時間がないようでございますので、領土問題は戦後引き継いできた我々の当然の問題である、これは解決しなければならない。しかし、同時に核兵器の問題も、現実問題として一国の首相としては解決をしていただかなければならぬ問題だ。念頭に置きつつ、対ソ交渉のことをお考え願いたい。 質問を終わります。
時間がないようでございますので、領土問題は戦後引き継いできた我々の当然の問題である、これは解決しなければならない。しかし、同時に核兵器の問題も、現実問題として一国の首相としては解決をしていただかなければならぬ問題だ。念頭に置きつつ、対ソ交渉のことをお考え願いたい。 質問を終わります。
防衛庁長官、来ていますか。――来ておらぬ。何時ごろ来ますか。
今六時十分過ぎであります。時間を間違ったら戦争できませんよ。
今回提案されております安全保障会議設置法案でありますが、我々は、我が国の国防に関する最も重要な政府の意思決定機関、最終的な決定は総理大臣そのものでございますが、その総理大臣の考えを固めるについての諮問機関としては一番重要な意思決定機関である国防会議がございまして、この国防会議というのは、もともと昭和二十九年に防衛庁設置法の中にそれが描かれ、それを受けて国防会議の構成等に関する法律が昭和三十一年にできました。言うならば防衛庁があっての国防会議、こういう形になっておって、いかにもどうもよその家に部屋借りしている感じがぬぐい切れない。やはりはっきりと総理大臣に直結をしたこの種のものをつくって、そして一番重要な国の国防等に関する意思決定機関
一般的な話であれ、リビア攻撃をするという話でございますから、これはアメリカの第六艦隊が戦闘態勢で攻撃をしたわけです。アメリカは、地球上のある地域で戦闘を開始いたしましたら、当該地域のみならずその他の地域におきましてもアメリカ軍は警戒態勢に入るのが通例でございますが、防衛庁長官、アメリカ軍はこのリビア攻撃に対しまして他の地域で警戒態勢をとりましたか。
そういう場合には、日本にもアメリカ軍がおるわけでありまして、我が日本側には全く通知はしないわけですか。
我が方とアメリカとの間には、アメリカの軍隊と我が自衛隊とが共同行為をするいろいろな話し合いが行われ、またその作戦につきましても打ち合わせが行われたということを、総理が国会でも明言しておるわけでありますけれども、それほど緊密な関係があるのに、アメリカ軍がどこかで戦闘態勢をとっておるのに、我が方の政府はそれを全く知らぬままにやっておるというような状態でいいのでしょうかね。防衛庁長官、どう思いますか。
外務大臣は一般的な話としてリビア攻撃をやるということを聞いたという話ですが、外務大臣から防衛庁長官にすぐ連絡がありましたか。
日本の外交は極めて平和的な外交でございますが、きな臭いことは世界であちこちにおいてやっておるのでございまして、我が国に極めて近いアメリカがきな臭いことをやる場合に、我が方の自衛隊というものはその部面について我が国ではそれを担当しておるわけでございまして、その長である防衛庁長官が、アメリカがきな臭いことをやることに、知らされなければ知らぬという状態でおっていいのかなという感じがするのですがね。だから、リビア攻撃があってから何か連絡されましたか、防衛庁は。
少し古い話を伺いたいのでありますが、一九七六年九月六日に、ソ連のミグ25が函館空港に突然着陸いたしました。この事件につきましては、とんでもないことでございますから、日本政府は各省庁それぞれ対処に追われたわけでございまして、運輸省は航空法違反だからという考え方を持つし、法務省は不法入国だという考え方を持つし、また外務省は入ってきたソ連の空軍将校が亡命意思を持っておるかどうかというようなことを調べなければならぬと思うし、警察庁は航空機に銃砲がございますから銃砲等不法所持でやってきた、こういうことになろうと思うので警察が所管としてこれを扱わねばならぬと思ったようでありますが、防衛庁はどう思ったのですか。
ソ連の現役の航空機が他国へ着陸をしておる。それは軍事機密に属する部分が非常にある航空機でありますから、相手国としては、今防衛局長が申しましたように、その航空機をやすやすと日本の手にゆだねることはないはずでありまして、それを焼却する、あるいはそのために攻撃をするとかいうことが考えられる重要なことである。したがって、そういう事態に即して防衛庁はどういう態勢をとるかということを当然考えられたに違いない。どういう措置をおとりになったのですか。
それは、ソ連が軍事力を持ってやってくるかもしれぬ、このためにやった措置ですね。
やってくればどうするかということでございますから、当然実弾を持っていったのでしょうな。
この飛行機は二十四日に百里へ来ましたが、九月六日から二十四日まで相当な日数がある。その間いろいろな情報があったと思いますが、この異常な状態、しかもまかり間違えばソ連軍の攻撃を受けるかもしれない。それで、国防会議は開かれましたか。
これからがこの安全保障会議の話になるのでございますが、これは官房に置かれるようですが、そういう危急差し迫った状態があって、開かれなかった国防会議というのは一体どういうものですか、官房長官。
防衛庁長官はそのときは防衛庁長官ではありませんけれども、今までの国防会議というのは防衛庁で考えたことの追認機関みたいな仕事をしておったわけですね。もしこの航空機に対してソ連が何らかの手を加えようとすれば戦闘になる、そうしますと、内閣総理大臣が適法に火器を使用しようとすれば防衛出動を下命せざるを得ない。これは国防会議の仕事でございますから、防衛庁はそういう必要を感じて何らかのことをやったのか。結果的には国防会議は開かれなかった、防衛庁は先ほどのような措置をした、こういうことでございますが、措置をしただけで、何もしなくてもいいと言ってしなかったのか、それとも国防会議の開催の必要を感じその準備をしたのか、この辺を明らかにしていただきたい。
これは一九七六年のことでございますが、一九七八年にいわゆる栗栖統幕議長が、奇襲があった場合には超法規的な行動をしなければならぬという趣旨の発言をしたことで、退任をしていかれたという事件がございました。そこで防衛庁は、その年の九月二十一日に奇襲対処についての考え方を発表いたしました。慎重に検討しているのだということでございました。そのことは次の年度の防衛白書にも書いて印刷してございます。五十五年、五十六年と防衛白書に、慎重に検討し続けていることが書いてあるのですな。それからことしは一体昭和何年になりますかな。防衛白書に書かなくなったわけですね。これは慎重に検討を終わったのですか。
それはそのときでもそう言っておった。情報能力さえあるならば奇襲なんということは察知できると。察知できないから奇襲である。そんなことを言いながら、それなら偵察衛星でも打ち上げるのかというと、いや、それはまだ一般的汎用性を持っておらぬからという話で、打ち上げるという話は聞きませんが、情報とか探知とかするために全力を尽くせば奇襲である度合いは少なくなることは当然である。それならば情報探知をするために大いに前進をするかというとなかなかそうではないわけであります。口でそんなこと言っているけれども、実際は奇襲を探知するための大きな予知能力を政府が持っているように思えない。 先ほどベレンコ事件を出しましたが、これは攻撃ではなかった。しかし、あ
だから、奇襲の可能性はあるわけですな。 それから、偵察衛星などは飛ばすつもりはございませんな、防衛庁長官。
もう一遍伺いますが、奇襲はないと思っておられますか。