最後に一点。協定から交換公文に変った民間賠償の件ですが、この点につきましてはただいま御説明があった通りであります。私は政府は当初協定ということを構想しておったので、この場合にはこの協定を国会に出して承認を求めるということを建前としておったろうと存じておりますが、この点はいかがでございますか。
最後に一点。協定から交換公文に変った民間賠償の件ですが、この点につきましてはただいま御説明があった通りであります。私は政府は当初協定ということを構想しておったので、この場合にはこの協定を国会に出して承認を求めるということを建前としておったろうと存じておりますが、この点はいかがでございますか。
それでは伺いますが、なるほど利率の点だとか償還期限等について日本側に義務を負わすような条項がないことは御説明の通りであります。しかし一方におきまして、最終段階においてフィリピン側から日本に助け船を出したようなものだ。これは交換公文にしようじゃないかということを向うから言ってきたので、渡りに船だというのが日本政府の態度だ。しかし最後の段階においてこれを交換公文でなしに協定として一応仮調印を了したわけじゃないのですか。
それでは仮調印した文書は、ここに交換公文として御提示になった文書とだいぶ違いますか。
そうすると、協定のときには償還期限の問題等も入っておったと了解してよろしゅうございますか。
私もこの交換公文を読みますと効力を発生したときとあります。それから何年ということになっているようですが、協定の場合も償還期限については別に明確なる文書による形式ではなかった、こう了解していいのでございますね。
そこでお尋ねしたいのですが、最後に仮調印した場合には、日本政府として協定という形式をとっていますので、これについては、国会にお出しになる予定であったろうと私は想像いたしますが、この点はいかにお考えになっておったが、一つ外務大臣にお尋ねしたいのです。
私は償還期限が入っておったとか利率が入っておったとかいうことは別としましても、これは国会の承認を求められるのが、賠償協定の交渉全般の経過から見て、特に当初政府が保証の義務を負うような格好をとっておったので、法律上の論議は別といたしましても、少くとも外務省として国会の審議を求められた方がいい、私はこう信じております。特に重光さんが、この委員会の席上でも数回お話しになったように、協定というものは別に書きものにする必要もないのだ、代表者間の口約束でも、協定、条約と同じ効力を持つ場合もあるのだというふうな御説明もございました。そういうふうな点から考えましても、私はこれを国会の審議に付さなかったというのは、法律上はともかくといたしまして、政策
私は松本委員から中共の代表部の問題に関連して御質問があった、その点について、ソ連のチフヴィンスキー氏に対する待遇というものに関連しまして、一点お伺いしたい。チフヴィンスキー氏に対しましては、もちろん政府は、正式な機関でないという立場をとっておられましょう。しかしこれに対しては、事実上外交特権にひとしいものを与えられる方針であるのか、私はそうでなければ来ないということに考えております。これは実際の待遇はどうなっておりますか、この点を一点伺いたと思います。
御答弁がきわめて不明快です。私は、そうすると漁業問題に関する限りにおいては、事実上外交特権を与えておるのだというふうに解釈してよろしいかどうか、この点を明確に御答弁願いたい。
私は外交特権を与えておるかどうかということを聞いておるのじゃないので、事実上外交特権にならうような待遇を、実際上の取扱いにおいて与えられる方針だと了解している。そうでなければわざわざ来ない。河野さんなんかはもう一歩進んだ考えを持っているかもしれぬけれども、今の外務省では——私はこれは外交特権を与えてもいいと思うのですが、外務省の今の立場からすれば、事実上外交官と同様な待遇を漁業問題に関する限りにおいては与えらるる方針であると理解してよろしゅうございますか。
その点私は中国の通商代表部に対しても同様だと思う。向うが外交特権を求めてきたから日本は出さぬのだとおっしゃるが、漁業に関する限りにおいて日本政府が十分なる便宜を与えるということは、何らその活動に支障ないようにという点だろうと思う。中共に対しても、それくらいの待遇を与えるのだということを少し明白にされたらどうか。日中貿易の拡大増進ということを政府はしばしば言っておられるが、今日までココムの関係で、多少緩和されたかもしれませんけれども、そう大した実績は上げていない、鳩山内閣の公約の非常な違約なんだ。一日もすみやかに中共の通商代表部に対しても、ソ連の代表部に対すると同様な、十分な便宜を与えるのだということを政府で公的に御声明になったらどう
この点については、いずれまた機会を見まして質問することにしまして、最後に一点中川アジア局長にお尋ねしたいのですが、これはこの際でないと質問の機会がないと思いますので、記録に残す意味において御質問したい。これは何年だか年月は忘れましたが、ポルトガルのマカオにおける賠償の関係はアジア局の所管だということを、この前法眼参事官から聞くたのでありますが、法眼君も詳しいことを知っておりませんのであなたに質問するわけですが、外務省の福井保光というマカオの総領事代理だった人ですが、これがたまたま戦争中ですが、朝ラジオ体操に行くときに中国人に狙撃されて死んだ事件がございます。これは私ポルトガル公使をやっておりましたときに政府の訓令によってこれを交渉し
私が最後に交渉をいたしましたのは外務次官なのです。これはその後死んでおります。私は一万ポンドと記憶しているのですが、非常に減額されましても、その後話し合いがついたならいたし方がございませんからして、なるべくすみやかに解決をしまして、福井君の遺族に対しても十分な御措置をとられんことを希望いたしまして、私の賛同をやめます。
その点に関連して……。私も委員長は非常にりっばな方だと思いますが、資料提供の点において、私は非常な不満を持っている。たとえば日ソ交渉の問題につきましても、私は数度資料の提供を、委員長を通じて正式に要求している。しかしこれまでほとんど一回も資料の御提供はなかった。それでこのたびは一つしっかりやっていただきたい。これは資料の提供ばかりでなく、大臣の出席についても、一つ委員長から十分に御勧奨していただきたい。
私は、ただいま重光外務大臣から御説明のありました日比賠償協定に関連いたしまして、日本社会党を代表いたしまして、鳩山総理、重光外務大臣並びに関係閣僚に対して、重要なる数点につきまして質問をなさんとするものでございます。(拍手) 鳩山内閣は、内政におけると同様、外交におきましても幾多の失敗を重ねておりますが、(拍手)この主要なる原因は、第一には、世界情勢を正確に認識し、かつ、わが国の経済財政等全般の見通しのもとに立ちました総合的政策を欠除いたしておることでございます。(拍手)その政策がその時々の思いつきに出ております点は、吉田内閣時代のそのつど外交と、こうも異なっておりません。(拍手)第二は、鳩山総理が閣内及び党内を統率する能力と意
先ほどから伺っておりますと、安全操業に関することについ て、新聞では紳士協定ということを伝えておりますが、これも何らか文書になったものに河野さんが調印せられたのであるか、この点がはっきりいたしておりませんでございますから、一つ御答弁を願いたいと思います。
それは文書自体の正確なるテキストはまだ外務省へ来ていない、しかし何らかその内容を伝えるようなものでもあったのでございましょうか、その点も一つお伺いしたいのです。
これは松平大使もついていっているので、事務的な取扱いについては万遺漏がないと私は信じておるのですか、今までお話を聞いたところでは、日本の業者が最も重要視している、政府も当初は国交回復の問題なんかにわたって話してはいかぬのだ、主として今年度の問題に話し合いを限定するという方針であったので、その点から考えましても、安全操業の問題に対する河野全権の取扱いと申しますか、報告ぶりと申しますか、私はきわめて不親切であった、もっと親切に日本の国民に情報を即刻提供すべきものだ、こう思うのです。それは重光さんも私は御同感であろうと思う。私は、河野さんに外務省がなめられておった、こう申し上げても差しつかえないじゃないか、こういうふうに信じておったのであ
漁獲数量のほかに、ソ連側が一方的に設定しました制限地域をそのまま認めるとか、日本が自主的でなしにソ連に押されてこれに屈服する、と申しましては言葉が過ぎるかもしれませんが、これを容認しておるなんということは、私は李承晩ライン等の関係から重要な問題だと思うのでこれを特にお聞きしたわけですが、きょうはこれ以上やりません。 そのほかに、先ほどアデナウアー方式、それからロンドン方式ということについて御意見がありましたことはよくわかります。直ちに今意見を述べろと言いましても、述べるお立場でないことはよくわかりますが、私の考えでは、アデナウアー方式をとるといたしますと、ソ連が日本に譲渡の意思をすでに表示しておる歯舞、色丹をも含めて領土問題が全
社会党の個人的意見――社会党の者から発言があった点について御議論がありましたが、社会党の方針としましては歯舞、色丹、南樺太、千島、全体にわたりまして、これは原則として小笠原、沖縄等の返還に関連して要求すべきだという立場をとっておったわけでございます。歯舞、色丹につきましては先方が話し合いに応じてこれを譲るということになれば、このまま認めてよろしいということを言っておったのであります。党の立場と個人的な意見とをお取り違えにならぬように私はお願いしたい。 もう一点、だから私もしばしばこの委員会で発言をしましたが、私は南千舟を放棄せざるを得ぬことになりはせぬかということを懸念いたしましたので、その際に処する道として、小笹原と沖縄との返