その中から拂うのですが……。
その中から拂うのですが……。
百円です。
それは例えば眞直ぐ行つたら早道でもずつと大廻りして廻るのです。だからこつちの方にはずつと一軒一軒に警備兵が立つているのです。こつちの方から來ると所々にしか警備兵が立つていない。
そうですね。
そうじやないのです。その証明書というのは南鮮に渡つてからの証明書です。
証明書は何ですけれども、自分たちははつきりした事情も分らなかつたために、案内者という人に頼んだのです。案内者が見つかつたら五年間、十年間の懲役になるのです。
そうです。
五十二名の方はみんな元山まで來たのです。來たのですけれども……。
そうです。その中に殆んど胸部疾患の方とか、前線に行つて怪我された方は、自分たち六、七名で輸送をして來たのです。
五十二名です。
二名だけです。
五十二名から二名引くから五十名です。
殆んど病人です。六人だけ附添いで、六人の方も胸部疾患の方が帰えられたのです。
六人が附添えとして來たのです。
そうです。胸部疾患の方です。
三十二名というのは、それは一番最初あすこに揚つたのですが、新聞記者の方が私から何も聽かずにそういうことを話して來ているのです。自分としては三十二名ということは言つていない筈なんです。
それは自分は言い落したのですが、その患者の中でも全然動けない人という人より胸部疾患の方です。その胸部疾患の方は日本に行つたら治るという人が半分以上おつたのです。そういう方はまだ向うに沢山いらつしやるんです。いらつしやるんですけれども、向うは思想上に関してとてもうるさいのです。その中でみんな帰りたい人は沢山おられるもので、選挙みたいにして帰す人を決めたわけなんです。その病人の中でも、大体誰を帰したらいいかということになつて、まあ病氣でもこの人たちを帰したらいいんじやないかということで、みんなが選挙して帰したわけなんです。それで同じ一つの病院から帰していません、殆んど各病院から……、一つうるさいのは、北鮮と南鮮に來てからうるさいのです。
別に私は悪くありません。
全然悪くない人は三名ほどです。
はあそうです。高橋さんという人と自分と細川という人です。