いろいろとその内容につきまして、こまかい点も触れておりまするが、一応この大使級の予備会談というようなものもいいではないかというような動きがあるようでございまするが、その他に関しましては、ちょっとこまかい点記憶にございませんので、必要がございましたら、また調べて回答したいと思います。
いろいろとその内容につきまして、こまかい点も触れておりまするが、一応この大使級の予備会談というようなものもいいではないかというような動きがあるようでございまするが、その他に関しましては、ちょっとこまかい点記憶にございませんので、必要がございましたら、また調べて回答したいと思います。
そういったものがあるということを承わったことはございますが、外務省にはそういう書類は今残っておりません。
注意を受けましたので調べましたけれども、現在それはございません。ないことだけは確かであります。
御承知の通り、国際連合におきましても各国語を使っておるのでありますが、特に東南アジア諸国の言葉並びに日本語とか、あるいは特にマレー語とかいうようなものにつきましては、いろいろ通訳の関係等がありまして、非常に支障を来たしておりますが、数から行きましても今後も当然ふえることでありますので、われわれ率先して一つ中に割り込めるように努力したい、こう考えます。
第一点の、どういう精神でこの条約が作られたかということにつきましては、本文の中にも若干触れてありまするが、もちろん集約いたしますると、人間の基本的人権、あるいは道義的の問題等あたりからいたしまして、国際的にとにかく力をそろえてこれを防止、守っていこうじゃないかということと、特に国際間におきましていろいろこういうような普通トラフィッグという言葉をもって表現いたしておりまするが、それを防止したいということでありまするが、従いまして、徐々にこういう思想が高まっていくにつれまして、二つの条約並びに一つの協定がすでに作成されまして、日本は戦前にこれに加盟していたのであります。しかしながら、これはまだ十分なものでないので、一九三三年に当時の国際
日本の芸者に酌をしてもらって、非常にけがらわしい体験だったというようなことが新聞に出ておったということでございますが、私その記事を読んでいないのでありまするが、もちろん芸者に対する観念には、外国人の間に二通りあると思うのであります。一部は、やはりこれはただ単に酌をするばかりでなく、いかがわしい行動をする者もあるであろうということを想像している一部の者もあるようであります。しかしながら、日本本来の姿の芸者というものに対しては、また、別の考えを持っている者も多数あるのであります。たとえばあの手踊りであるとか、また、その他非常に高度に発達したところの、彼らの表現をもっていたしまするならば、クラシカルなこれはダンスであると讃美している者もあ
はなはだ不勉強でございまして、私はっきりした回答をできないことを残念に思うのでございまするが、少しばかり勉強いたしまして、また機会を見て回答したいと思うのでありますが、非常に線を引くことはなかなか困難じゃなかろうかと普通に考えておるのでございますが、必ずしも全部が全部その通りではないような話も聞いておりまするが、あまり私その方面に対して深い関心がございませんので、興味がございませんので、不勉強ではなはだ残念に思います。
私の知る限りにおきましては、調査を依頼して向うで情報を提供しておるということはないのでございまするが、ただいまの御注意というものはごもっともだと思いますので、今後一つ一生懸命にそういう方面の資料を集めまして、一応調査さしていただきたいと、こう考えます。
それを建前としております。
まだ向うからのそういった事柄につきまする正式の折衝はございませんので、新聞報道による程度でございますので、これに基いてはっきりした見解をここに述べることはできませんが、ただ申し上げたいことは、正しくこれをまとめたいというのが政府の腹でございます。先ほど建前と申しましたことは、もしここにはっきりした期日を明示いたしまして、釜山に抑留されておる漁夫が必ず帰れるという見通しがつけば、そのときの事態によりましてまとめるということが原則でございまして、あるいはいろいろと参酌するような点が出てくるかもしれませんが、これはただ仮定に基いての私の説明でございますので、建前はやはり全部帰してもらうことを前提といたします。
まだ正式には何ら具体化しておりません。
岸総理大臣が李承晩大統領に送りました親書でございますので、その内容をわれわれ申し上げるわけにいきません。
親書の内容につきましては、先ほど申し上げましたごとく、われわれが発表する筋でもないと思うのでありますが、こういう親書を大統領の誕生日の祝福を兼ねまして送るということは、とりもなおさず対立しておりました空気を打開することに、大いに役立つであろうというようなことも考えて送られたのであろうと思うのでありますが、事実は新聞報道によりますと、李承晩大統領もこの親書を非常に多としておられる。従いまして雰囲気が相当やわらいできたということは事実だと考えます。
まだ正式には向うからは言ってきていないように解しております。
何回も委員会において繰り返されましたごとく、一応二月十四日まで全部双方におきまして釈放してこれを帰すという前提に立ちまして会議を開こうということであったのであります。最初は三月の十五日から全面会議を開こうではないかという申し合せであったのでありますが、先方の篤なる希望によりまして、そうまで待たなくても二月十四日までには全部帰せるからという前提におきまして三月一日に繰り上げたのであります。ところが御承知の通りなかなか全部帰りませんでした。二月二十八日に二回目の送還があったのでありますが、なお四百二十二名残っておりますので、委員会におきまして外務大臣も答弁いたしましたごとく、これが全部帰らなければ全面会談を開くことはできない。ただし二、
ただ腕を組んで見ておったというわけではございません。何回となく局長等あたり、先方との折衝もございました。そうしてできる限り一つの打開しようじゃないかという努力は払われてきたのでありますが、たまたま李承晩大統領の誕生日にこの親書を向うに渡すことによりまして、幾分か空気が緩和されて友好な雰囲気をかもすことができたならば、その雰囲気にのっとって話がもう一度軌道に乗るのではないか、そこまで参りますについても相当な努力が払われておったということは事実でございます。なおいろいろなチャンネルを通じましていろいろな折衝をやってきておることも事実でございますが、これを一々申し上げることはちょっと困りますので、遠慮さしていただきたいと思います。
的確な数字をちょっと私は記憶しておりませんが、数回にわたって拿捕されていることは事実でございます。そのたびごとにわれわれは厳重な抗議を申し入れております。
政府委員がちょっとおりませんので、後ほど調べて的確な数字をお示しいたします。
真意がまだはっきりしないという意味は、ただ表面現われておりますことだけでなくして、その背後にはいろいろな政治的の意図があるのではないであろうかというようなことを加味して書かれたのではないかと想像するのでありますが、けさの新聞の論調の中にも、ソ連は食い逃げしてこういうものを出すのはちょっとおかしいではないかというような記事も出ておりました。そういう工合にいろいろとただ正真正銘の禁止でなくして、たとえばもし米英がこれに同調しなかったならば再びこの実験をやる権利を留保するというようなこともありますし、あるいは一連の実験をやりまして、その資料を全部開放して研究するのには少くともあと一年間はかかるであろう。従ってその一年だけを意味しておるのか
ダレスの声明は実は私まだ読んでおりませんが、しかしたとえば今度巨頭会談、サミット・ミーティングをやろうというようなことがしきりに言われております。それに対するところの事前工作であるかもしれません。あるいは実際においてソ連はやれといっても、今から一年間は絶対にできないような状況に軍事的にあるのかもしれませんが、そういったようなことを明らかにいたしませんので、従ってその意図がよくわからないということをうたっておる、こういう工合に解しております。