日商としては民間利益を政治献金として出すということなんですよ。それがその当時の前提なんですよ、民間資金の利益を政治献金にすると。それが高畑さんと海部さんとの三人の話で、話なんです。結果がどうだったかというと、結果のことは私もいまになってわかることで、その当時は明らかに日商の利益の中から私は献金をいただいたと私は確信します。
日商としては民間利益を政治献金として出すということなんですよ。それがその当時の前提なんですよ、民間資金の利益を政治献金にすると。それが高畑さんと海部さんとの三人の話で、話なんです。結果がどうだったかというと、結果のことは私もいまになってわかることで、その当時は明らかに日商の利益の中から私は献金をいただいたと私は確信します。
それは政治的な、政治道義的な話で、それを、そんな話を私はしたんですよ。向こうもされたんですよ。帳面上、会計法上の問題で話をしたんじゃありません。やはり政治家は疑われないように、そういう私の気持ちの中から、また政治家として精神論の話から、政府関係というものに携わるということはそれはいろいろありますからね、政治資金の中でも。そういう話を私はしたんです。そのときに、私のところは政府関係の利益は日商はゼロですと。たしかゼロかどうか知りませんが。そういう精神論で、帳簿論の話じゃないんです、そのとき。また、そのときは実際そうだったと思いますよ。
そういう話を私はしたんです。それは私の精神論で、帳簿のことじゃありません。今日になって私は意外に思っておるんですよ、実際は。実際意外に思っているんです。もちろんそのときはできるだけ私の父に負けないように成長をしてくれと、一生懸命応援すると。それは、だから日商の代表者として私はそういう話を念頭に置いているんです。
昭和二十二年、私が第一回選挙に出たときには八十万か百万でした。恐らくその当時はもう当選八回か九回、八回か九回のころです。したがって、中堅ぐらいになっておったと私は思いますね。それを育てようというんですから、もっと大成してくれという意味じゃなかったでしょうか。したがって、どの時点で幾ら要るかというと、政治家を金銭に換算することはできません。その人その人、相手次第、あるいは環境によって評価すべきで、私はそういうふうに思います。一人幾らという定額が政治家の育て料だとは私は思っておりません。
日商側が幾らならばいい、政治家が育つ、幾らなら多いと、それは私がここで、相手方のことですから、私がそれをどうこうと言う資格は私はないし、やはり政治資金ですから、いい政治資金なら多い方がいいと思いますし、金額がどうだと言われてもどうも何ともお答えしようがないと私は思います。
話を聞いた記憶はあります。
性能とか、そういうことであります。
それは代理店ですから、そういう自信と、宣伝はあったでしょうね。
いろいろな機種が当時俎上に上っておりましたから、それ一つだけの話題じゃありませんし、ほかに六機種とか九機種とかいろいろありましたからね。まあそういう話の比較の中でそういうものができるかどうか、それは私が意見を言うというほどのものじゃありませんからね。それから、いろんな機種の話は出ます。あのときは六機種ぐらいあったんじゃないでしょうか。その中での話ですから、それだけの話じゃありません。また相手方もいろんな話をしますからね。だから、そう言われると何だかそれだけのように誤解されちゃいけないので、いろんな話が出たということを申し上げておきます。
ちょっと済みませんが、いまのもう一度その……
いま失念しましたのは、その年月日をお聞きしたがったんです。四十年は私は防衛長官在任当時です。したがって、海部さんと接触したこともない、会ったこともない時期ですから、聞いたことはないと、こう申し上げたいと思います。
私はそれは聞いたことありません。今回のこの書類を見て驚いたぐらいなんです。衆議院で大出さんがお出しになった書類を見ましてね。だから私は前に聞いてなかったと思いますね。
そんな話は私は聞いたことありません。
私は岸さんのときの内閣に入ったことはあります。岸さんとは、非常にいまでも尊敬して、じっこんです。まああなた方御承知のように、岸さんという方は具体的に自動車とか飛行機とか船とかいうことをおっしゃる方じゃありません。一言もそういうことはおっしゃったことはない。また、私は話したことありません。いつもにこやかな顔をして、元気かとか、そういうふうな非常に高度の、高い会話しかなさらない方なんです。本当にないんですよ。船の、もう具体的な話を聞いたことはない。したがって、何遍もお会いしますけれども、そういう印象を受けたこと。ただ、ときどきにこにこして、おまえ元気かというふうなことは言われますけれども、自動車のことも聞いたことありません。船のことも聞
この方とはいろんな話をいたしました。もちろん、自動車の話もしましたし、船の話もしますし、飛行機の話もします。
飛行機の話といえば、当時飛行機はジャンボという民間機もありましたし、それから海外旅行の話もしましたし、防衛庁関係としては、三次防というのはどうするんだとか、そういうふうな、私の関することについて、大小についてお話をしました。
中村さんが人事の話をしようがしまいが、私は余り束縛される立場じゃありませんから……。
ええ、古いことだし、私もまた束縛されていなかった。だから、中村さんがどんな話されるか、それをどういうふうに中村まんがおとりになるか、それほどの記憶はないんです、一緒にお酒飲んだり、遊んだりする程度ですからね。その雑談の中で、防衛庁の人事こうだこうだと、そんな話、私は——もう向こうがおとりになるのは御自由ですよ。私が印象に残るような、そんな意味じゃありません。まあ言うなれば、近い友人のようなつもりでおつき合いしたんです。
選挙費用としては、届けした金額で私はやっております。
正確にどうだこうだとは私ももう古い話で覚えていませんが、政治家の生活という常識論から言いますと、選挙期間、の費用と、また選挙費用に加算しなくていい選挙法上の費用というものもありますので、それから、前後の地盤培養、あるいは政治活動としてのもろもろのこと、これはやっぱり一つ一つ私はもう古いことで覚えておりませんが、概念としてはそういうものじゃないかと私は思います。