それがまたわからなくなってくるのです。通常兵器、これはいわゆる核兵器と通常兵器と分けるのが通常の場合でありますが、そうすると、核兵器以外の通常兵器は全部持つ。これは局地戦に使うとかなんとかということは意図の問題でありますから、その点について明確にしていただきたいということです。
それがまたわからなくなってくるのです。通常兵器、これはいわゆる核兵器と通常兵器と分けるのが通常の場合でありますが、そうすると、核兵器以外の通常兵器は全部持つ。これは局地戦に使うとかなんとかということは意図の問題でありますから、その点について明確にしていただきたいということです。
総理非常に時間がもったいのうございますので、非常に恐縮でございますが、できるだけひとつ具体的にお答えいただきたいと思います。総理にとっては具体的かもわかりませんが、私は、国民にとってはきわめて具体的ではないお答えであると思うのです。というのは、いまの総理の答えだと、先ほどからも申し上げているように、核兵器以外の通常兵器は全部自主防衛として日本が持つのだという答えにとれますよ、と申し上げておる。したがって、その点を明らかにしていただきたい。そうでないのかどうなのかということであります。
それを私だけが抽象的と申し上げているのではないのでありまして、あなたのほうの副総裁の川島さんも二月三日に、政府・自民党首脳会議でそれをおっしゃっておる。七〇年代のわが国の防衛体制のあり方について、日本としては無制限に軍事力を伸ばす意図のないことを内外に明らかにすべきだと——いまの国力、国情という言い方であるならば、国力、国情なんというきわめて抽象あいまいな表現で終わってしまっておる。だから、それをある程度明らかにしていかなければならないのではないかということを、川島さんは御提案になっていらっしゃるではありませんか。また、こういうこともおっしゃっていますね。アジア諸国の外交官から、日本の国防力はどこまで進むのか、自主防衛というのはどう
実は総理、こんなことはいままで論議し尽くされて、もう余地のないものだというお考えを改めていただきたいと私は思うのです。論議され尽くされたといいますか、論議されたということは私もよく承知しております。しかし、このような佐藤総理の心境の変化といいますか、方向が変わってきたということについて、この時点において、それをもっと具体的に国民の前に明らかにすべきでないか。このままエスカレートするならたいへんだ。単に国力、国情というような抽象的な制限だけではいけないのではないかということを私は感じまして、御質問申し上げているわけでありますから。いまも総理のお話の中に、自立性ということを仰せになりましたが、この自立性ということは非常に大事だと思うので
もちろん、私どもは憲法が最も大きな制約、歯どめであるというふうに考えます。しかし、この憲法解釈が、終戦後憲法が制定せられて以来、軍備のことに関しては非常に大きく拡大解釈されてきたということは、よもや佐藤総理はそれを否定なさらないだろうと思うのです。事実、内容は国会の答弁からも変わっております。こういうふうに憲法の解釈が、事、軍備、——こう言うと、あなたはそうじゃないなどとおっしゃるかもわかりませんのでことばを変えますが、自主防衛力といいますか、そういうものの解釈が非常に内容的に変質をしてきておる。これはもういわゆる世間常識の認めるところであります。だからこそ憲法が唯一の歯どめになるというふうな考え方について、国民は満幅の信頼をしてい
どうも堂々めぐりのような傾向がありますが、しかし、総理が非常に強い決意のようでありますので、それはそれといたしまして、そこでもう少し具体的な問題に入ります。 防衛庁長官にお願いしたいのですが、すでに防衛庁では第四次防の策定を進めているというふうに私どもは聞いておりますが、その基本的な方針といいますか、それをお聞かせ願いたいと思います。
海上自衛隊の戦力を非常に強くしようというように伺いました。これは通商線確保ということを目的としておやりになるわけですか。
そこで、いまお話しの中にはございませんでしたが、私が他のほうの情報によって知るところによりますと、総理もおっしゃっておりましたが、軍事的緊張は全体的に緩和の方向に向かうであろう、したがって抑止的な効果が必要だ、防衛庁のほうでもそういうお考え、見通しから、わが国の防衛力整備というものについては、直接戦闘行為を目的とするのではなくて、抑止力を非常に大きく評価して、この抑止力強化ということをやりたいというふうに私は聞きましたが、この点はどうですか。
最近、戦術的な核兵器が非常に進歩して、二〇三ミリ砲あたりで撃てるような核弾頭ができておると聞いておりますが、こういうものについても、先ほどの総理の御答弁のように、これは戦術的であろうと核兵器でありますから、これは抑止効果があるといいましても絶対持たない、これは明言できますか。
第四次防の策定はいつごろになるのか。四次防の総額は、伝えられるところ、五兆円といわれておりますが、幾らぐらいになるのか、その点の見通しをお聞かせいただきたいと思います。
そこで、ちょっと問題が変わりますが、佐藤総理の防衛力強化ですね、これはアメリカから帰ってくるたびにだんだん強化してくるというふうに私は感じるのです。時期的にそういうふうになっているのかもしれませんが、やっぱり佐藤さんのオーバーコミットメントがアメリカに対して相当あったのじゃないか。それと、私は非常に心配なことは、昨年の十月十六日の日経連の総会で、桜田代表常任理事から、日本が自主防衛を真剣に考えるならば、憲法第九条をこのままにしておくのはどうかと思う、将来の集団防衛構想にはむしろじゃまになるという、いわゆる憲法第九条改正論というのが出てまいりました。これは御存じのとおりだと思います。 そこで、これは一つは政府が非常に——ここで前提
これは長官、問題でして、私とあなたの考え方の違いであって、これはあえてここで論争しようとは思いませんが、少なくとも第九条については、次の世代に、解釈というか、どういうふうにするかということをまかしたらよろしいなんということは、私は、戦前派、戦中派としてはきわめて無責任な考え方だと思うのです。そういう考え方自体が、私はこれから大きな問題を起こしていくのではないかと思うのです。戦争の惨禍を知らない若い人たちがどんどんふえてきている。これは当然のことでありますが、やはり私たちは後世の人たちに対して、二度と戦争してはいかぬ、絶対戦争はやってはいかぬのだという思想を残していかなければならぬ、その責任があると私は思うのです。それを後世の人たちの
そこが問題だと私は言うのです。まあ、ここは見解の違うところでありますから、これをやっていると、これで時間をとってしまいますが、私は、原子爆弾の被害を受けた日本の国民として、また先輩として、少なくともそのことだけは、はっきりと伝えていかなければならぬと思うのですよ。その精神は一緒だとおっしゃったのはいいけれども、私は、何も後世の、いわゆる次の世代の人たちは能力がないとかというような意味で申し上げているのではない。そういう、あいまいというか、無責任だと私は思うのですが、そういう態度であってはならぬと私は思うのです。これは予算委員会に関係ありませんから、これはこれでいきますが、大体中曽根さんの思想というのは、この一言でわかりました。
そこで、総理、そのお考えをもう一歩お進めくださって、武器の輸出について、これを禁止するというお考えはないものだろうかと私は申し上げたいのであります。 御存じのように、この間からの論議の中でも、またいまの御答弁にもございましたけれども、武器の輸出については、紛争当事国にやらないとか、共産圏にやらないとか、いろいろ制限をおつけになっているようでありますが、やはり輸出をするということの余地は残されているわけです。 私は、いまここでビアフラのことを思い出すのですがね。非常に悲惨な結果が向こうに生まれてまいりましたが、あの悲惨な結果は、大国からの武器輸出、武器の供与、こういうものがなければ、ああまで悲惨なものにならなかったのではないか
私は別にあげ足をとるつもりはないのですが、武器というものの範囲、判定というものはきわめてむずかしいとおっしゃった。これはもう、くつだって、被服だって、戦争に使われれば武器じゃないかといわんばかりのお話でありましたが、私はここで武器の範囲をまたあなたと論争しようと思いませんけれども、あなたがそういうあいまいなことをおっしゃる、そうして私を逆襲なさったおつもりでいらっしゃるのかわかりませんが、これじゃ、ぼくはそれをそのままあなたにお返ししたい。それじゃ、制限なさる武器はどういうおつもりなのですかということを聞きたい。どうなんですか、それは。
よほど正直でいいと思いますね。それで総理、そういうふうにおっしやいましたが、買うほうにも明治維新当時の日本の英知があるかどうか、ないなんと言ったら失礼に当たりますが、あるかないか、それは私はわかりません。同時に、軍事産業のほうはそういう無謀なことはしないでしょうという期待をいまお聞かせいただいたわけです。いまやエコノミックアニマルと言われるくらい経済活動につきましてはちょっとした侵略者扱いを受けている。その日本のいわゆる商人が、産業界がそんなことを考えるわけはないだろうと私は思うのです。これもきわめて淡い期待にすぎないのではないかと思うのです。 そこで重ねて申しますがいまの実績からお聞かせいただいても、きわめて微々たるものであり
したがいまして、検討する材料としては、公明党が武器輸出禁止法案を議員提案をいたす予定でございますので、その際あわせてよく御検討の対象としていただきたいと思います。 次に移ります。 先日来非常にやかましくいわれている日米共同声明でありますが、特に第四項。「朝鮮半島に依然として緊張状態が存在することに注目」し、「韓国の安全は日本自身の安全にとつて緊要である」ということを合意した。またプレス・クラブで前向き、すみやかに、——これはもう言い尽くされたことでありますが、ここで日米共同声明のニュアンス、またプレス・クラブで総理が御説明になったニュアンス、これはいわゆる朝鮮半島における緊張と日本の安全との関係、台湾におけるところの関係にお
書き分けてあるのは読めばわかるのでありまして、お考えとして違うのであるかということでありますが、それは書き分けてあるという意味に含まれていると解してよろしいですか。
そこで、昨日のこの委員会で先輩の今澄議員から御質問がありまして、それを続けてという形で申し上げますが、国連の決議がない前にも、事前協議があったときの判断はあり得る。イエスかノーかは別として、判断はあり得る。国連の決議があれば当然のことイエスである、このようにお答えになりましたね。そこで、朝鮮半島に武力攻撃が発生してアメリカのほうから事前協議を受けた。この武力攻撃が発生したということの判断は、それではアメリカの判断を信用なさるのか、日本独自の判断をなさるのか、どちらですか。
いわゆる休戦状態が破れてしまう、こういう場合、あらためて国連の決議が必要なのですか、前のがそのまま生きるのですか。