思うに内務所といつたら警察署になつています。
思うに内務所といつたら警察署になつています。
そうです。
日本人の方です。
そうです。
女の方です。
向うを出て來るときに北鮮の金で一万七千円貰つたのです。
中共軍の方から貰つたのです。
北鮮の金です。
それが北鮮まではよかつたのですが、今度そのうち……、二人の案内の人には十分お金も與えることができた。お金も沢山余つたのですが、北鮮から南鮮に來るとお金を全然換えてくれないのです。もう日本人だということが分つたら、南鮮の方へ來ると各部落各市、町に収容所があるのです。その収容所に入つて日本人の方だけは面倒を見てやるというふうにしておりました。
食事はお金は一銭も拂いません。
御飯は白米 両方とも北鮮も南鮮も御飯は白米です。
十分でした。
証明があつたから堂々と渡つて來られるようなものですけれども、向うの方ではずつと山のてつぺんに警備兵が立つているのです。日本人だということが分つたら別にうるさくない筈ですが、日本人かどこの人か分らないためにどんどん襲撃するそうです。そのために盡は全然渡れない。警備兵が寢た間に三十八度線をずつと奧の方から越えて來るというような工合でした。
そうです。
そうです。
その事情は今言つたように自分たちはずつと奉天、新京の方を廻つて來たのが早いということを聞いたのですけれども、その方面は今全然渡れないのです。大体元山から船で直接日本に渡る予定だつたのです。元山の証明がずつと海州まで出して呉れたのです。そのために自分たちはそこはどういう道か分らないのですけれども、元山の内務所の指導の下でずつと廻つてきたのです。
ええ、成るたけ危くない所を通るのだつたらという意味で出して呉れたのです。
ずつと鉄道ですね。
元山の方では共産地区と連絡の下でちやんと宿をとつて置いて呉れたのです。元山旅館といつて大きな旅館で泊らして貰つた。南鮮の方に來るとそうじやなくて收容所というような所で泊つたのです。
それはそれだけの旅費が皆出ております。