その基本的姿勢は来年度も同じであります。来年度は違った経済事情というものが、家庭生活というものが余力があり、変わってくるというものがまたあれば、またそこで変わってくる。本年度と同じような経済事情なら同じような議論が貫けるだろう。経済事情及び家庭生活が変われば、また変わったような議論が出るだろう、これはまた四十一年度予算編成までに多少時間がありますので、物価の推移、来年の経済見通しがきまらなければ議論ができないわけでございます。
その基本的姿勢は来年度も同じであります。来年度は違った経済事情というものが、家庭生活というものが余力があり、変わってくるというものがまたあれば、またそこで変わってくる。本年度と同じような経済事情なら同じような議論が貫けるだろう。経済事情及び家庭生活が変われば、また変わったような議論が出るだろう、これはまた四十一年度予算編成までに多少時間がありますので、物価の推移、来年の経済見通しがきまらなければ議論ができないわけでございます。
御承知のように、生産者米価をきめるときには「生産費及び物価その他の経済事情を参酌して米穀の再生産を確保することを旨とする」、この文句が生産者米価の決定の基本的姿勢であります。したがって、その内容はこの中に含まれていると私は思います。
なかなかそこが微妙なむずかしい問題でして、ということは、生産費が常に必ず上がるということは、まず物価が安定すること、そうすれば私は生産費というものも安定してくると思います。しかし、逆に言うならば、消費者の生活は米価によって左右される。そうなると、なるべく生活を安定するには米価は安定して上げないほうがいい。この理論はどちらも正しい。正しいままでこの理論を推し進めていけば財政の負担が出てくる。食管の存在意義というものが赤字でどうなる、ここらももちろん重要な部分であります。したがって、そういうものをかみ合わせていく以外にない。消費者米価はおそらく上げますと、上げ幅によっては相当影響がある。したがって、そこでお互い持ち合いながらいくという、
農業が必ずしも他の産業に追いついていないということは私も認めます。しかし、日本の農業がこのままで衰微するとは私ども考えておりません。ますます今後において努力すれば相当な成長をすると思います。また統計も最近の米に関する統計は必ずしも斜陽ではなしに、どちらかと言えば、上向きになっております。米の植えつけ面積は必ずしもふえておりませんが、合理化生産によって反収は徐々として上昇をいたしております。したがって、米に関する限りは私は相当期待される、安定した食糧の供給は国内でまかなえるという見通しのもとに今後の農業政策は進めてまいりたい。 それから各農家の総所得は必ずしもふえておりませんけれども、農家戸数というものも必ずしもふえておりません。
ただいまの指数での議論でお答えしますと、三十五年をとれば、必ずしもふえていないということになります。しかし、もう一歩、十年を見ますと、三十五年をとればうんとふえております。また、これは四十年までですから四十一年はおそらく相当な、水陸稲の計算だけとりますと、収穫がまたふえてまいります。三十七年、これはたまたま史上最高、三十五年も千二百八十五万トンですから本年に近い大生産をした年であります。したがって、三十五年をとっても、本年は三十五年よりも劣っていない。総生産量がこれより上になっております。したがって、指数の瞬間的議論をされるとそうなりますが、私ども基本的姿勢は私の言ったことにそう大きな間違いはないと思います。
高松のことを詳細に私は存じませんから、関係局長からお答えいたします。
いまの中央卸売市場そのものが完全な姿で運営されておるとは思わない、私は不満足であると思います。その証拠には、中央卸売市場の流通に占めるシェアが物によっては五割以下になっております。したがって、その他のものは任意市場あるいは直接消費団体からのトラック輸送というふうに、機構が各種ふくそうしておるのが今日の都会の消費地の現状であります。もちろん、中央卸売市場法の私も改正をしたいと思っておりますけれども、なかなか改正といっても急にできるものじゃありません。また場所も非常に狭い、あそこにすべて一〇〇%集まったら、これは商売もできないくらいになるでありましょう。また、ある場合には、逆送とか転送とかがあるためにコストも高いという非難を今日受けてお
今度の集配センターは、ある程度の行政的な監督をその場内では行なうつもりでおります。したがって、農業団体及び生産者団体となるべく消費者との直結を保ちたいというので、もちろん、ある程度の監督は相当行政的にやるつもりでおります。もちろんこれが、この結果がよければおそらく法律的なものにこれは設置に発展するかもしれません。いまのところは最初のことですから、一応消費者と生産者というものの結びつきをなるべく密にしたい。卸売市場もけっこうであります。しかし、卸売市場だけでも満足でないことは、これは北村委員もおわかりのとおりなんです。必ずしも満足ではありません。また、東京都の監督であって、農林大臣が直接監督というのはほとんど実は機能としては少ない。こ
ただいま御質問になりました小売り店の近代化、それから集配センターこういうものは、来年の予算の中でぜひ実現される可能性と、実現を推進したい大きな項目であります。
第一点の、外米は十二月一日を予定して、いま、やりたいと思います。では、準内地米は——準内地米まではいま考えておりません。ということは、外米は、いま食糧としての希望配給もほとんどありません。準内地米は、まだ消費は、主食としての消費配給の中に入れ、また、消費者もまだこれを消費しております。その差がありますので、外米のほうの自由販売はいたしますが、準内地米まではいまのところ考えておりません。
ええ分けて考えています。これは歴然と分けて考えております。ということは、主食としての外米の消費ということがほとんどないということから。だから主食としての用途が少ないから、それでは何らか別の用途にこれを利用しようということでこの販売方法を変えよう。準内地米は、まだ主食としての配給基準の中に入って消費者もこれを消費されております。したがって、片一方は主食用として歴然と有効需要がある。片一方は主食としての有効需要がほとんどないという差がありますから、外米をやったら準内地米という理論は、これは別な考え方であります。 第二点の農地問題は、これは農地法の基本の改善がないと、別な用途にこれを転用することは不可能であります。したがって、いまの農
日通との一括契約しておるのは、生産地、消費地というのが日本全部にまたがります。九州のお米が九州だけで配給されるというならば地域的な運送で間に合うかもしれませんが、しかし、時期別がありますので、早場米も九州に配給したい。今後は少しおそい米を東北に配給したい。輸送が非常に南北に、同じ期間においてもふくそういたします。これを総合的に全部やり得る会社というのは、日通が今日まあ私は唯一じゃないかと思いますけれども、そういう意味で、一括契約をしておるというのは、日本全部に米の輸送がまたがるということが日通との契約の主たる目的であります。
食糧庁長官から……。
今度の集配センターは、主としてそういう大工場、スーパーあるいは生協が、購入者といいますか、買う相手になるだろうと私は思います。したがって、小売り業者とは別のルートのものを集配センターは取り扱うというので、その前に、御指摘のように、生協がぜひひとつ発展していただきたい。もう少し私言うならば、生協が予約注文してもらうならば、いまの価格の私は半分ぐらいになるのではないか。ですから予約というものがあれば非常にもっと思い切って価格を下げられる。それにはまず消費者団体自身が組織化されていかなければならない。そして、一週間分の大体予約をしていただくならば、おそらく集配センターでは相当な、私は半値になるのじゃないかと思います。そういうことが、私が希
渡辺委員の御希望どおり——調査の結果が必ずしも御希望とおりでなかったかもしれません。しかし、昨日出しましたこの調査は、大きな問題点、大きなこの金の行くえというものにつきましては、最大な努力をいたしたものであります。行政権として、これ以上おそらく私はいままでの時間と、いままでの時日としては最大な労力と結果を得たものであります。なお、そのことばか一行と言われますけれども、この一行のことばは、ずいぶん調査した結果この一行のことばになった。ただ一行でこの問題を済ましたわけではありません。やはりわれわれは領収書を見、突き合わせをして、しかし、政治資金は、すでに届け出られているものは、これはもうすでに届け出られておるのでありますから、そのほか、
昨日綱紀粛正調査会から正式な答申の原簿を私は受け取りまして、全部拝見しました。しかし、その中にはそういうふうな、ただいま渡辺委員から言われたような文句というものは出ておりません。特に人数を隠すとか隠さぬとか、そういう文句はございません。これはいままでのいきさつ、内容というものを党としての機関において調査をし、そしてそれを公表した文書がこの原文で、あるいは解説とかあるいは何かで新聞紙上に出たかもしれませんが、私が昨日原文受け取りました中には、そういう人間の数、名前及び金額というものは出ておりません。したがって、それは紙上におけるその委員のどなたかの御発表ではないかと思いますが、もちろんこれを見ますると、政党として、行政庁で調べたものと
これが原文で、それには出ておりませんが、新聞紙面には人数と金額が出ておったように思います。しかしその内容を私はよく存じません。その内容は実際私はよく存じませんが、したがって、資金規正法によって届け出されているものであろうと、私はまあ想像しただけで、その内容について、私は、それは明細には自治省所管のものですから、私はその内容は存じ上げておりません。
ただいま二宮委員の言われたことは、非常に私は、私も同じような考えは多々持ちます。ただ、私の立場で、今日この調査をしましたのは、貸し付けについての諸問題点についての実は全力をあげた調査であって、その他の問題については触れ得ないもの、また触れる時間のなかったものというのは確かに残っております。一応、貸し付け融資についての調査報告でございますので、その他に及ぶものについては、もちろん、権限、権能、時間的に、また実際山林についての問題もございましょう。しかし、これを今日まで与えられた調査の書類を中心にその評価をするにとどまるということであって、実際において評価の方法は、いろいろそれはあるかもしれません。しかし今日の場合は、いままであります書
交換というのは、片一方のものと片一方のものを評価して、そうしてこれが交換することのほうが林野の行政上は有利であるということが、交換の主義であり目的であると私は思います。私はまずそのことを中心に考えますと、おっしゃるように、この会社は何べんも名前が変わっております。変わっておるが、その会社に対して払い下げるという意味じゃなしに、そのものがたまたま国有林の隣接地を持っておる、またこちらの国有林の造林計画が必ずしも妥当じゃない、それでは交換しようという意味がこの主体の交換であって、払い下げの場合ならば、相手方が払い下げを受ける能力があるとかないとかということが、一つの目標になると私は思います。そこに交換という、ひとつのいうならば交換制度と
確かに、この数字をこう言われると、私も疑問を持ちます。確かに疑問を持ちます。 ただ、昨日、長官が答弁をしたのは、交換価格ですから、片一方が取得しているのですから、これを売却したというなら、これは明らかに問題の前の売却だから非常に不当だということがすぐ結びつきます。ただ、これは交換したのですから、相手方の一方の山の評価もこれと同じ評価基準でやっているわけでございます。 しかし、まあ五千円と三百四十円と、こればあまり妥当な価格のようにも、それは感じません。しかし、これは違法、合法は別問題として、どうもあまり妥当だと強く言う自信もありませんけれども、しかし、違法だ——交換というものと売却とは、多少、ひとつ御判断の中に入れていただき