二十一年の何月だつたか、春から夏にかけてだと思うのですが、そのころに海員組合に出入りしていたことから知つているわけなのです。そうしてその後永山正昭氏から、党の方へ入党するように、活動にもう少し積極的に入つて来るようにということを言われておりましたので、私からはつきりした返事というよりは、まあ口でうやむやに承認していたというような状態なのです。それから昭和二十二年の何用だつたか、春に、私が西日本石炭輸送株式会社へ入りまして、そのときにはつきり私が入党することを承認したのです、それは五月か六月ごろだと思います。そのころ署名しております。それから永山正昭氏の配下に入りまして、ずつとオルグ活動を続けておりました。
