私のところは、いま先生のお尋ねの、本省の局長をいたしておりまして退官をして他の職に転じられたということで現在公務員宿舎に入っている者の例はないと思っております。ない場合には提出いたしません。
私のところは、いま先生のお尋ねの、本省の局長をいたしておりまして退官をして他の職に転じられたということで現在公務員宿舎に入っている者の例はないと思っております。ない場合には提出いたしません。
ただいまお引きになりました「公債のはなし」にはそういうことは書いてございますけれども、それは要するに、社会資本の建設に公債発行のいろいろな理由というものが、学説であるわけでございます。その中で、たとえばいまここに問い、答えの形で書いてございます世代間の負担の公平論ということで、公債の資本を借り入れによってまかなうべしという議論もありますけれども、これは在来の審議会その他で議論されたところでもわれわれは伺っておるのでありますが、七年ぐらいの公債でそうした世代間の負担の公平ということはあり得ない。これは学説としては、一つの理屈としては考えられるのですけれども、必ずしもそういうふうな学説は妥当とは思えないということで、その妥当でない説の極
これを肯定されるとおっしゃいますけれども、この一一〇ページを読んでいただきますと、将来に負担を分担させるという考え方は「まだ未熟な段階だと思われます。」ということで、この著書は決してその立場をとっておるわけじゃございません。それからそのあと一一一ページのところでも、公債について社会資本の建設という問題を対象とする場合に、その負担面ばかりに視野を限定するということは古典派や新古典派の議論になってしまいます。もっと国民経済的な視野に立って重視することが必要なんだ、たとえば、公債によって有効需要が起こるとか、そういう意味におきまして、この著者は決して負担を後代に分担するという意味から公債政策を理論づけるという説には加担をしていないわけです
私は戦争ということばを使っちゃいかぬということではないと思うのです。戦争というものは悲惨だという場合には、戦争ということばを使わざるを得ないのです。したがって、否定すべき議論の対象として、その極端な場合を設例することは、私は決して戦争肯定論にはつながらない、こう思っております。
お答え申し上げます。 結論的に申し上げますと、私の知っております限りにおきましては、福田大蔵大臣は、この全日本流通機構株式会社なるものに承諾を与えて会長に就任した事実は全くございません。なぜこういう無断の名義借用なり誤解を生むに至りましたかという発端は、昨年の春ごろに福田大臣の知人が一人の青年を連れてまいりまして、最近やかましい流通機構の近代化の問題について意見を聞きたいという話で、門をたたいたということに始まるようでございます。そこで福田大臣は、こうした流通機構の近代化という問題は、非常に緊急な問題ではあるけれども、そのためにはそれ相応の準備なり資本力なりというものを備えてからでないと必ず失敗をするからやめてはどうかということ
私は政治家でございませんので、おしかりを受けながらどういうふうに大臣にお伝えしようかと思いましたが、先生のおっしゃるとおりにひとつ大臣にお伝えしょうと思います。ただ私の伺っておりますところでは、パンフレットに無断で名前を使っているのを知りまして、その知人を呼びまして、非常に語気荒く大臣が叱責をされて、ぜひこれを回収しろということを断固要求されたということは、その場に列席しておりました秘書官から私は伺っておりますので、おそらく大臣としては、そうした知人に対する警告がはたしてその後約束が実際履行されておるかどうか確かめるおつもりであったのでございましょうけれども、何しろ相手の会社がきわめて電光石火に物を買って姿をくらましたというような形
いま造幣支局の点について調べておりますが、現在の造幣局の機構は、局長が大阪におりまして、そうしてときどきこちらへ参りまして、東京にも工場がございますので、本省との関係その他工場の管理関係の仕事をいたしております。そういう関係で、東京支局は工場管理の上に理財局その他の本省との関係も非常に忙しいということで、その責任者を一人つくりたい、振りかえでございますけれども。そういう意味で置くわけであります。
その仕事の関係で現在まで支局長が一人でやっておりましたけれども、最近における硬貨の需要その他いろいろの仕事の繁忙をきわめておりますので、そこで支局長の補佐人を一人置きたいということであります。
今回、谷村さんのあとを受けまして新しく官房長に任命されました村上でございます。当委員会には直接、間接にいろいろごやっかいをかけることと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
田口委員の御質問は、おそらく公共料金を審査いたします際に、いわゆる公共料金を構成する原価の諸要素をどういうふうに科学的に見ておるか、その際に、労務費のコスト要件について他の類似業種のいわば賃金の上昇その他というものをどの程度考慮に入れておるという御質問だと思うのでございます。もちろん、われわれといたしましては、公共料金の審査をいたします場合に、いろいろな方面からこれを検討いたすわけでございますが、公共料金を構成いたしております労務費は、必ずしも一人当たりの賃金が幾らとか、あるいは幾ら上昇するということだけが関係するわけでございません。たとえば一つのバスを動かすについて何人の人間を要するか、その能率がどうであるかによって、一台の車を動
必ずしも三公社、五現業がいかなる経理をやっても、それが国の財政援助その他で片がつくというわけではございませんで、三公社、五現業も、それぞれ独立採算のたてまえでやっておりまするから、したがって、その給与ベースとそれから民間の給与ベースとどれだけの差があるか、私としてはここでつまびらかに御説明申すわけにいきませんが、しかし、この両者を比較いたしまして、公共料金を構成する労務費に非常に格差があって、そうしてしかもその格差の内容が、三公社、五現業のほうが人件費の使い方において非常に能率上おくれておるという場合には、むしろそうした標準能率というもののほうへ三公社、五現業の料金システムというものももらと合理化して近づけるべきではないかということ
完全雇用ということをわれわれ使います場合には、経済企画庁としては、経済の規模を拡大して、およそ働きたいという意思と能力を持っておる者にその雇用の機会を与えるような、そういう経済の発展をいたしたい、こういうふうに考えております。その問題とは別でございますが、いま再度質問になりました問題についてお答えいたしますると、たとえばこれは三公社、五現業の直接の例ではございませんけれども、この間バスの料金の問題がございまして、東京都とその他の民間バスの料金の問題をわれわれ審査いたしました場合に、この公共料金、バスの料金を構成いたしまする労務費の要素を考えましたときに、東京都の公営のバスのほうが非常に高いという構成でございます。その場合にわれわれが
予算は来年度五千八百万円ばかりの予算を組んでおります。
先ほど申し上げました新しい国民生活局の事業費の中身を簡単に御説明することが、いまの御質問に対するお答えになるかと思うのであります。約六千万円の予算の中で、先ほど申し上げましたような生活向上対策審議会の関係のいろいろな作業、ここでは事項的に福祉水準の測定と生活連関表の作成というような名目で三百八十万円計上しております。それから審議会自体の機関の事務費としまして、それと大体問額の三百八十万円、約七、八百万円のものがこの関係で組まれておるわけでございます。その他六千万円余りの予算の中の大きな部分は、国民生活局の外郭団体といたしまして国民生活研究所という特殊法人がございますが、それの事業費の補助といたしまして四千五百万円ばかり計上いたしてお
これは今度出しておりまする国民生活局の設置法の中にもございまするように、私のところでは、企画あるいは総合調整というふうな仕事がおもでございまして、現業的な関係には手を出しておらない官庁でございまするので、いわば頭悩を使う補助手段としての調査、分析、研究というふうな関係の経費ということで、やっておりますることは、非常に膨大な仕事でございまするけれども、予算としては六千万円余り、こういうことになっているのでございます。
現在、調整局などにおりまして、この関係の仕事をしております二十四名と、それから新らしく増員をいたしまする二十名と、合わせまして四十四名ばかりの人員でこの仕事を発足さしていきたいと思っております。もちろん将来における国民生活というものの福祉施策の重要性から考えまするというと、この局が将来順調に拡大していくことをわれわれも期待いたしておるのでございまするが、何せ先ほど申し上げましたように、問題自体の取っかかりにやっとたどりついたという現状でございまするので、最初から膨大な機構をつくりまして、それが十分な仕事ができないということでは、先ほど木村委員もおっしゃいましたような、いたずらに官吏の数をふやすが能でもございませんので、まずそうした取
先ほどからいろいろ御議論がございますように、福祉国家における政策の究極の目標というものは、国民生活福祉の増進であろうかと思うのでございまするが、しからば、国民生活福祉を増進させるためには一体どういうアプローチの方法があるかといえば、これには、大きく言って経済の規模を拡大することによって福祉を増進するという方法と、それからそれの再配分過程あるいは財政等々の活動を通じての福祉の増進という、まあいわば生産と分配というこの二つの方法があろうかと思うのでございます。一体、両支柱のいずれに重点を置くかということは、これはその国の経済の発展段階によってきまってくるのではないかと思うのでございまして、生活福祉というものを構成します要素を考えますると
文化的な生活の最低基準がどうだというふうなお話、現在いろいろのところで研究いたしておるわけでございまするが、われわれの考えております福祉概念というものは、むしろもっと総体的な問題でございまして、一般の生活水準が上がってくれば、たとえわれわれがこの程度で十分な栄養がとれる。この程度で人間的な生活は満足されると思っても、やはり欲求不満というものは出てくるわけでありまして、現在われわれがやっておりまする一つの重点は、そうした現在の国民生活における欲求不満というものがどういう部面において、どういう程度の強さを持っておるかというふうな、そうした関係に重点をおいてまとめておりまして、これだけの所得ならばそれでよいというふうな、そういう最低基準の
この国民生活研究所の研究テーマにつきましては、先ほど矢野君からもお答えしましたように、今後における日本の限られた資源というものを、どういう国民生活の分野に投入した場合に最も大きな福祉の向上が得られるかということに関連しますいろんな副作業がございまして、従来この国民生活研究所で生活実態の調査を各地域ごとにやっておりまするが、相当実績を持っておりまする機関でもございまするので、今後、国民生活向上対策審議会の計量作業がだんだん進んでいくにつれまして、そうしたことに必要ないろんな作業のテーマを与えてやらしていきたいと、こう存じます。
私のところの予算にたいへん応援をしていただいて、まことに感謝する次第でございますが……。