大杉参考人、先ほどこの協定は二年ぐらい見合わしたらどうだという旨の御発言がございましたが、その二年ぐらいの間に何をやらねばならぬとお考えですか。
大杉参考人、先ほどこの協定は二年ぐらい見合わしたらどうだという旨の御発言がございましたが、その二年ぐらいの間に何をやらねばならぬとお考えですか。
そうしますと、それが五年ぐらいかかったら、それができるまではこの協定はやめておいたほうがいい、こういう御意見ですか。
わが国のそういう総合エネルギー対策並びに原子力に関する規制、取り扱い方というものと、この濃縮ウランを買おうという契約を内容とする協定とは、どういう因果関係にあるのでしょうね。つまり、濃縮ウランは入ってくるけれども、いまあなたのおっしゃったようなことは、これは別途やらねばならぬことでございますが、それがいま不十分である、だからそれが不十分な段階では濃縮ウランを買わぬでもよろしいということとは、論理的にあまり関係のないことではないかと思われる節がございますが、その点をちょっとお教えを願いたいと思います。
ありがとうございました。
レイモン・アロンという人が、外交というのは他国にあることを行なわせ、または行なわせないテクニックである、こういうことをいっておりますが、外務大臣、この見解に御賛成ですか。
フランス人というのはきわめて明晰な論理をとうとぶ癖がございますから、外交というのは、あるいはもっとふんわかとした言い方があるのかもしれませんが、自国と他国との関係というところに突き詰めると、そういう表現も出てくるのではないかと私思うのです。 もう一つ、このごろ抑止戦略ということばがいわれております。しかし、抑止というのは、これは戦争の話ではないのであって、きわめて外交の分野に属することである、こういうことをいっておりますが、この見解に対しては外務大臣はどうお考えですか。
私は、抑止というのは使われていることばですから、当然のみ込んでおられると思ったのですが、抑止戦略と申しますのは、核による抑止戦略、つまり核を前提にしたことばでございます。したがって、核抑止戦略とかいうことばを使いますと、何か戦争を前提にしておられるようだけれども、それは、戦争が始まってあとからのことではなくて、戦争が始まらない前のこと、つまりそれは外交のジャンルに属することであるということがレイモン・アロンの見解でございますが、こういう見解はどう思われますか。
さて、そういう見解のもとで、彼はもう一つ、核兵器というのは、したがって戦争の道具ではなくて、いまや外交の道具になっておる、こういう見解を披瀝しまして、十七、八年前に有名な書物を一冊書き上げたわけでございます。わが国の関係の学者の中にも相当な影響を与えている考え方、わが国のみならず諸外国にも与えておるのでございますが、核兵器というものの役割りでございますね。外務大臣でございますから、外交の道具の一つになっておる、こういう考え方はいかがでございますか。
核兵器を持っている国では、ストレートに核兵器というのはその国が行なう外交の有力な道具の一つ、こういう意見が出てくると思うのです。わが国は、あなたの政府は、非核三原則なるものを掲げておられるわけでございまして、核兵器の保有は考えておられない。さて、その核兵器の保有を考えない場合の国の外交の責任者として、核兵器を持っている国は核兵器をそう考えておるとするならば、そういう考え方をどう思われますか。
他国は他国、うちはうちというのでは外交になりませんので、やはり他国の姿勢がどこにあるのかということ、特に核兵器を保有している国々の意図がどこにあるのかということを十分に察知をして、それらの国々との外交を考えませんと、他国は他国、おれはおれだということではなかなかならぬような気がいたしまして、今回上程いたされておりますこの原子力に関するアメリカ合衆国との協定を考えるにあたりましても、アメリカのほうは核保有国です。われわれは非核保有国である、こういう立場からこの協定をながめます場合に、やはり考えておかねばならぬ問題があるのではないかと思いますので、いまのような質問をいたしておるわけでございます。 それからもう一つ、この点でお伺いして
使われないのは幸いであるというようなお考えでございますが、使われたらたいへんでございまして、最初申しましたように、抑止戦略というのは、戦略ということばでございますが、そのストラテジーという意味は、多分に外交上の用語にいまやなっておる。ところが究極兵器と先ほど大臣が言われましたような意味でのものすごい破壊力を持っているというようなものではなくて、核でありながらきわめて小規模の破壊力しかないというようなものを開発しておることは事実でございまして、すなわち、通常兵器といわゆる究極兵器といわれる核兵器の間に、しかも通常兵器に近い爆発物、それが核である、そういうものが開発されている。こうなりますと、使わないところに重点があるのではなくて、それ
外務大臣のお答えはお答えでございますから……。 先ほど私が申し上げましたのは、核兵器といいましても、その態様は非常に異なったものを核保有国は開発をいたしておる。これは、アメリカがやっておることはソ連もやっておるように思います。詳しくはわかりませんけれども、見たわけではございませんが……。 さて、われわれがこれから原子力に関する工業力と申しますか、そういうものをどんどん広げていきたいというのでこの協定を結ぶと思いますが、この核工業力と申しますか、簡単に言えば核力——核兵器ではございません。濃縮ウランをつくってだんだん発電もやりましょうが、あるいはそのうちに増殖炉ができればわれわれのほうも核の再生産をやり得るわけでございますから
本年度のイギリスの戦略研究所が出しましたストラテジックサーベー、一九七二年、昨年分でございます。この中で日本を取り上げましたのは、これは全文が約九七ページのうちの五ページ。ところが、日本を取り上げたその角度は、何を書いているかといいますと、日本の核の選択ということなんですね。それだけが書いてある。内容は、われわれの核兵器開発の見通し、それから宇宙開発、つまりわれわれがそれを運搬し得るミサイルをつくり得る能力があるかどうか、三番目は原子力の、ポラリス型でございましょうが、潜水艦をつくる能力、つまり造船能力があるかどうかというようなことを彼らなりに調べたものを書きまして、そうして結論は、能力がないということでございますから、あなたの政府
一九八五年に濃縮ウランの工場ができる、これは、この戦略研究所の報告書にもちゃんと書いてございますが、その一九八五年に濃縮ウランの工場ができて、それからわれわれがいよいよ生産を開始していくということになりますそれ以後ですね。いままで日本独自のものというのはあまりないようでございますが、なるほど無から始めたのですから、導入技術が全部が全部であったと思います。しかし、パテントの関係とか、あるいはまた原子力関係は残念ながら、平和工業として出発したものではなくて軍需工業として出発したことは、各国ともすべて同じでございますから、日本にピンからキリまで知らしておるとは私は思いません。だといたしますと、一九八五年という時点から濃縮ウランがつくれると
今度は逆に、現在もこの協定があるわけでございますが、現在までこの協定が発効いたしまして、この協定の規定に従っていろいろな保障措置という名目で査察が行なわれてきたと思いますが、国際原子力機関その他、もしアメリカの単独の査察があれば伺いたいのでありますが、どの程度査察されておりますか、明らかにしていただきたいと思います。
査察というのはどういう意味なんでしょうね。商業ベースで買うというんですが、商業ベースで買い込んだものを、まことにプライベートセクターでは関係のない者がやってきて見るというんですから、日本政府は査察というものを一体どう了解しておられますか。
技術を一〇〇%よその国から学び取って機械をつくる、燃料はこうやって一〇〇%つくってもらう、だからそこへ査察をする。旧協定によりますと、濃縮ウランなんかあぶないのだから、おまえのところに売るけれども、売ったあとは責任持て、おれは知らぬぞというようなことが書いてありましたが、今度の新協定ではなくなっております。あぶなくなくなったという解釈もあるかもしれませんが、結局のところ、責任を相手方、買い手に持たすのは、普通の商行為なら当然のことでありますが、ただ先ほどちょっと質問をいたしましたように、これは三十五年か何かくくられるわけでしょう。そして一九八五年というとずっと前でありまして、それから日本独自の範囲というものがだんだん広がってくる。と
ちょっと聞き取れなかったのですが、断われるのですね。
この査察の問題は、核防条約が調印されたときにいろいろと問題となったところでございまして、この協定にも、核防条約が結ばれて——結ばれてというのはわが国が批准して、われわれがその中における燃料供給の行為をやっていくということになった場合には、そこの保障措置によってやるのだというようなことが書いてございまして、核防条約とのリンクと申しますか、そういうことがここに書かれております。 そこで伺いたいのは、この原子力協定によってわれわれは濃縮ウランを手に入れてわが国の原子力開発をやっていくわけでございますが、核防条約を結んだときにわれわれがまた同様な濃縮ウランを手に入れてやっていく手に入れ方、これはどんな関係がありますか、無関係でありますか
燃料供給の状態が変わらぬとしますと、燃料供給に関する限り、核防条約にわれわれが入らなくてもこの協定がある限り続くのだ、こう考えていいわけですか。