私は当時虎木綿に関する考案は、相当経済的な価値がある、こう考えておりました。それでそれを台湾において特許を受けて、台湾において実施する、権利を譲り受けたり、また譲り渡したいという契約につきましては、何ら信憑性を疑うことなく、国際的な取りきめといたしまして許可するのが至当であると考えたわけであります。
私は当時虎木綿に関する考案は、相当経済的な価値がある、こう考えておりました。それでそれを台湾において特許を受けて、台湾において実施する、権利を譲り受けたり、また譲り渡したいという契約につきましては、何ら信憑性を疑うことなく、国際的な取りきめといたしまして許可するのが至当であると考えたわけであります。
この点について恐縮でございますが、先ほども申し上げましたように、私は特許関係がどうなっておるというところまで確認はいたさなかった、いかなかったと記憶しております。ただ当時のスタック関係、技術関係をやっておりました官庁方面におきまして、この考案は相当経済的な効果が高いという推薦のようなものを受けた記憶がございます。なお私どもといたしましては、専門的知識が実は十分ございませんが、そういうものを信頼いたしたのであります。
私は台湾でもこういう新しい技術を取り入れて、人造繊維の仕事をしたいというまじめな、そういう純経済的な判断のもとに、この契約が行われたという判断をいたしたわけでございます。それから当時の役所の名前、あるいは正確でないかもしれませんが、科学技術行政協議会というような、総理府に協議会のようなものがございまして、そこあたりの推薦があったと記憶しております。もし間違っておりましたら後刻訂正いたします。
私は本件につきまして、台湾関係の方から何ら話を聞いておりません。先ほど申し上げましたように、当事者間のそういう契約が成り立っておるということで、そういう契約というものがあるということを信頼して判断いたしたのであります。
当時私はこの契約が虚偽のものである、あるいは今仰せのような非常に疑問の多い問題であるということは考えませんでした。この契約関係は、信頼すべきものだという判断のもとに措置がとられたわけであります。
先ほどもちょっと申し上げましたが、これが通常の現金決済による取引でないという意味におきまして、大蔵大臣の許可が要ったわけでありますが、それが現金決済でなくて、品物で入ってくるということは大蔵省の関係でございまして、それ以上どういう品物でどういう処分方法が行われたかということは、これは通産大臣の権限の問題でありますし、それについては、通産大臣の適正な行政処分が行われなければならないという条件を許可書につけた記憶がございます。
突然のお呼び出しで、実はどうなったのか存じませんが、当然書類というものは役所に残っておるし、お調べになればあると思います。
当時の責任者として当然のことだと思います。
私当時のことを記憶いたしておりますが、この話を聞きましたときに、私はできればこれは現金決済で金を取れないかということを、立川研究所に直接ではありませんけれども、部内で会議をいたしましたときに、相当強く立川研究所に聞かした記憶がございます。しかし当時の事情といたしまして、台湾政府側が現金決済ということは認めない。台湾の輸出の奨励になるということならば、この権利を譲り受けることを許可してもいいけれども、現金決済は台湾政府側がどうしても認めないのだということを立川研究所からの報告として聞いたわけでございます。しからばこういう場合に、現金決済が受けられないから、この契約は認めるわけにはいかないという行政措置をとるのが適当であるか、あるいは現
できれば現金決済が望ましいが、現金決済は諸般の情勢上むずかしい。従って現金のかわりに日本にも役立つ品物の輸入が行われるということであるならば、私はいわゆる行政上の自由裁量と申しますか、そういう範囲内において行なってもよろしいことである、こう考えたのでございます。
あるいは私の申し上げ方が足りなかったかと思いますが、通常の決済でなくして、物資の輸入による決済であるということで、なぜそうしなければならぬかということを慎重に検討いたしたということを申し上げたわけであります。許可書はいずれの場合におきましても、大蔵大臣名をもって出るわけでございます。そうして大蔵大臣名の許可書が出る部内の手続といたしまして、役務に関する契約は為替局長限りで決裁してよろしい。つまり為替局長が決裁すれば大蔵大臣名の許可書が出る、こういうことに相なっておるわけでございます。従いまして大蔵大臣名の許可書が出ることにつきましては、やはり事務の執行に当りました為替局長が第一義的には責任を負わなければならぬ。もし為替局長に落度がご
そう申し上げたのではございません。いずれにいたしましても、委任範囲の問題でございますから、特に私限りで、部内で慎重に検討してやった、大臣名の許可書を出した、こう申し上げたつもりでございます。間違っておりましたら御訂正申し上げます。
私はこういうふうに記憶いたしております。台湾において特許を受けまして、その特許を台湾を区域といたしまして実施する権利を立川研究所から台湾の相手方に譲渡すると、いう契約の内容であったと記憶いたしております。あるいは私の記憶違いかわかりませんが、私は、当時の申請書では、台湾において特許を受ける権利というふうになっておった、こう記憶いたしております。
実質的にはさようなことになると思います。
諸外国において認められておるということは平井参考人がおっしゃったと思います。私が申し上げましたのは、私は当時申請書を処理する場合に、特許関係までは明確に調べなかったのでございまするけれども、当時の産業技術関係をやっておりまする専門官庁の方で、この人造繊維に関する考案は値打があるものだという推薦状と申しますか、証明書のようなものがあったような記憶があるということを申し上げたのであります。従いまして私といたしましては、相当客観的に経済的な価値のあるものだという前提のもとに、本件を処理したと、こう申し上げたわけであります。
三年ばかり前のことでございますし、為替局長といたしまして大ぜいの人に面会いたしますので、はっきりした記憶はございませんけれども、私はこの立川研究所の問題について、どなたか利害関係者にお目にかかった記憶は実はございません。
申し上げるまでもなく、役所の組織といたしまして、局長みずからいろいろ申請者を呼んで取り調べておる事例もございますけれども、今度の場合、課長その他自分を補佐してくれる人に、いろいろ人に会ってもらったり、事案を調べてもらうということが多いわけでございます。立川研究所の問題につきましては、私は申請者か申請関係者に直接会った記憶はございません。当時の管理課長あるいはその下の人に、十分本件について審議してもらいまして、その結果をいろいろ相談した、こういうふうに記憶いたしております。
私の下に管理課長江上君がおりましたので、江上管理課長が主として当ったのじゃなかろうかと、これは推察でございます。
為替局長を昭和二十七年の七月までいたしまして、それから昨年の六月まで銀行局長をいたしまして、ただいまは日本輸出入銀行の理事をいたしております。
恐縮でありまするが、はっきりした記憶を持ちません。そうして立川研究所は、この虎木綿の問題については、技術関係の考案はしたが、当時日本では工業化せられておらないという事実を聞いたことは記憶いたしております。