私はそれは、九七年のガイドラインのときは、そういう作業は、発進準備中の航空機のケアというのは、給油も含めて当該国から整備小隊が一緒に来るんですね。そういうことを考えると、現実的にはないだろうということで、もちろん憲法上の評価との関係もありましたけれども、そういうことで除外していたと私は考えております。だから、今度、本当にそういうニーズがどこでどうあるのかということの方が私は本当に考えなきゃいかぬかなというふうに思います。
私はそれは、九七年のガイドラインのときは、そういう作業は、発進準備中の航空機のケアというのは、給油も含めて当該国から整備小隊が一緒に来るんですね。そういうことを考えると、現実的にはないだろうということで、もちろん憲法上の評価との関係もありましたけれども、そういうことで除外していたと私は考えております。だから、今度、本当にそういうニーズがどこでどうあるのかということの方が私は本当に考えなきゃいかぬかなというふうに思います。
私、余りその内実、報道でしか、時々拝見する程度でしかないので申し上げられませんが、基本的には、そういう権限を与えたそういうポストをつくればそれなりに人が育っていく面はあるんだろうと思います。そして、私の実感からいうと、私自身はちょっと要領が悪かったのかもしれませんが、私自身がこれで何となく、多少のことがあってもおたおたせずにいろんなものを見られるようになったのはやはり三年たってからぐらいかなという、そんな印象を持っております。
もう時間もあれですから簡潔に印象で申し上げますと、金正日の時代はまだ北朝鮮の考えているゲームの姿というのが分かるように感じられました。金正恩に替わってからはどうもなかなか、どこを着地点にした、何を目指したゲームなのかというところがなかなか見えにくい、それだけ体制の維持が非常により難しくなっているという状況があるのかなというのがまず最初の印象であります。
私は、官僚の時代には一貫して、それはお作りになるのもいいけれども、なかなか抽象的なものにとどまるんだろうと。 そこは、むしろ今回のように閣議決定で憲法解釈の幅を変更するようなことよりは、それは法律の方が望ましいとは思うんですけれど、ただ、議論がどうしても技術的なところに終始しているというのは、一つには、実際に立法事実としてのイメージを持たなければいけないという意味でそういう細かい具体例も必要だと思うんですけど、もう一つ、そこに終始しているのは、やはり安全保障というのは、日本がどういう国であるがゆえにどういうふうに守りたいかというその国家像の、国家の自己規定に関わってくるんですね。そこが非常に混乱したまま、語られないまま議論が進ん
大変申し訳ないですけど、私、ちょっと考え方が違うところがございまして、そういうケースを、もう日頃、官邸にいるときも考えながら仕事をさせていただいていました。そして、海上保安庁の手に負えない部分は海上警備行動やら治安出動という枠組みで自衛隊が出られるようになっているわけですね。そこで私は法律の隙間があるとは思っていなかったんです。 ただ、いずれにしても、事態を認定することの判断の階段はあるわけですから、そこをいかに適切にかつ迅速にやれるかということが私の関心事であったわけなんですが、そして、自衛隊が出ても、本籍が警察権の行動を取る限り、海上保安庁と同じことしかできないわけであります。ですから、そこのところで、むしろ自衛隊よりは、そ
なかなか、日本の場合には後方支援というふうにする場合でも、これは国際法上の評価としては実は武力の行使となる場合があるわけでございますね。ですから、そこは、一つは日本としての判断であるということなんだと思います。それからもう一つは、国際的な、何というんでしょうか、大まかの相場感としての評価という、イラク戦争の場合はそこがまさに大きくずれたわけでございますね。日本は、日本としてそれは安保理決議に基づくものだという評価をしたわけでありますけれども、その両方を見ていかなきゃいけないという、やっぱり、そこでは日本が国際社会の中で何をアピールし、どういう立ち位置に立つかというそこの価値判断を避けては通れないんだろうなという感じがいたしております
そこは私も一つの発想だと思います。 日本であればこういうケースになってどう行動したのであろうかということを基準に考えると、しかし大抵の場合は、アメリカ軍がやっていることは日本ができないことをやっているということになってしまうのかなというふうにも思います。 そこの評価の仕方で、今までの実績でいうと、なかなかそこの問題を国会で御議論になるときも、政府の答弁は、今までは、それについては日本は当事者でもないし具体的な状況がよく分からないから法的な評価をすべき立場にはないというのが通常の答弁でございましたですね。今度はしかしそれでは済まなくなるということにはなると思います。
かつて小泉総理の時代にも、G4として国連改革で日本の常任理事国入りを模索した時期があったと思います。あのときに、大きな理由として、今やイラクでも復興支援の任に当たっているという点をアピールの材料に使われていたと思うんですけれども、それがしかし、あれだけ国際的な評価の分かれたイラクの話について言っていたところがどうだったんだろうかなと。そして、その後私の見たところでは、それはアメリカの横やりが入って、日本だけはいいけれどもほかの国は駄目だというような、そこで頓挫した経緯があったと思います。 今回は、ですから、こういう安全保障上の積極的な対応をまた売りにしていくのだろうかということですね。そこのところが、問題は、国際社会にどういう新
私は閣議決定そのものについて非常に疑問視していますし、やりたいことがあの十五事例に示されたようなことであるのならば、私はもう従来から、本当に必要なら個別的自衛権の範囲でやれますよということも言ってきています。今までの、従来の自民党政権というのは、そこにチャレンジしないということが非常に大きな約束事としてあったわけですね。今度そこにチャレンジされている。それをどっちに、いいと評価するか、どうかなと疑問に思うかということは御判断があるとは思いますけれども、私はなかなか、そういうパズルのピースをはめるんではなくてパズルの絵柄を替えるような話というのは、少なくとももっと慎重であるべきだろうというふうに思います。
実は、私もこういう形の我が国の存立と絡めた集団的自衛権というのは、本来の正しい集団的自衛権の使い方ではないんだろうというふうに思います。 もう集団的自衛権で例えばアジアの地域で防衛協力をしていくということであれば、むしろ我が国の存立とは関わりなくやっていくという方向性をしっかり示した上で国民的な議論をしていくということ、その方がはるかに分かりやすいんだろうというふうに思います。
私も、基本的には経済的な、従来の政府の考え方でも、例えば武力行使としてのというか、強制力としての経済封鎖のようなものは一つの武力行使の一形態のようなものになるわけですから、それは自衛権行使の対象になるという考え方ではあったと思うんですね。 しかし、一般的に経済的な困難がそれになるというのは、私の意見ですが、基本的には金で買えるもののために武力行使をするというのは、そこは武力行使の正当性には当たらないんだろうというふうに考えます。
ですから、私、自衛隊あるいは一般に軍隊の役割というのは、個々の国民の生命とか経済を守るということではないんですね。やはり国の独立を守るというのが本来一番大事なポイントなので、そこを、ですからいろんな形でそれを拡張していって、これもこれもおまえの仕事だというふうに広がっていくというのは、本当にどこまで行って何をやらされるかが分からないという意味で、私はもう自衛隊を見てきた立場として非常に大きな心配を覚えるところであります。
いわゆる大森四原則と言われるものにせよ、従来の政府の解釈の仕方というのは、非戦闘地域概念というのは、それ自体、イラクではなかなか、いいかげんじゃないかという御批判もありましたけれども、やはり今起きている戦闘に巻き込まれるかどうかということではなくて、さらにそこから、もちろん憲法の解釈との隙間はまだそれでもバッファーとしてあったと思うんですが、そのバッファーを殊更二重三重に取ることによって、結果として隊員の安全も確保される要因になってきたというところは間違いないんだろうと思うんですね。 そこを更に突っ込んでいくというのは、本当に現実の軍事的な危険を伴うということはもう間違いないので、そこのところを十分認識しなければいけない。少なく
いわゆる文官統制と言われる制度ができたのが警察予備隊以来なんですね。当時、急遽つくろうとすれば旧軍出身者を使わざるを得ない、そうすると、そこに文官統制のようなおもしを付けなきゃいけないという、そのシステム設計がそのまま防衛省・自衛隊まで受け継がれてきたということ。でも、旧軍出身者はもうおりません。防大出身者がいてという状況から考えると、制服の、軍部の独走を、暴走を抑えるというような意味の機能はもう時代変化で要らなくなっているんではないかという意味では、文官統制がなくなったことが大きなターニングポイントではないんだろうと思うんですが、むしろ、これからいろんな政治からの御注文が付いてくる、そのときに大臣を直接補佐するようになった幕僚長た
武力行使の一体化を避けるというのは、日本の憲法解釈からくる要請ということですね。ですから、それは、国際法的に見れば、それは武力の行使であるというふうに通常はみなされるんだろうというふうに思います。ただ、それと憲法上の評価は別なんだということで、そういう状況の中でどこまで突っ込んでいくのかというのが問われるわけですね。 やはりそこで非戦闘地域という、確かに憲法上の解釈の間にはもうちょっと隙間はあるかもしれないけれども、それが今まで実際にいろんな形で隊員の安全確保にも功を奏してきたのではないかと、そこを取っ払うということは、さなきだに補給部隊が一番狙われるわけですから、さなきだに危険なところをより一層確実にリスクを高めてしまうという
いわゆる冷戦が終わって、湾岸戦争のときにお金しか出さないと言われたいわゆる湾岸のトラウマというものが、まあ私もそれは個人的には感じておったんですが、そういうことをスタートにして自衛隊を海外に使っていくということがいろいろ出てまいりました。そのときに、PKOは国際協力であったわけですけれども、どっちかというと同盟協力の文脈の中でいろいろやってきているんだろうと思います。 それで、それは一歩ずつはしごを上ったではないかといえばそのとおりなんですけれども、ただ、イラクはあくまでも人道復興支援なんですね、一部航空自衛隊は輸送任務もやっておりましたけれども。どうもそのときとは、実は、さっきもちょっと申し上げましたけれども、相手の武装勢力の
現役当時、何度も何度も汗をかかせていただいたこの場所に再びお招きをいただきまして、大変感謝申し上げております。 私は、やはりOBとして、防衛官僚OBとして、是非、私が現職のときにもやり切れなかったことも含めてではありますが、ちょっと辛口の視点で申し上げてみたいと思います。 それで、お手元にレジュメを用意させていただきましたが、ちょっと厚うございまして、これは私が個人用のメモとして作ったものをベースにお配りしておりますので、まず、時間の都合もございますので、恐れ入りますが九ページを御覧いただきまして、まず防衛大綱についての私のコメントから先に申し上げたいと思っております。 全体として、私、前回の動的防衛力というような概念が
ごく簡単に補足をいたします。 安全保障面で日本が一番役に立つであろうことは、やはり南シナ海の海洋に関する情報をシェアすること、それから、何というんでしょうか、海洋監視もそうですが、海洋のパトロールなんかの能力向上を支援してやることだろうと思います。 それから、もっと全般の経済まで含めた大きな関係でいいますと、実は中国だってその影響を広めようとしていろんな関係を持っているわけで、なかなか各国が日本と同じように中国を見ているわけでもないという現状がある中で、どこで日本の優位性を発揮するかということを絶えず意識する必要があるので、多分それは、例えば日本の企業の海外進出というのは、基本的に資源の収奪ではなくて、人材の育成であり、技術
ありがとうございます。 簡潔に申し上げます。 まず、全体を通して形容詞とか副詞が物すごく多用されている、私に言わせれば、片仮名語も含めてですけれど、私は防衛研究所長もやっておりましたけど、そのときに防衛研究所の研究者からこういう論文が上がってきたら突っ返します。つまり、詰めが甘いことの証明以外の何物でもないということですから、もっと定量的な分析をちゃんとすべきだということだと思います。 それから、九七年の日米防衛協力ガイドラインに私が携わっておりましたときには、もう従来の憲法解釈の変えない範囲内でやるという明確な政治のガイダンスの下にやっておりました。 アメリカという国は、ここのところ自分はどうしても弱いからここを何
御指摘のいわゆる限定的容認論というのがどういうロジックか私もよく分かりませんのですが、ただ、従来、政府が言ってきたのは、集団的自衛権というのは我が国が攻撃されていないにもかかわらず反撃するということであるから、我が国が攻撃されたときに自衛することの、その必要最小限度を超えるから行使できないと、こう言っていた。それは価値判断の問題じゃなくてロジックの問題なんですね。ですから、何か必要最小限度の集団的自衛権があるというのは、実は論理として成り立つのかどうかというところ、どんな御説明になるのかというのをこれから私は注目していきたいと思っております。 それから、大概のケースで、私も北朝鮮のミサイルの発射とかいろんなケースに官邸にいるとき