それは当然法律が優先でしょう。お互い献金者、受領者のときは受領者、の意思も尊策しなければならないど私は判断したからです。
それは当然法律が優先でしょう。お互い献金者、受領者のときは受領者、の意思も尊策しなければならないど私は判断したからです。
いま振り返ってみれば、そういうことでしょうね。
届け出しておけばもっとよかったかもしれません。
政治資金と思っておりましたので届け出はいたしておりません。(発言する者あり)
結果においては、いま考えれば、古い話だが、そういうことになりますね。
あくまで私の判断、私に対する政治献金ですから、私の判断で使いました。
そういうことを申し上げているんじゃありません。私の判断で私が使った、こう言っております。
E2Cの話は、そのような環境、状況ではありません。それは逆だと私は思います。
そのときの状況は、日商岩井がE2Cの売り込みに熱心だったとは、代理店契約に熱心だったという印象を、私は全然ありません。 アメリカ側が貿易不均衡問題、アメリカ側が日本にあらゆるものを売り込みたいという、要するにハワイ会談以来、アメリカ側が積極的だった。代理店を日商から私は頼まれた覚えはないのです。アメリカ側が日本の廟社をつかまえたい、そのためにチータムやカーンさんが一生懸命おやりになったことです。私などはその印象は……。それで反対だと申し上げたのです。
アメリカの方がだれにお会いになったか、恐らく多数の方にお会いになったと思います。それで、私がその中に指名されたかどうか、私はわからないのです。また、だれにお会いになったか、私は一人も知らないのです。私は、私とチータムさんのことしか知らないのです。全部の報告、受けておりません。だから、私がそういうふうに言われたかどうか、私はわからない。全然覚えがありませんし、わかりません。これはグラマン社の方で決めてもらわなければ、わかる立場で私はありません。 それから、たびたびでありません。四人で会ったのは一回だけです。あとはカーンさんとチ一夕ムさん、カーンさんが一回、二回、三回、二回目からチータムさん、チータムさん、最後にチータムさんがやめて
カーンさん、カーンさん、カーンさん、チ一夕ムさん、チ一夕ムさん、チータムさんと私は記憶しているのですが、その途中で一回か二回会ったかどうかは覚えておりませんが、みんな私の事務所に来られるので、私がよそに席を設けて会ったならもっと記憶が正しいでしょうが、ちょっとお会いしたいと来れば、まあいらっしゃいという軽い気持ちで私は会っておったから、何回か覚えてません。ただ、印象の中でそういうことだけを覚えている。何遍も来られたかどうか覚えていません。しかし、だれか通訳がおりますから必ず、二人だけで話すほど私は語学は上手じゃありませんから、だれかおるから、その人を考えれば多かったかもしれません。
私の印象は、気持ちよく何遍も会ったのですよ。代理店変更を最初に持ってきて看板かけて会ったんではないのです。日米の防衛計画、日米のいろいろな兵器の説明、そういうことをずっと話したのです。私の意図は、私もなるべく防衛問題として新兵器に対する能力というものを知りたい、向こうは日本の防衛能力というものを知りたい、そういうことがもうほとんどなんですよ。したがって、代理店変更などというものはその念頭にないのです、私は。それをどうおとりになったか、それは私はわからないのです。もうほとんど九〇%はそのことです。それで私はE2Cというからその能力はどうなんだ、値段は高いんじゃないか、アメリカはどうしているんだ、そういうことを私は熱心に聞いたのですよ。
人事問題についてはいろいろ意見を言えば切りがないと私は思います。海原さんも有能であるが、自分の人事に関していろいろ言うのはどうでしょうか。ほかの人の人事について意見を述べる方はいらっしゃいます。しかし、自分の人事に自分が言われた方は私は余り聞いたことがないんです。そこに私は疑問を持つのです、いかに有能といえども。
そのお話はどこのお話でしょうか、そのいまの御質問のもとは。
またこれも御本人の自作自演じゃないでしょうか。第三者が言われるならまだ私も……。ですけれども、みんな自作自演なんです。私はメモなんか書いたことありません。防衛庁に人事のときに行ったことございません。また目の前に増田さんがいらっしゃる前で私は証言します。電話一つかけたことがありません。これは私、言うなら大人の推理ではないと私は思う。推理ではありません。
非常に心からなる御発言と受けとめます。私も道義的責任を、古いからといって古さの中に隠そうという気持ちではありません。私も政治を志す以上、自分の今回の問題についての反省は深くしております。あなたのきょうの御発言は心に深くとめておきます。 ただ、きょうこの場は、少なくとも私のできる真相解明のために出席して、そしてこの場は、御理解いただけるかどうかわかりませんが、私としての最善を尽くすことにいま頭がいっぱいです。その以後のことについては、私自身、世論、国民の感情、選挙民の意向というものを私は自分の良心にとらえて真剣に考えるつもりでおります。
現金だったと記憶しております。
恐らくその方向は、父が存命中ですから父だと思います。
私の父が亡くなったのが昭和三十九年です。四十年に真っ先に、お父さんが生きておられればよかったですねと電話して私を激励してくれたのが高畑さんです。お父さんの跡を継いでしっかりおやりください、近く海部を差し向けますからお会いいただきたい、それは私が大臣のときです。それで私、お断りした。大臣在任中は一商社の方にもお目にかからぬことに私はしているので、その父に対するお気持ちだけで結構です。それから四十一年まで私は大胆在任中です。父が亡くなったのが三十九年、それに引き継いで四十二年です。この二年間は大臣在任中だから、恐らく父がもう少し生きておったらそのまま引き継いだかもしれません。私はそういう気持ちなんです。
先に一つ訂正しておきます。大臣在任中に献金の意思があったと言われたが、私はそんなこと言っておりません。父に対する電話があったというだけで、先ほどのは正森さんの質疑に非常に違っております。そういう献金の申し出は大臣在任中はありません。 それからもう一つは、届け出は、やはり一商社が特定政党、特定政治家に深入りすることを公表されることは必ずしも商社としては得策ではないという意思で、私は献金者の意思を尊重したのです。