諸外国の装備内奔が変化すれば、それに応ずる防衛というものの変化は、これは鏡に映るようなものですから当然であろうと、したがって、私は中共をという意味じゃありませんが、要するに、世界の装備内容が変化するならば、それに応ずる防衛内容も変化しなければならない、これが基本的な考えで今日まで終始しております。
諸外国の装備内奔が変化すれば、それに応ずる防衛というものの変化は、これは鏡に映るようなものですから当然であろうと、したがって、私は中共をという意味じゃありませんが、要するに、世界の装備内容が変化するならば、それに応ずる防衛内容も変化しなければならない、これが基本的な考えで今日まで終始しております。
一次防、二次防も兵器のことを限定しておりません。要するに、防衛力というその内容において、大戦争を起こすような日本の防衛計画はありませんので、防衛をできる最大限の目標が一次防であり、二次防であり、三次防であります。目標するところは同じである、しかし、内容においては装備充実というものは相対的に変わるべきである、そういう意味でございます。
まあ、いろいろ開発といい、いろいろな戦術というのは、どこの国でもみずからの国の安全のために研究されております。このマクナマラ長官に負けないように、日本も日本の安全については最大限に長期見通しを立てて私はやるべきだ。しかし、今日予想される情勢においては、安保体制の堅持というのが今日の見込まれる予想における日本の安全の必要であると、私は同じ意味で考えております。
核の装備の段階を各国ごらんいただきますとわかるように、核の爆発、それから実験、それから製造、それから保有、その段階というのはやはり相当な時間がかかります。第一回目のものができてから、それを貯蔵する、製造するには相当の時間がかかる。その意味で、各国の核の保有というものを想定いたしますならば、おのずから核攻撃の能力というのは想定できるのではないか。その意味で外務大臣はおそらく言われたと思います。
安保条約の三条は、自助、相互ということでございますから、みずからお互いにということばであります。その内容は、武力攻撃に対する抵抗力を持つこと、それを維持発展させることであります。したがって、武力攻撃に対する抵抗力を維持発展させる、この趣旨であって、義務的なものではないと私は思います。
義務的ではありませんが、自助のほうで、みずから助けるという意味で、私は自衛隊は成長し、防衛力を充実するつもりでおります。
三十五年から三十八年ぐらいまでは、ある程度低率を示しましたが、三十九年、四十年、昨年ぐらいから、非常に国民の防衛意識が上がりまして、私のほうの予定よりも突破するような、昨年の十月ごろからふえまして、したがって今日では八七・八%の充足率を一月示しております。
幹部のほうは欠員ができたということはございません。ほとんど満員であります。お断わりするほうに苦労しております。問題はやはり士のほう、つまり通俗語でいえば兵のほうがわかりいいんでしょうが、兵隊というほうが、わかりいいから一応使います。兵隊のほうが問題なんです。それがただいま申しましたように非常にふえてきておる。ある意味では、ことしは締め切った、締め切りだから来年来てくれというような状況がいまの状況でございます。おかげさまで非常によくふえました。
本年だけの数を記憶しておりますから、申し上げます。本年の募集予定が二万二千人、応募者が約五万一千人ございます。その中で二万二千人採るのですから、来年いらっしゃいという私のことばが、数字的に証明できると思います。昨年、一昨年は、後ほど答弁の合い間に調査いたします。
それだけまことに順調なんですが、定員と欠員を比べますと、まだ二万人ばかり足りません。じゃ、ことし一ぱいに採れば二万人ふさがったかもしれません、四万人、五万人応募者があったのですから。ことし二万二千人採りました。三万人は断わったんですから、一ばいに採れば定員は埋まったかもしれません。しかし、やはり適格要綱がございますから、やはりある程度のレベルを堅持するために断わったわけです。したがって、そのレベルに達した現在は二万四千人だったのに、ただいまは二万人に減りまして、欠員は二万人でございます。
主として兵隊。定員十七万一千五百人の中で十五万一千人おりますから、ただいまのところは二万人が兵隊の欠員ということでございます。
陸の自衛隊がただいま申しました八七・八%です。幹部が一〇〇%、引きますと残りのほうはおそらく七八・八%よりも下がりますので、兵隊だけを比較されれば七〇%前後ということで大体私も想定できます。全自衛隊の中で七八・八でありますから、幹部は一〇〇ですから、上のほうを引きますと、大体下のほうが少し率が下がりますから、まあ七〇%前後という比率は、御指摘の数字はそう間違いないと私は思います。
御指摘のように、大体、ベビー・ブームと申しましても、兵隊の必要な年限が十八から二十四、五歳までです。その最高のピークを人口別にいたしますと、四十三年ぐらいが一番高いのです。それからだんだん低下いたします。それがまあ今後の実は自衛隊における問題点です。ことし、来年ぐらいまで、私はピークはおのずから延びるだろう、人口比率を見ても。それから、四十三年ぐらいからだんだん十八歳から二十四歳の適格年齢が減る傾向になると。その辺が、実は三次防における一番頭の痛いところはそこなんですが、ことし、来年は順調にふえまして、九〇%ぐらいまではすぐいくと私は思います。問題は、四十三年以降は多少十八から二十四歳の適格人口が非常に減り始めるという年になると、御
ちょうど大蔵大臣がおられませんので……。このお話は二%が最終年度の目標であります。二%平均で五年間やるという意味じゃありません。いま一・四そこそこです。ことしの予算でいって一・三八ぐらいです。それを二に持っていこうというのは、五年間のうちに二%に最終年度に持っていくという意味で、国民の納得を私は得られると思います。最近の世論調査では、御協力もありまして、非常に国防というものに対する関心が深まりまして、これだけ深まったのですから、おそらく予算についても理解は私はあり得るだろう。また、諸外国の例を見ましても、国防費は、二%にしましても世界で最少な防衛費の負担であります。まあ三%以上が大体先進国、独立国の防衛費負担は国民所得の三%ぐらいで
御指摘のように、一番国民に、直接住民に関係がありますのは基地問題です。これは私はある意味においては、国民の理解も深めるための努力も足らなかった、駐留軍時代からの引き続きのような印象が強い、そこに私は一つの基地問題というものの国民の認識を改めていただきたい。したがって、今回基地周辺整備の基本的な助成法というものを提案をいたしまして、国民にひとつみずから国防というもの、基地というもののあり方、また御迷惑をかけておるなら御迷惑をかけないようにその基本的な法律を初めて提案いたしましたので、このことについて国民は納得していただき、今後基地問題の紛糾がなくなるであろうと私は大いに期待しております。
安保条約の中において日本の防衛をするというよりも、安保条約をつえとして日本の防衛をするという考え方、中、外という考えは、私はそんな感じでおります。したがって、雨が降ればかさをさす、原子力の雨が降るならかさをささなければあぶないじゃないかというふうな、要するに日本の防衛の基本政策です。したがって、外国を攻めるという印象は、これは全然ございません。ただし、日本の安全はどうすればいいか。日本、だけで守るという力は今日ない。したがって、その予備として安保条約によって米軍というものの援助を受ける、こういう姿で、何も米軍の下におるとか上におるとかいう考えは毛頭ございません。
この防空壕の考えというようなものは、各国でいろいろやっておりますが、なかなか、どこの国も、一つの試験的、モデル的に想定をしてつくっておられるくにもありますが、いまの日本の現状では、すべての問題において容易なものじゃありません。したがって、そのシェルターを使わないように、防衛力あるいは条約によってそういう被害を未然に防ぐ、また力を持つことがある場合においては予防措置として非常に、お医者さんでいうなら、予防医学というものが私は発展すべきじゃなかろうか。したがって、その手術をするほうに、手術のほうの麻薬ばかりを、麻酔ばかりを用意しなくって、ある意味においては条約により、ある意味においては防衛力というものによって、その国における攻撃を未然に
まだそこまで、これは非常に間口の広いことで、建設関係もありましょう、防衛関係もありましょう、予算関係もありましょう、まだそこまでお互い話し合ったということはございません。
内閣自身におきましては、要するに、国防会議の議長は総理大臣ですから、内閣で調整をして、必ずしもばらばらだとは私は思っておりません。先般来、国会内に防衛論議を集中的にすを委員会をつくってはどうだという意見がある政党からも出ました。また、わが党の中にもそういう意見が出ております。先般の三矢研究の最終的な答申として、各党派をこえて、防衛をひとつ総合的にやるためには、国会内にも防衛に関する委員会をつくるべきであるという答申を、私か小委員長でつくりましたので、やはりそういうところから、世論というか、一般的な国民の関心を総合的にするということが先でなければならない。行政だけは、私はいつでもその調整はできると思います。しかし、国民の世論といいます
実はあまり多くないので、これは国防会議そのもののあり方にあります。ことし、私が就任してから一回開きました。昨年も一回ぐらい開かれたと思います。その前は、しばらく開かれなかったと聞いております。それは国防会議そのもののあり方にもよります。開きさえすればいいというわけでもないと私は思います。できれば、やはりそういうものは、御指摘のように、国防会議のあり方、その開き方というものは、もっと研究すべき問題が私は残っておると思います。それは確かにおっしゃるとおりであります。