そういうことはたいへん友人に氣の毒ですけれども、北村貞治という友人を私はもつております。その友人は、私が困ると言えばそのくらいの金は出してくれるし、それも一時に持つてきてくれなかつたと思います。三度くらいに持つてきたように記憶いたしておりますけれども、多分そうだつたと思います。
そういうことはたいへん友人に氣の毒ですけれども、北村貞治という友人を私はもつております。その友人は、私が困ると言えばそのくらいの金は出してくれるし、それも一時に持つてきてくれなかつたと思います。三度くらいに持つてきたように記憶いたしておりますけれども、多分そうだつたと思います。
十五万円ですね。貸してくれということになつております。だから借りた形になつております。私はできれば返します。できなければ友人だから、あるいはできないからと言つて矢の催促もしないでしようけれども……。
貸してくれろということです。だからいつかは返すということも含んでおることを御了承願います。
いろいろの仕事をしておりますし、私の國の人で、たいへん懇意な友人です。
その通りです。
徳田君にお答えいたします。私は今のお話は夢物語のように感じます。私は淵上君や深津君と一緒に龍名館に行つたことは絶対にありません。龍名館をのぞいたこともありません。從つて金を受取つて持ち帰つたなんということは全く夢物語にすら、さようなことを聽くことさえ、私は不思議な話もあるものだという感じがいたします。
噂であるか噂でないかは存じませんが、私に関する限りはさようなことは絶対にありません。
私はそれらの人と龍名館に行つたこともなし、龍名館の戸をくぐつたことは一度もないのですから、さようなことがあるべきはずはありません。
それは私の関するところでなく、徳田さんが両者の精神鑑定をやろうというなら、これは私どうこう申すわけにはいきません。
この場合に私は新しい憲法、民主主義ということについて、國民に明瞭ならしむるために、一言政府に対してお答えがあるならば、お答えを願いたいし、お答えがなければ、お答えがなくてもやむを得ないものとして、私は再質問はいたさないのである。ただ國民全体に対して、きわめて明瞭にしておかなければならぬことがある。新しい憲法によつて、日本は民主主義の平和國家をつくらなければならないというのが、現國民に負わされたところの責任であると、私は通感いたしておるのである。芦田首相は、かつては新しい憲法の日本國民に対する普及会の会長として、新しい憲法を運用する國会というものは、いかなる状態にならねばならぬかということを、全國民に向つて指導する立場にあつたことを、
ただいまの石炭の問題についての関連質問でありますが、了解できない点を、この際承ついておきたいと思います。 ただいま本間君と水谷商工大臣の質疑應答の間に、私が聽き得ましたことは、本年度に三千六百万トンときめたのは、昨年の十一月、十二月、一月等における出炭量が、それぞれ三千三百万トン見当に見込みがついた。それゆえに、今年は三千六百万トンと計画を立てて誤りないという御答弁のように伺いましたが、さように了解していいかどうか、お伺いいたします。
しからばその御決定のときには、四月に実行さるベき石炭國管案を御考慮に入れて、御計画の中に織りこまれたものか、そうでなく、石炭國管案はまだきまらないことであつて、石炭國管案の問題を抜きにして、三千六百万トンの計画を立てたものと考えてよろしいのか、そのいずれかをはつきりお尋ねいたしたい。
そこでこれは商工大臣にお答え願いますのは無理かもしれませんが、政府委員で結構でありますが、四月、五月は出炭量が非常に減じておる。これは本年のことでありまして、昨年はこの期間を比較していかがであつたか、その点をはつきりしておきたい。
私のお尋ねは、そういうことではありません。昨年の十一、十二月、一月、二月の出炭量と、ただいまのお話の十一、十二、一、二、の出炭量は、三千三百万トンを見積つてもよろしいほどの状態に、石炭の高は増産してきた。そこで四月以降なお國管にするという前提を考えて、それらの状況を考慮して、三千六百万トンの出炭を見積つて誤りないというお話ですね。しからば昨年の十一、十二、一、二、の出炭量と、昨年の四、五月の出炭量との比例でありますよ。今年度、つまり昨年になりますけれども、商工大臣が三千六百万トンを計算する基礎となつたところのこの状態との間を考えて、四、五の出炭量はいかがであつたか、こういう質問であります。
私の言い方が惡かつた。一昨年の十一、十二月の状態と一、二、三月の状態です。そう伺う理由はここにあるのだから、その点明瞭にした方がよろしいでしよう。つまり四、五、六月に減産するのは、機構が変る、石炭國管になるというので、個人企業のときと國管になるときの心理状態が、事業家も労務者も変ります。これはすベての日本の官業を見てもおわかりの通り、個人企業においては、経営者も労務者も、最善を晝して命がけで働きますが、一部なり全部なり、政府の特別な監督、あるいは庇護のもとにあるというとき、あるいは機構において激変されるというときには、必ずや企業者においても労務者においても心理的な変化がある。そういう点から考えれば、四月後がた落ちになつたのは石炭國管
けしからぬ言葉を聽くものである。議会政治は主義の政治であります。石炭國管に反対するというのならば別問題。実行はよらしい。これが正しくいくか、正しくいかないかということは、國民に対して議会政治家の当然になすべきことである、どんな惡い法律でも議会を通過したならば、その法律の存在する間は、これに從うのは当然である。しかしこれを惡い法だ、いい法だということを批判しなければ議会政治家の本義がない。暴言と言うもはなはだしい言葉である。議会政治家というものは、どこまでも主義に忠実で、どこまでも國家、國民を背景として働かなければならないものである。もし主義に違つたところの法律が通過した場合に、その法律を時期の至るを待つて改めることも考えなければなら
私の本会における質問に対しては、ほとんどお答えというものが一つもないと申しても、あまり極端な言葉ではなないと思います。第一に、私は外資導入のことについて、ことごとに現政府は進駐軍を口実として、いろいろの理由を言うか、あるいはそうでなければ外資導入が唯一の政策のごとくに言うておる。外資導入と申しても、アメリカならアメリカがその世界政策から生ずるところの、向うがヨーロッパを救援するがごとく日本を救援しよう、あるいはアメリカの対ソ政策の結果これ以上日本の経済状態を貧困ならしめてはいけないからそれを改めようとかいうように、三項目、四項目ありますが、アメリカの外資というがごときものは主としてアメリカの政策から生じておるものであります。こういう
私のお尋ねすることの根本に対して、実は多くの問題は避けて御答弁のように思われます。労働問題を申しましたのは、労働問題全体に申したのではありません。芦田首相は、施政演説のときに外資の導入のことを言つたことが、たまたま世間に廣く傳わつて、外資の問題が起つたように言わましたが、それは事実と違います。芦田内閣が成立以來、各地において芦田首相が言われた演説の中に、外資導入によらないお話をなさつた事例はありません。ほとんどすべての演説において、外資導入のことが、あだかも近き將來芦田内閣の対外における信用によつてできるがごとく——そういうお考えで述べたではありますまいが、そういうような誤解が一般國民の間に生じておることは間違いありません。それほど
これ以上は議論になるから、その点はお尋ねしませんけれども、私ども労働者の反感を買つて、労働者を敵として労働問題を解決するなどということは毛頭申しません。労働者の地位を考えなければならないが、いくら労働者の地位を考えると言つても、行き過ぎをすれば労働者みずからを滅ぼすことになります。言葉で中道とかいうようなことはあいまいでよくわかりませんけれども、日本の産業の、日本の社会状態の、日本の経済状態の一切の事情を考慮して、労働者をあるべき地位に置かなければならないのであります。そのあるべき地位におらないことに問題がある。その当然あるべき地位、労働者のためにも、資本家のためにも、日本の産業のためにも、一番いい地位に置かなければならないのである
政治の問題は現実の問題で、遠き將來がどうなるとか、こうなるとかいう問題ではありません。ただいま芦田首相は三千億円の貯蓄をさせるということを御吹聽なさつた。農村の方は年々起つてくるところの金融の逼迫状態であると簡單に言われましたけれども、その限度を非常に超えております。今日では配給品も受取れないという農家が多数であります。それは芦田首相が総理として天下に声明していることと矛盾するじやないかと思う。のみならず、たくさんの資金を吸い上げたから都会においても貯金ができないというなら、ちようど逆な政治をやつておるじやないか。將來また政策が変つたり方法が変れば、それで貯蓄ができるようにもなりましよう。けれども芦田内閣が今実行に移すということと、