温厚な委員長から、委員会の規律をぴしっとするということでありますので、じゃ、来るということを前提にして質問します。 そうすると、長官にお伺いしますが、この農用地なり林用地、いろいろ処分の条件というのが、適地の条件というものが、さっき言われましたそういうものによって緩和されるわけですか。従来よりはずっと緩和する、こういうふうに理解してよろしいわけですか。
温厚な委員長から、委員会の規律をぴしっとするということでありますので、じゃ、来るということを前提にして質問します。 そうすると、長官にお伺いしますが、この農用地なり林用地、いろいろ処分の条件というのが、適地の条件というものが、さっき言われましたそういうものによって緩和されるわけですか。従来よりはずっと緩和する、こういうふうに理解してよろしいわけですか。
われわれの常識からいえば、従来ならいろいろ期待をして林野の開放地に入植したり、いろいろ経営の拡大を有利に運ぶというようなことで期待を持ったかもしれないが、現在日本農業の当面しているこのきびしさ、困難さ、そういうことから考えれば、従来の基準よりはもっときびしく、そうして科学的に成立する条件というものをきちっと確立して、これならだいじょうぶだということでなければならない。ゆるめる方向ではなくて、これはきびしく、シビアーにしていく、こういう方向で基準というものが動くとすれば動かされなければならない、こう思うのですが、これはいかがですか。
林野は林野庁長官がその責任において、一人ではありませんが、林野庁が善意の管理者としてこれは国から委嘱されているものでしょう。だから、これがどういうふうに動いたら活用がより高まるか、あるいは土地生産性を高めるか、高度利用ができるかということは、林野庁長官がみずからの所管について、主体的な意見というもの、それからそれに対する考えというものを確立されていなければ、だれが何と言おうと、これは農地としてはだめならだめだと言うだけの主体性がなければだめじゃないですか。畜産局から、ここは草地としてほしいのだから、ああそうですか、農地局から、ここは農用地として適当だと思うが、ああそうですか、そういうふうに主体性なくて、注文どおりノーズロースに譲ると
そういう手続なり機関を経て進めるということはわかりますが、しかし常識的にいって、従来の既耕地のようなところでも離農者がどんどん出ていく、そうして国際競争はきびしくなっていく、そういう条件の中で新たに発足しようとする場合には、条件としては従来よりはもっときびしい条件でなければ成り立たないということは、これは常識的に私はわかると思うのです。もしそれが成り立つとすれば、それは社会政策的な面から、あるいは山村振興という、経済的な条件でない別な条件で緩和する以外には緩和条件はない、こう私は思うのですが、そういうものまでそろばんで計算できない。農業なら農業、林業なら林業という企業的採算性に立って、そろばんの置けないような条件がいろいろ入ってくる
企業的に成り立つ条件ということでいうならば、既耕地の生産性の高いところでも、これは成り立っていかない条件に追い込まれている。そういうところから、新たに開拓して新たになにするというようなところは、より高度な土地条件、気象条件、自然条件、そういう取り巻く経済条件というものが高くなければ、とてもそれは耐えていけない、これは常識的にわかることでしょう。だから、今後取り組むそういう分野は、従来よりはもっとシビアーに、きびしいものにして吟味して、厳選していかなければだめなんだ、こういう考えに立つのです。個々の条件というものは、それはいろいろあるでありましょう。しかし考え方としては、それから条件としては厳選せざるを得ない、これが私は常識だと思うの
私は、過去百年の経験というものは、単に百年日時がたったというだけではなくて、そこには何十万という人間が政策の誤りによって転落していった、死んでいった、こういう深刻な、なまなましい、人命を賭した経験の上に立った今日の実績であると思う。そういうものに思いをいたすならば、私は単に土地の条件だけではなくて、それを経営する人間の生活条件、そういうものに対して、ヒューマニズムの上から胸がうずかなければならぬ、こう思うわけでございます。それをいまのように、何か地域を拡大すればその問題が解決できる、こういうふうに安易に考えることが一つの大きな誤りである。そして、これを経済的な問題としてまじめに取り組まないで、林野の開放という政治運動として、この法案
いま長官のお答えになりました問題点も、確かに私は危機の幾つかの条件であると思います。しかし、もっと掘り下げてまいりますならば、これを取り巻く産業界もいまたいへんな時代だと私は思うのです。国際的に大きな激動期にある。その激動期に対応するための国内の諸体制整備ということはなかなかたいへんだと思います。その中でも、林業というのは小手先で、あるいは資本でいきなり手ぎわよく処理できるというものではなく、長期の計画、長期年月を経なければこれに対応していけない。したがって、それだけに早く対応する体制というものを確立しなければいけないと私は思うのでありますが、いろいろな移り変わっていくものに対応する主体性、林野庁それ自体の主体性というものが確立され
大臣にお尋ねしますが、いま長官が答弁したように、ずっと明治時代から国有林は国有林だけのことをやる。そうして民有林のほうにはあまり手を出さない。無関心である。しかし面積からいっても、それから日本の林業がこれだけ外材に荒らされている状況に対比しましても、今後努力しなければならぬのは、国有林だから、民有林だからという区別ではなしに、日本の全体の林業というものをどう増強し、どのようにこれを——ちょっと雨が降れば大水害になるということは、これを追及していけば山が荒らされているからということになると思うのです。そういう点から見ましても、これが災害の予防的な措置としての森林育成、そしてその中における林木の生産、こういうようなものを総合的に考えます
国有林と民有林との総合一貫性のある政策という立場に立っておやりになるというお考えと承りました。そうであるとするならば、単に生産分野の問題ばかりではなくて、たとえば土地の活用の問題にいたしましても、これはいまの常識的な——まあ一べついたしますならば、国有林の活用部分よりも、里山である民有林の活用分野というものが非常に多いのではないか。もし国土全体の活用という見地に立って、寸土も低生産から高い生産へ引き上げていくのだという見地に立つならば、私はこの際、国有林よりは民有林の無立木地帯で、そうして地価の値上がりをただ待って生産的な活動をしてない、こういう眠っておる、停滞しておる地域に対して活を入れて、これを農用地にする、採草地にする、こうい
それは、また次の機会にもう少し掘り下げることにいたします。 長官に伺いますが、林業基本法は企業的林業、それから森林法は公益的機能、こう相矛盾するものが一緒に同居しているわけでありますが、この間の調整というものをどういうふうに具体的につけておられるか、これをはっきりさせていただきたい。
長官にお尋ねしますが、中央森林審議会の答申を受けてからもう数年たちます。その中で重要な問題は、やはり経営と行政の分離の問題がどう始末されるのか、まあ聞きおく程度ということでほうり投げるのかどうか、その面はまだ結末をつけていないようでありますが、この点を明確にしていただきたい。
先ほど長官は、特別会計における赤字の問題をいろいろ言われましたが、公益性を強めていけば赤字が出るのはあたりまえであって、適正な支出ならば赤字はけっこう、いかに公益的に活動しているかということの一つの実証だと思う。林業基本法には企業性ということをいっておるのでございますが、企業性ということは、私はもうけることではない、合理的経営という意味だ、こういうふうに理解しております。こんな企業性などというように法文に入っているのは、この公社的、公的性格の官庁ではいま専売があるだけであって、国鉄も電電もみんなこういうことばはなくなっておるのであります。 そういう意味において、私は先ほど来申しましたように、林野庁のいまの行政、法体系では、統一的
官行造林などは復活するお考えはありませんか。
私が先ほど尋ねました、林野の新しい体制に取り組んでいくには、法体系をまず確立する必要があるという質問に対して、はっきりしたお答えがなかったわけですが、ことに事業関係における問題について、もう一度明確にひとつ御答弁をいただきたいと思います。
その場合事業法の性格、これは地主的な性格で、ものを持ってそれをただ売り食いをしていくというような方向への性格になるのか、造林はする、いろいろな生産活動をする、そうしてそこに働く林業のにない手というものを養成し、その中に生活の向上ももちろんやっていくという、山と人と商品との総合一貫性のある法体系というものをつくるお考えなのか、単に立木なら立木を処分する、直営、直用はやらない、みんな特売をしていく、そういうようなことでみんな請負でやって、自分は山持ちで木を売って売り食いをしていく、こういうような性格になっていくのか、その辺、いまそういう法体系をつくるということに取り組む段階におきましては、国有林はいまどっちに向かって動き出すか、足を踏み
林業のにない手はだれであると考えていられますか。
この人の関係については、時間が足りませんから後日に譲りたいと思います。 大臣にお聞きいただきたいと思うのですが、一体この林野のあり方が、世界各国においてどのような状況になっているかということは、先刻御承知だと思いますが、ヨーロッパ全体としては公的所有が林地の四七%を持っておるのです。東欧請国では九四%です。西欧諸国の平均は三四%です。これは、西欧は長い歴史の中で、農地その他のいろいろな用途別分化がもう成立して、固定的な条件になっているから非常に少ないのだと思いますが、それについても三四%、アメリカは七三%が公有であります。公的な所有になっている。それからスウェーデンなんか、山村振興といったって口先だけではなしに、いま盛んに国有林
いま日本の林業は一つの転機にあると思います。それは単に国有林の活用法案というこの枝葉の問題ではなくて、基本的にそうい段階に当面しておる、こう思います。それから林業を取り巻くいろいろな経済情勢、こういうものも非常な激動期にある、こう思います。そういうような意味において成長がゆっくりしている、取り組み方もゆっくりしている、こういうようなところから、私は林業の面においては、もっといろいろな角度からみんなが関心を持って論議しなければならない、こう思うのでありますが、農林委員会におきましても、林業の問題は総合的にあるいは各論的にこれを十分に分析討議するという機会がなかなかない。ちょうどいいこういう問題の機会であり、一つの転機にある時期でもあり
草地についても、適地問題についてはいろいろ論議がありますが、後日に譲りたいと思います。
いま農政の転換期だといわれておるのでありますが、この転換という意味は、大臣はどのように理解し、どのようなかまえを持っておられるのかを総括的に伺いたいと思うのであります。 いま世界が激動しておるから、その激動期の中の日本の農政としてのつかまえ方なのか、あるいは国内における水稲の生産が需要を上回って供給過剰になった、そういう意味でこれの転換を必要とする、こういうところに重点を置いた見方に立っての所見なのか、あるいは農基法によるところの農業者と他産業との生活を均衡させる、こういうようなねらいを持って進められておる今日の農業基本法というものが、いままでの実績によって失敗であった、そういう意味においてこれを転換しなければならない、こういう