の正規の帳簿の中の一つの勘定科目として積み立てたものです。
いや代金としては受取つております。
前受金という言葉は、昔からの普通の勘定科目の整理ですと、仮受金ということになるわけですが、今の財務諸表の勘定科目の中に仮受ということがなくて、そういうものを得意先前受金とか、そういつたような名前に統一された関係上、少し誤解を招くような勘定科目の呼び方になつておるわけです。
油糧配給公団は、政令の定めるところにより、剰余金を国庫に納付しなければならないというようになつております。