しかし、よくお話ししないと、私の気持ちが理解していただけないと困るんです。
しかし、よくお話ししないと、私の気持ちが理解していただけないと困るんです。
選挙及び政治活動、選挙のその内容を言えということは、これは無理です。それは無理です。各人各様ありましょうし、私でもそんなこと一々覚えているのは、前の選挙ぐらいまでは覚えています。前の前になると薄らぎます。前の前の前になるとぼうっとします。前の前の前の前になれば、それはお答えできないというのが本当です。
そういうこと、よく覚えておりません。
外国為替管理法違反かどうか知りませんが、それはアメリカで受け取って、アメリカの旅費として使って、日本に持ち込んだと言えばチェックの残りがあったかもしれません。それは、トラベラーチェックみたいな残りがあったかもそれはしれません。しかし、そんなに、ほとんど二十日間か二十五日の旅費に私は消費したんで、これが外国為替管理法違反になるかは私もそれはわかりません。事実はそのとおりです。 もう一点は、ほとんどその年に使っておりまして、後に残りが出るなんという性格のものは私は記憶は一切ございません。 それから第三点の、資産のことがいろいろ出られると、これは急に出たわけでもないと私は思います。それにはそれに対する背景があって出たのかもしれませ
黒柳さん、ございます。記憶違いが一点ございます。それは、私の自宅の問題。私もそう信じて答えましたところが、あの自宅の土地は、私の親の遺産ではないとも言いませんけれども、私の家内の名前だったんです。私の家内の名前にしたのは、私の父が生前贈与してくれたのか、家内の貯金で買ったのかわかりませんけれども、恐らく父が私の家内にくれたんじゃないかと思うんですよ、同じ時期ですから。したがって、いま住んでいる私の家は家内の名前にしたんです。それは家内の土地を売ったから家内の名前にしたという事実があるんです。この前は「私の」と言ったのは、あれは私の間違いでした。家内の名前の土地でした。したがって、それを売却して家内の名前の家に、いま、したわけです。そ
きょうは、私は証人として呼ばれておりまして、黒柳さん、それ以上のことを、それ以外のことを言う資格が私はないと思うんです。検察は検察として権威のあるものだと私は思いますけれど、きょうは私は、私の知っていること、考えていることしか何も言えませんので、私は私の考えを申し上げているだけです。
私は、その捜査当局の批判とか捜査当局に意見を言っているわけじゃありません。私は、そのことに関しては、私はこういうことを考え、こういうふうに理解し、こういう行動をしたということを申し上げているだけであります。
私の知っていることは、証人として私の記憶のあることは素直にお答えいたします。
いずれにしても、それは記憶の問題でございましてね。私に資料があるわけじゃありませんから、そんなに正確に言われてもお答えができないんですが、いろんな話が出たという話はいたしました。
何とお答えすればいいんでしょうか。いずれにしても、いろんな話が出たということは申し上げます。しかし、私は、その当時の立場から言って、何もしなければならないという立場じゃないんですよ。相手の話を聞けばいいことであってですね、何も、しなければならない、しなければどうだという立場の私は地位じゃないんです。したがって、政治家として私おつき合いした、政治家としてお話しした、だから政治献金であると、こういうふうな筋道ですからね。政治家としていろいろな話は聞いたり、お話ししたりはしたでしょうね。
私は、その資料というものを知らないんです。したがって、お答えする材料がないんです。私はあくまで政治家としてお話をし、政治家として聞いて、ということでございます。
政治家としておつき合いしたんですから、いろんな話をする。政治の話、政変の話、選挙の話、経済の話、船の話、機械の話、いろいろ政治家として私はおつき合いしているんですから、どれだどれだと、こう局限される気持ちは私にはないんです。また、日商全体という感じを私は持っておりますから、日商全体というものを対象に私はおつき合いした気持ちですから、それはいろんな話が出たことは私は否定するわけじゃありません。しかし、それだけに局限されるには、私のいまの気持ちとしては、少し違うなという気がしますね。
それは知っております。
非常に拡大して黒柳さんが一点だけを言われますが、長いつき合いの中にはいろんな話が出ますからね。私は出なかったとは言っておりません。しかし、私がそれに答えるべきものも政治家の限度を超して答えれることじゃないんですよ、政治家ですから。だから、節度を持っておつき合いを、お話をしたと、こういうことですよ。
それは見たことはあります。
直接かどうか知りませんが、送ってきたことはありますね。
工作の依頼を受けたことはありません。
先ほどから申し上げているとおり、私の最初のスタートはそういうものなんです。もしそのとよがなかったらこういう政治献金の水は流れてこなかったでしょう。また、海部さんと知り合うことも私はなかったと思います。また、そんなに安易に政治献金をもらう気持ちは私もなかったと思いますよ。これは不思議な因縁と申しますか、そういうもので私は心を許したことは事実です。
今日の心境は、黒柳さん、私も非常に、非常に反省しているんです。きょうは証人としてその当時のことの思い出しか話しておりません。私もいまは非常に反省しているんです。考えてみれば、いろいろ古いことといえ、やはりこういうことになって初めて私の知らないことが実は表面に出ました。私も知らないことが多かったんです。それが一つ一つ指摘されると、私は、こういうことになったのか、気がつかない間に自分の過去というものが自分が考えていることとは事実が違って一つ一つ出てきた、これには政治家として一番責任を感じますよ。その当時はそうだったが結果において思わぬ私の知らぬことがいろいろ知らされた、これは大変な、政治家として、これは古いからといって忘れ去ることじゃあ
それは各政治家政治家によって状況は違います。どう使ったかと言われても、それはそのときの状況、環境によって違うんで、私がいまどこへ使ったと言われても、それは思い出すことができません。