簡単に言えば、例えば日本における安保条条に基いて設置されておる飛行機の基地が使用されて、例えば中共の爆撃が行われる。それが直接日本に侵略の危険がなくても極東の平和を維持するために必要だと、こういうことであればそういうふうに安保条約の運用をいたすのか。これは合法的である、こういうふうに解釈せられるように思うのでありますが、その通りでありますね。
簡単に言えば、例えば日本における安保条条に基いて設置されておる飛行機の基地が使用されて、例えば中共の爆撃が行われる。それが直接日本に侵略の危険がなくても極東の平和を維持するために必要だと、こういうことであればそういうふうに安保条約の運用をいたすのか。これは合法的である、こういうふうに解釈せられるように思うのでありますが、その通りでありますね。
それから先ほど防衛能力の増強に必要なるあらゆる合理的の措置をとる、これはこの協定に基く義務だ。従つて勿論前段にいろいろの制約はあります。けれども、ともかく防衝能力の増強に必再な措置をとらなければならない。その義務として日本は自衛隊の設置或いは防衛関係の予算を作るということ、こういうことがやはりこの協定から当然来る義務である。そういうふうに解せられますが、その点はそう見ていいのかどうか。
これは逐条のときに伺いたいと思つておつたのですが、ここでは自国の防衛力、これについては寄与ということで一応打切つて、それから後段には防衛能力の増強という広い範囲であつて、その場合、合理的な推置と使い分けしておる。従いまして読み方によりますと、自衛力増強ということは向うから武器等の供与を受けて日本の自衛力を増強することに日本自体が寄与するということであつて、どの程度今年はやらないということは条約違反だ、それから後段の防衛力の増強ということは極めて広い言葉であつて、いろいろな点がある、必ずしもここにいわゆる防衛力の増強、自衛隊を作るとか作らないとかそういうことには触れないというふうに読めば読めるのであります。その点はあとの機会に又お尋ね
憲法の関係は極めて重要であると思うのであります。先ほど杉原委員等の質疑応答にもあつたのであります。私はこの条項が九条に挿入されたことにその法律的意味合を了解するのに実は苦しんだのであります。現在でもそうでありますが、これはこれまで説明されておつたように、単に念のために入れたという意味合とは思われないのであります。それであれば今憲法を持出す意味は毛頭ない。それに関連してこれは外務大臣にお伺いしたいのでありますが、憲法と条約の効力の関係であります。憲法制定時当の記録を見ましても、すべての条約に対して憲法が常に優先するとは言つておらいのであります。条約如何によつては、憲法よりも優先するという場合が私はあろうと思うのであります。例えば平和条
なお憲法の問題は、MSAの本協定に関連していろんな問題を残しておるのでありますが、次の機会に質疑することにしまして私の本日の質疑はこの程度で打切ります。
私は吉田総理の過去のことは何も知らないのであります。併し総理が病気で出て来られない、而も医者の診断書があつて病気が出て来られないということであれば、私は一応それは信用したいと思う。前にもこういうことがあつたかどうか、これは私は知りませんが、とにかく診断書が出ているということであればそれはそのままに私は信用したいと思います。併しMSAの問題は申すまでもなく重要な条約案であります。この審議の過程においては是非総理の出席を煩わさなければならないと思うのであります。ただそれが第一日目でないといけないという段階でもありません。最初が好ましいことは好ましいですけれどもそれでなければ審議に入り得ないというふうにも考えないのでありまして、審議の途中
今の高良さんの質問に関連して伺いたいのであります。それは先ほどの曾禰委員の質問に関連するのですが、少し現実と遊離しておるというふうになるかも知れませんけれども、先ほど外務大臣は微力を尽して原子力の国連による管理方式の確立に努力する、そして原子力の管理ということは必然的に兵器としての原子力の使用を禁止する効果を伴うものであるという御意見であつたのでありますが、原子力を管理するということは兵器としての原子力の使用を止めるという目的を持つているとすれば、外務大臣も兵器としての原子力の利用についてはこれを禁止することは必要だというお考えであろうと思うのですが、勿論お話のように原子兵器というものは他の兵器と一連の関連があつて、原子兵器だけをと
大内先生に一つお伺いしたいのでありますが、先ほどお話のニユー・ルツクと今回の日本の防衛との関連でありますが、お話のようにまあ金持から学資をもらつているのでありましようが、そういう形になるわけですけれども、新らしくこれから学資をもらつてどうこうという前に、日米安全保障条約によつてすでに日本というものは丸抱えの立場に置かれているのじやないか。現実は将来両陣営対立の場合に巻き込まれないということは、今MSAを受けるとか受けないとかいう前に、すでにあの安保条約によつてはつきりと日本というものは丸抱えの私は形に置かれておるのじやないか、従つてそれがすでにもう巻き込まれてしまつた姿をそのしまま現わしているのじやないか、殊に先ほどお話のように、新
極めて素朴な考え方ですが……。
佐藤先生にちよつとお伺いしたいと思います。政治的の問題ではなしに、純粋に法律論としての御見解を承わりたい。私は憲法には素人なんでよくわからないのでありますが、お教えを頂きたいと思います。憲法第九条の第一項であります。戦争放棄の条項であります。戦争というものは二国間以上で行われる、当然法律というものは、何らかの意味において法律的効果がなければ意味ないのである。何らかの形において法律的の効果というものは当然なくちやならんかと私は思うのであります。そういう観点からいつて、憲法九条第一項は、法律的に如何なる意味を持つているか、法律的にどういう効果があるのかという点であります。二項につきましては、戦力を保持しない。これは言うまでもなく、まあ戦
ちよつと関連して田畑教授に伺いたいのですが、御趣旨の点はわかるわけです。併しながら法を改正する場合においては、結果においては悪くもなる場合もある。よくなる場合もある。全体の法の体制の面においてこれが善であり、悪であるという判断をどういう方法でするか。あらかじめこれは悪であるから、従つて憲法九十六条においても手をつけ得ないのであるかということを法全体の体制において、どう確認するかということを一つ御説明を願いたいと思います。
制度としての……。
只今の御趣旨は御尤もだと思います。ただそれを現在の態勢において決定付けるものは、例えば国民全体の意思を確かめる一つの具体的な方法は、国民の総投票に持つとか、或いはそういう一つの手段といいますか、方法によつて確認するほかないのであつて、個々の人の考え方、それによつて判断することはできないのであります。国民全体が仮に憲法九条を改正しようということになつても、それはお説のように悪であるかもわからない。悪であるかもわからないけれども、現在の態勢から言えば、そういう一つの方法によつて判断するほかないということになるのじやないでしようか。
御意見の点はわかるのであります。ただ例えば国内法……、普通の法律で言えば、現在国会においても、これは国民全体から見まして必ずしも好ましくない、まあ悪とまで行かなくても……、というふうな場合があり得ると思うのです。併し現在の全体の法の体制なり、民主政治のあり方から言えば、憲法に基いて政党の政治は多数によつて一応きまつて行くと思うのです。このことは法理的には一応私は是認しなければならんのじやないか、従つて憲法改正といえども、それは仮に見るところによつて悪であつて、将来国民に不幸をもたらすことがあり得ると或る非常に優れた人が考えておつても、そのときの殆んど全部のものが賛成して直して行くということであれば、それが一応正しいものと是認されるべ
田畑さんに伺いたいのです。私は実は法律的に非常な疑問を持つておりまして、未だに私自身は解釈的にも結論を得ないので困つておるのですが、お伺いしたい点は、中ソ友好条約、中ソ友好条約のできましたときはまだMSAのこの問題が起つていないときであります。一応あの条文の形におきましては、アメリカとの関連において日本が捲込まれるやの形になつておる。あれについてどういうふうにお考えになりますか、簡単で結構ですからお伺いしたい。
私お説を拝聴せずに質問するのは甚だ礼を失するわけでありますが、今の佐多さんの笠間に関連してお伺いしたい。現在のMSAの協定を離れまして抽象的にお伺いしたいのでありますが、国際法と条約と憲法の関係であります。若しその条約が日本の憲法を見て有権的にこれは違憲の条約であるということになつた場合に、憲法が条約に優先するとすれば、一方的の破棄の問題じやなしに、当然それは無効なんだ、国内法であればこれは申すまでもなく、どういう法律が出ましてもそれが憲法に反するとすれば、私は効力を失うであろうと思います。理窟として条約においてもそれが明らかに、日本の最高裁ですかでも、有権的にそれが違憲であるということになれば、これはその条約というものは効力を失う
そういたしますと、一方の国は条約上の義務は履行し得なかつた、条約違反である。併しながら条約それ自体は従つて当然有効である。そうなりますると、憲法よりも条約が優先する、こう考えていいわけですか。
今の御質問に関連してちよつと妙な感じがするので伺いたいのですが、交戦権と言いますが、ああいう権利は日本の憲法自体において創設することはできない、言換えれば国際法上あり得る権利だろうと思います。それを日本の憲法で放棄する、一方的に放棄する、これは条約の裏付とか、そういうことが起つて来れば別ですけれども、そうではなくて一方的に交戦権を放棄するということが法律的に、これを国際法的に見ましてどういう意味合があるのか、どういう効果があるのか、仮にそれを日本の憲法では否認しておるけれども、日本が行使したとする。権利は放棄したけれども、もともとある権利、その権利を行使した場合に、これも法律的の効果と言いますか、これは一体法律的に考えてどうなるかと
国内的にはどうなりますか。
ちよつとそれに関連してお尋ねしたいのでございますが、国連憲章との関係であります。国連憲章では直接間接の侵略に対抗して武力の発動ということを規定しておるわけであります。その武力の発動、武力行動というのはいわゆる従前の戦争のアイデアでなくて、今高良委員の言われたように、警察軍と言いますか、警察的行動であるということを観念されておるかと思うのです。日本は国連に加盟しておりませんけれども、まあ加盟の要請をしておる。加盟した場合に日本が勿論出兵するかしないか、国連憲章というものは当然加盟国に対する義務を課しておるわけでは勿論ないわけであります。いわんや今度のMSA協定から当然出兵の義務が起らないのは、これはもう普通に考えても出て来ない。ただ国