やらせるつもりもございません。
やらせるつもりもございません。
これは先ほど営業局長からもお話いたしましたように、各地方におきまして、この種の民衆駅の希望がたくさんあるのでございます。しかしその設計などにつきましては、地方の方では専門家もおりませんし、いろいろこちらの方に御相談になつておるのでございますが、ある場合には、設計事務所あたりにお頼みになつておるところもございます。そういうような場合に、鉄道会館の仕事に余裕ができましたならば、ここには相当のエキスパートもおりますから、そういう設計や何かの御相談に応じよう、こういう意味でございます。
これは鉄道会館はどうか知りませんが、私の方で高架線の設計や何かをやらせるつもりは毛頭ございません。
八重洲口のようなところに、先般来から御説明いたしておりますように、できるだけ国鉄といたしましても負担を軽少にいたしまして、民間の資本を導入して、そうして設計の上から見ましても、こちらの設計と合せまして、はつきり申しますと、こちらの駅設備のあいた部分にうまくマツチして、そしてお客さんの便利なものをこしらえ上げよう、こういうような意味におきましてはまつたく密接不可分の関係にございますし、また今後の会社が変な経営でもいたしますならば、まつたく八重洲口のようなものを台なしにするわけでございますから、そういう意味ではわれわれといたしましても、いわゆる会社と国鉄という区別はありますけれども、運営あるいは設計という面におきましては一体的に考えてお
鉄道会館の工事につきまして、鉄道の資材を使用さしておつたという実例はまつたくございませんから、その点ひとつご了承願います。
とにかく焼けましてから、これをどういうふうに復旧するかということにつきまして、何とかやらなければいかぬということは考えましたけれども、とにかくこういう設計ができましたのは私が参りましてから、しかも立花さんがやめて、相当たつてから、こういう案が出て来たわけであります。
もちろん八重洲口の本屋をつくれば、ここらあたりにできることはわかつておりますけれども、こういう設計がきまりまして、またこういうような構想でやる。たとえば加賀山さんが行く、立花さんが行くということは、私はまつたく知りません。
御承知のようにわが国におきまして、普通に何らの制限なしに建築し得る建物の高さは約百尺でございます。すなわち階層で申しまして八階になるのであります。しかしながら一般的な考え方といたしましては、わが国のように非常に狭いところで、しかも非常に利用価値のあるところは、これは私の個人の考えでございますけれども、必ずしも八階に押える必要はないのじやないか。少し技術的でございますけれども、八階の基礎をこしらえました場合に、これを十階にいたしますことは、基礎の金ではこれは同様でございまして、それほど金がかからない。そういうような場合には、私は日本の国におきましても、もう少し高い建物を建てていいのじやないか、これは外国に参りましても、そういうような感
あの前の部分につきましては、十二階ということで、それがきつかけで、長い間眠つておつた問題が起つて来たものだと私は考えております。あそこは八階でございましても、いろいろ交通の問題などで、もともと都市計画でうんと拡げられることになつており、これは一応は決定はいたしておりますが、非常に大きい場所をのけるというようなことは、実際問題として困難だと思います。しかしながら八階でございましても、駅前にあるのでありますから、駐車あるいは車がまわるというような事柄で、ある程度のかつこうはつけなければならぬのじやないか思います。たまたま十二階というような問題が起つて、それがきつかけで、眠つていた問題が起きて来たのじやないかというふうに私は考えております
地代のことにつきまして先般来からおしかりをこうむりまして、恐縮なのでございますが、あそこの土地の地代につきまして、根掘りにかかります前に査定をいたすのがこれは当然だと思います。しかしながら御承知のように、あの付近の地価の変遷を見ますと、少くとも一両年前までは、日本橋寄りの方が、私らの調査では高いくらいになつておりました。鉄道会館ができるということになりまして、あの付近の地価も暴騰して参つておるわけであります。従いまして、日本全国に土地を持つております国鉄の従来の地価の定め方というものは、きわめてお役所式でございまして、登記所に行つて売買の実績を聞いてみるとか、あるいは勧業銀行に査定してもらうとか、あるいは都の都市計画に参りまして、換
私の知つておる限りにおいて御返事をいたしたいと思いますが、非常に項目がたくさんございましたので、もう一度恐縮ですが……。
大丸百貨店との関係につきましては、ここで御説明するような詳しいいきさつを存じませんので、保留させていただきます。(鈴木(仙)委員「立花次郎のふところ刀だ、わからないことはないだろう。隠さずにおつしやいよ」と呼ぶ)ほんとうにわかりません。恐縮ですが、ほんとうに存じませんので……。(鈴木(仙)委員「よく知つているくせに、じようだんじやない。あなたは立役者だという評判だぜ」と呼ぶ)こういうふうなことにつきましては存じませんので……。(鈴木(仙)委員「すでにあなたの答弁の中に、十二階建てなくちや土地が損だと言つている。これは明らかに、あなたよくわかつているよ」と呼ぶ)それはしかし私の観念的な考えでございますから、大丸を入れるとか、何かしたと
私はほんとうに知らないので、御答弁しなかつたのでございますが、知らないことをひとつお話いたしたいと存じます。私、立花さんのお宅に参りましたのは、御不幸があつたとき一度参つただけで、ございまして、その後行つたことがないのでございます。たしか立花さんのお子さんのなくなられたころだつたと思います。(鈴木(仙)委員「いつごろです、そのときは」と呼ぶ)大分以前だと思います。(鈴木(仙)委員「どちらです、そのときは。」と呼ぶ)それは成城学園の方でございます。それ以来引越しの御通知も何もいただいておりませんし、伺つたこともないのでございます。
私が行つたときは、お子様がなくなられたときですから、戦後間もなくじやないかと思います(鈴木(仙)委員「それから加賀山さんは」と呼ぶ)加賀山さんの方は、私やはり場所をおかわりになつたようなことは聞いておりません。
ご返事いたします。実は東京駅と大林組というものは、非常に関係の深いものでございまして、これは私が聞いておるところでございますが、丸の内の本駅でございますが、これも大林組がとつたようでございます。それから私、東京駅には直接関係したことはないのでございますが、本省におりました関係で知つておる程度のことを御返事いたしますと、業界というのは、何と申しますか、割合に慣習的な事柄を重んずると申しますか、あの本屋をこしらえたときのいきさつなども一つの発言力と申しますか、そういう意味で指名競争をいたしましても、東京駅につきましては大林組が工事をとる場合が割合に多いようでございます。しかし大林組だけじやございませんで、私の知つておる範囲では、大林組と
幾ら使わしておるかよく存じませんが、とにかく使わしておると思います。しかしこれは鉄道工事をやります場合に、そのための飯場であるとか、あるいは見張り所であるとかいうものは、業務に支障がない場合におきましては、国鉄の用地を無償で使わしております。しかしながらこれは工事が終つた場合、あるいは工事が終わらなくても、こちらの必要ある場合には、いつでもどけるということになつておりますし、御承知のように順次プラツトホームもふえて参りまして、以前あつたような飯場も命令通りのけておるように私は聞いております。
濱地さんは戦争中ジヤワの方に行つておられまして、帰つて来て東京工事事務所長をやられました。
そうでございます。
さようでございます。
鉄道会館の仕事ももちろんやつておりましたけれども、それに限つたわけではなく、建築の関係全般を主としてやつておつたわけでございます。