国防会議の運営、国防会議の内容については、これはもっと研究すべきものが確かにあると私も思います。
国防会議の運営、国防会議の内容については、これはもっと研究すべきものが確かにあると私も思います。
アジアにおいて唯一の核製造ができる、核兵器が製造される、核装備がされるということは、世界の常識からいって非常な脅威的なものであると、これは理の当然だと思う。そこで、三次防の問題については、その時期、いつごろ開発されるのか、あるいは世界の情勢はどうなるか、そうして日本の防衛はどうなるかという観点から三次防を目下検討中でありますので、その検討が完成したときにはそれに対応する、あるいは、日本として自衛の最大限の防衛計画を立てたいと、こう考えております。
重要な点だけ申し上げますと、陸上自衛隊定員十七万一千五百、五方面十三個師団、海上自衛隊三万四千九百、艦艇十四万トン、航空自衛隊F104戦闘機百七十五機、F86戦闘機四面八機、人員三万九千五百五十三人、これは定員の人員を申し上げました。重要な装備は以上のようになっております。
各国の軍備ですから、必ずしも正確な資料を持ち合わせるわけではありませんけれども、一応推定される資料によれば、中共百四十五個師団約二百二十五万陸軍、海軍が約艦艇九百隻二十万トン、空軍が約二千三百機。極東ソ連、陸軍十七個師団、約二十七万人、海軍八百隻、空軍約二千機、北――北鮮といいますか、北のほうの、北鮮、陸軍十五個約三十二万五千人、海軍約百四十隻、空軍約五百機。フィリピン約陸軍が二万五千、海軍が六十七隻、空軍が約二百機、中国――台湾、陸軍が四十万、海軍が二百十隻、空軍が五、六百機、こういうところであります。
空と海についてはほとんど充足が足りております。陸が約欠員二万人そこそこであります。
各国の軍事資料に戦車と書いてありますから、戦車と申し上げたので、自衛隊のことを申し上げてはおりません。各国の資料に戦車と書いてあるから戦車と申し上げた。
いや別に、呼称は、戦車と特車――まあ通俗的にどちらも呼んでおったと私は思いますが、特車というほうが――あるいは特車、戦車両方呼んでいるんじゃないでしょうか。
戦車という名前が今日の正式用語になっております。
まあ一時特車と呼んだこともあるようですが、これ、わかりいいから戦車というふうに直したんじゃないか、特に、いま聞きましたけれども、意味はなくて、戦車――と呼びいいほうに、呼びいいからしたのじゃないかと思います。
三十二年から遠洋航海として発足しまして、したがって、ことしが九回目になります。その理由は、自衛隊法の「教育訓練」、この項目でやっております。
本年は約二百二十人の練習生を乗せまして、艦艇四隻南米に派遣いたしました。
ことしが一番航程から規模から一番大きいわけであります。
乗った人数もことしが一番規模として大きいわけであります。練習生が約二百二十名、まあ二百ちょっとこしておる程度でございます。
これは昭和三十二年から実行しておりますので、おそらく岸総理の答弁とは時間的にずれておる、私はそんな答弁聞いたことはありません。したがって、今日何らこの遠洋航海というものに自衛隊法との支障があると、私はちっとも考えておりません。南極の場合は、南極観測という一つの目的、これが既存法になかったために、南極観測の支援という改正をいたしました、一昨年。しかし、今日の遠洋航海について自衛隊法は何らこれは支障は私はないと思います。
特に核抑止力を日本の国内に基地をつくらなければその目的が達せられないとは私は思いません。
エンタープライズが核装備をしているという私は話を聞いたこともなければ、そういう資料も私は入手しておりません。したがって、日本に入るときには日本の規定どおりのものを守っておる、こういうわけでございます。
核装備をしているという証拠も実証もないのですから、したがって、核装備はしていないということに結論はなるんじゃないでしょうか。
防衛庁は核の研究はもちろん、乗る能力もありませんから、しておりません。ミサイルといいますか、ロケットといいますか、そういうものは国産で開発に努力をしております。
昨年当委員会で一千名と御報告をいたしまして、その後四十年の後半にふえまして千七百名ばかり行っております。
三十二年に六名、三十三年に二一六名、三十四年に十六名、三十五年四十五名、三十六年四十八名、三十七年五十九名、三十八年七十八名、三十九年六百五十一名、四十年八百四十二名、合わせて千七百七十一名でございます。このおもなものは防衛研修所の職員、航空自衛隊の幹部学校の卒業生、陸上自衛隊の幹部候補生学校の学生その他統合幕僚学校の学生、ほとんど研修、卒業生であります。