しゃべってないと思いますがということになりますと、しゃべったかもしれないというニュアンスに聞こえますね。正確にひとつお考えを願いたい。もう一遍お答えを願います。
しゃべってないと思いますがということになりますと、しゃべったかもしれないというニュアンスに聞こえますね。正確にひとつお考えを願いたい。もう一遍お答えを願います。
あなたの語感から言いますと、あなたはないしょにしておきたかったのだ、しかしながらあるいはだれかに漏らしたかもしれぬと受け取っていいですか。
漏らしてなかったという断言ではないと私は受け取りました。 さて、四十五年の二月九日に若狭氏を団長とする第一次の調査団が行くのでございますが、これはダグラス社に行くことになっておりましたね。あなたはこのことを知っておりながら、この問題をだれにも言わなかったのですか。
つばをつけた否かでなくて、三井物産がすでに全日空向けの航空機の導入について確定契約もしくはオプションをやり、そしてすでにダグラス社が生産にかかっておるということ、このことについて調査団のだれにもあなたは言わなかったのですか。 〔大橋(武)委員長代理退席、委員長着席〕
調達施設部長としてあなたそれでよいと思っておられたのですか。
そのころは昭和四十七年の四月に大型機の導入をするということがあなたの社内の決定ですね。そういたしますと、四十五年の二月に調査団が行けば、その結論によって大体決めなくてはならぬ。先ほどあなたは十八カ月ないし二十四カ月以前に決めなければならぬというのが社の方針であったとしますと、そういう計算になる。したがって、その一次調査団というものが行くときに、二次も三次も四次もやるのだという前提で行ったのですか。
昭和四十五年九月の十四日に新機種選定準備委員会の本委員会が開かれて、ここで全日空としましてはいままでの四十七年四月導入を八月以降もあり得るというぐあいに態度を変えるわけですね。そのときにあなたは、すでにこれは若狭社長のときでありますが、四十七年四月を目途にしたこの大庭さんの行為があり、ダグラス社は生産にかかっておることを知っておったはずですね。このときも黙っておったのですか。
三井物産は四十四年の九月に確定発注とオプションの数を変え、それを大庭さんに通告をし、そして四十五年の二月には大庭さんと三井物産、ダグラス社との間の会談が行われて、三井物産はダグラス社に正式の契約を行い、さらにその翌日大庭さんのところへ三井物産の灘波さんがやってきて、そして書類に対するサインを求める、こういう形式になりますが、これらの事実について大庭さんはあなたに何も言わなかったですか。
契約に基づいていろんな段階で三井物産は前金払いをダグラス社にやります。そのことにつきましてもその都度大庭さんに通告をしておった。信頼を受けているあなた、しかも最初のオプション行為をあなたに打ち明けられた大庭さんが、ここまで進んでいるよということを、普通の常識なら、あなたに言っておられたと思いますし、大庭さんはこの席で常時あなたに伝えておったと言っておられる。伝えてもらったことはありますか。
四十四年の後半に三井物産からあなたの方にダグラス社が三井物産との間に取り交わした見積書、ダグラス社のサインのあるもの、英文のものを持ってきましたね。あなたは受け取られましたね。
記憶にないが受け取ったと思うということは、どっちかよくわからぬ。受け取ったのですね。
新聞の報道によりますと、この契約というのは、全日空向けだけれども、全日空よりも先にお客がついた場合にはそれに売りますよという、英文の条項があるという説明をあなたは受けなかったですか。
その文書はだれからだれあての文書ですか。
少なくとも三井物産としてはあなたに大庭さんの行為を——そのときの現社長大庭さんのやられたことをあなたに知らし、そのもとでこれを持ってくる。そうしますと、あなたの記憶であなたあてとおっしゃいますけれども、それはやはり全日空の社内で検討願いたい、あなたの上司には通知を願いたい、こういう意図があったと思いますが、そういう意向をあなたは受け取られましたか。
あなたは上司にこれを報告いたしましたか。
回覧する場合に、当然この書類を見る上司の名前はだれとだれになっておりましたか。
あなたの担当の上司の専務の名前はだれですか。
鈴木専務と大庭社長とは仲は余りよくなかったという話ですが、あなたはそのときそのことを知っておられましたか。
だといたしますと、調達施設部長としては、回覧の上紙を載せるのではなくて、あなたみずからやはり鈴木専務に事態を説明するのが任務ですね。あなたはそうされなかったのですか。
正確に思い返していただかないと、これは重要なところなんですね。あなたが胸に持っておったものを社内に広げたかどうか、思い返してもう一度この点を正確にお答え願いたい。