力がないというと語弊がございますが、起重機にいつも定員が乘つておらない、今までつないでおらない、起重機を使つた経験が一度もない。要するに八千トンという船の高いところへ大きな四十トン、五十トンの戰車を積むのになれていないという関係のために非常に作業がやりにくい、あるいは晝夜兼行をするだけの人員もおらないということから、私のところへ、早く言えば、頼みに来たのではないかという気持がするわけです。決して私の方から頭を下げて頼みに行つたのではないというふうに、今でも私は確信を持つております。
力がないというと語弊がございますが、起重機にいつも定員が乘つておらない、今までつないでおらない、起重機を使つた経験が一度もない。要するに八千トンという船の高いところへ大きな四十トン、五十トンの戰車を積むのになれていないという関係のために非常に作業がやりにくい、あるいは晝夜兼行をするだけの人員もおらないということから、私のところへ、早く言えば、頼みに来たのではないかという気持がするわけです。決して私の方から頭を下げて頼みに行つたのではないというふうに、今でも私は確信を持つております。
山九と四建との関係は、直接は私はつきりしておりませんが、契約書はあつたように思うのですが、私の関係でありませんから、そこまではつきりわかりません。
ないのです。
ただ取下げたならば、とにかく工程の一割はとるかもしれない、あるいはもう少しとるかもしれないから、まかしておけというので、また作業は晝夜兼行で非常に多忙なために、山九の方に私の方はまかせ切りのような状態であつたと思います。
四十九万であります。それから四建の全体のことを申し上げますと、九月分として九月十八日から九月二十七日まで、これが七十万六千三百二十円のうち六十九万九千八百四十円、これは完了したと思いますが、あとから誤差が出まして、もう少し残つております。十月二日から十月七日まで、これが二十二万六千八百円、それから十月の八日から十月の三十一日まで三十一万五千円、十一月分として、十一月一日から十一月十日まで十七万五千円、そのほかに起重機を軍の使用地まで持つて来た曳船料が六万九千四百七十円であります。
そこでまだ七十九万二千七百五十円という金が残つております。
これは私の方が使用いたしまして、四建の起重機を沈没させましたために、非常に経済的に困難になつた関係もあると思います。
十月から翌年の二月の間に拂つております。
はい。これは大体九月分の山九の関係は六十九万九千八百四十円で、私の方はもう済んだと思つておりましたが、時間の一時間、二時間の差がありまして、七十九万二千七百五十円というものがまだ残つておりますが、あとは桝谷組の方の肩がわりした支拂いが、全額残つておるということは、十二月になるまで計算がなかなかできなかつた関係で支拂えなかつた。十一月二十六日機雷に触れまして沈没させた関係で、非常に経済的に困難になりました関係で、まだ拂つておりません。
あります。
十月の十日に大体仕事が終りまして、あと進駐軍の方と連絡をとりましたら、四、五日は船が入つて来ないというので、その付近に待機してつないでおりましたが、この船はあるいは都合によつては朝鮮に持つて行くという関係もありましたので、手入れとか修理の関係で宇部へ持つて行つたわけなのであります。
関門でやれないことはありませんが、船底の方の――あの船は非常に古い関係で、表の方からあかが入つている関係もありまして、宇部へ持つて行つて、私の方の根拠地がありますので、そこへ持つて行つてガスの溶接をやる、船を一応すえてみなければわからぬという関係で、宇部へ持つて行つたわけであります。
そうです。簡單な理由であります。
はい。
四建には連絡をやつておりません。ということは、軍の関係に使つておるという頭がしみ込んでおつた関係で、四建には連絡をとりませんが、司令部の方には、口頭で宇部の方に持つて行つて修理をするからというふうな簡單な話で持つて行つたわけであります。
文書をやつてもなかなか受付けませんし、証明なんか書いてくれと言つても、なかなかアメリカの方では書いてくれませんから……。
今になつてみると、事故が起きたから四建に相談しなければいけなかつたと思いますが、結局私の方の独断で持つて行つたわけであります。
そろそろです。
それは私の方の根拠地が宇部にありますので……。
出張所ではないが、あそこで仕事させるために工員が二三十人おりまして、宿舎を建つてやつておつたわけであります。