そこで、データをどう保護するかという問題になってくるわけですが、先般私は文化庁に今回の改正を含めて今後残されている課題は一体何と何であるかという問題をお伺いいたしましたところ、七つぐらい挙げられたわけでありますけれども、その中にデータベースという問題が出てきておりました。今お話が出ましたプログラムとデータということ、このデータを保護する方向にあるんじゃないか、こう考えておりますけれども、どういう構想で進んでいるのかお伺いをしたいと思います。
そこで、データをどう保護するかという問題になってくるわけですが、先般私は文化庁に今回の改正を含めて今後残されている課題は一体何と何であるかという問題をお伺いいたしましたところ、七つぐらい挙げられたわけでありますけれども、その中にデータベースという問題が出てきておりました。今お話が出ましたプログラムとデータということ、このデータを保護する方向にあるんじゃないか、こう考えておりますけれども、どういう構想で進んでいるのかお伺いをしたいと思います。
新聞の報道を見る限り、データベースについてかなり煮詰まって、今のお話よりもう少し詳しく、例えばこれとこれはデータベースにふさわしいとかというふうな項目が列挙されていたように私は記憶するのです。方向性はわかりましたが、もう少し詳しく、何と何がデータベースに含まれるのか、著作物などもそれに含まれていくだろうと思うのです。現行著作権法にかなり抵触する部分が出てくるのじゃないか。現行著作権法は登録制度があって、どこに何があるかということを登録する制度になっておりますが、現実には余り件数は多くないように私ども承知しております。例えば、一人の人物がどういう著作物を持っているという著作の一覧などもそれに入ってくるような場合があるわけですが、その場
例えば英語の辞典がありますね。英語の辞典の編集の状況から見ますと、コンピューターを導入することによって容易に一あれは検索が問題でございますので、従来かなりの長年月をかけて、さまざまな労力が払われてでき上がってきているわけですが、人名事典であるとか事典編集という問題にかかわってはコンピューターというものが非常な威力を発揮するわけであります。そういうことになってまいりますと、既存の事典の値打ちというものが大幅に変わってくる。それが具体的な効力を発揮するようになる、特に著作権法上の効力を発揮するようになった場合、権利関係と申しましょうか利害関係が従来と少し狂ってくるのじゃないか。これは現場の話ですので、私どもは直接名前を挙げるわけにはいき
これは非常に興味深い著作権の問題であろうと私は思うのですが、時間の関係もありまして、こればかりやっているわけにはまいりません。この問題に関して最後にちょっとお尋ねしたいのですが、現行著作権法にも登録制度というのがあるはずでございます。今度の著作権法改正でもプログラムの登録が新たに具体的に制度化されるというようになっておりますが、現行著作権法の登録制度というのは私の認識では余り実効が上がってない。法制はあるにせよ余り登録されてないように私は受けとめておりますが、年間どのくらいあるのか、どういう実例が登録をされているのか、それによって一体何が保護されているのか、この辺を明らかにしていただきたいと思うのです。
時間がなくなりましたので、先ほどちょっと申し上げましたホームテーピングの問題、これは先ほど小林委員の方からるる質問があったわけであります。私もこの問題に触れたかったのですが、重複を避けて別の観点から少しお伺いをしてみたいと思うのです。 大臣、先ほどからずっと質疑を聞いておられたと思うのですが、家庭内の録音・録画問題、かなり深刻な被害が出ているわけであります。やはり文化行政としては創作者の意欲というものを大事にしていかなければならない。創作というのは、種をまいて実りをとるというような、具体的にこうすればこうなるというふうなものではないと私は思うのです。私もそうした編集や出版に携わっておりましたので、何月何日に作品ができると約束をし
ありがとうございました。今長官からお話がありましたように、著作者はそうした喜びあるいは御自分の一つの表現活動としての充足感がおありだと思うのです。問題は、その方々を支えている、例えば出版社、あるいはレコードであればそのレコードをつくっているレコード会社あるいはそれを取り巻いている作曲家、その周辺というものも非常に重要な意味を持ってくると私は思うのです。 私の乏しい経験では、例えば著作者と出版社の間では部数の契約がございまして、それに従って印税をお支払いする、何回かに分ける場合もございますが、有名な有力な作家の場合には売れようと売れまいとかなりの印税を保証しているような状況でございます。しかしながら、コピーがされまして具体的に作品
JASRACという組織がございます。歴史も古く、日常的にもJASRACは非常に活発に活動をしているように見受けます。例えば雑誌などにちょっと歌の楽譜や歌詞を載せる場合でも手続を要しますし、その場合にかなり細かい手続が必要とされております。昨今、いろいろな状況の中でJASRACから入金を迫られながら滞納して、厳しい対応をしなければならないというふうな現実の声を聞いたこともありますが、それほどきちんとした体制が今日まで整って歴史的に進んでおります。これでもまだ不十分な面がたくさんあると思いますけれども、このJASRACの著作権使用料の徴収あるいは分配、この実態についてかいつまんでお聞かせいただければと思います。
今お話がございましたような二百億を超える相当な徴収実績があるわけでありますが、私は、もう一方で、芸団協が著作権の二次使用の問題でいろいろと動いてまいりまして、そうした実演家の利益、あるいは何か年金等に用いられているというふうな実態も伺っておりますが、芸団協の方は実態はいかがでしょう。
関連してなのですが、仮定としてローマ条約に加盟した場合、いわゆる放送に携わる企業と申しましょうか、一時はもうつぶれてしまうぐらいの金を支払わなければならないというふうな話を聞いたこともあるのですが、いやそれほどでもないんだと。大体このくらいの勘定ではないかというような何か試算があるのですか。
このホームテーピングの問題やローマ条約については、もっともっといろいろとお伺いもしたいし議論もしたいところでありますが、私がこの著作権法の審議に当たって痛感しますのは、基本的にやはり著作権思想の普及ということだなということでございます。この統計など、最近著隣協からもらいまして、ホームテーピングの実態を見ますと、大体十七、十八、十九歳というこれぐらいの年代の若い人たちが非常なホームテーピングをしております。やはり意識は低いと私は思うのです。一応著作権法というのがあることは知っているようでありますが、これが大変な権利の侵害があり、文化の創造の上ではまずいことなんだという思想の普及が私は非常に大事だと思っております。前回も申し上げたわけで
終わります。
公明党の池田克也でございます。 最初に、今回の著作権法改正の意義づけあるいはその位置づけと申しましょうか、これについて大臣から御所見を承りたいと思うわけでありますが、若干私の意図するところを御説明いたしますと、去年は、いわゆる貸しレコードに関する貸与権の改正がありました。著作権については、時代の要請でいろんな不備な点あるいはつけ加えなければならない点、いろいろあると承知をしております。したがって、抜本改正というふうにはまだなってないようでございますが、私が今回の改正案を勉強する限りは、コンピュータープログラムについてのみ一つの対応をしたという部分改正のように私は受けとめているわけであります。これも、後から申し上げますが、非常に重
私が大臣にお伺いしたいのは抜本改正——抜本改正というとこれはいろいろと意味合いが広いのですが、これは政府委員からもお伺いした方がいいのかもしれませんが、現在検討中の著作権絡みと申しましょうか、いろいろな課題が並んでいると思うのです。私は、例えば出版をめぐる問題とかあるいはデザインをめぐる問題あるいはその応用にまつわるさまざまな周辺の問題、今回プログラムが出ておりますが、当然付随してデータベースの問題なんかも出てくるのじゃないかと思っております。今文化庁の中で具体的な準備をしておられるかどうか、私は正確なことはわかりませんが、もしできるならば、これから先どんな方向でこの問題が進んでいくのか、御説明いただければと思います。
大変たくさんの項目が挙がっているわけでございます。昭和四十五年にたしか改正されたわけでございますが、その当時も、あるいはそれからかれこれ十年ぐらいの間、著作権というのは余り大きな変革を見なかったように私は理解をしております。しかしながら、ここ数年来の動きでしょうか、この問題がいろいろと新しい時代に即応して法律を直していかなければならない、こういうふうな状況に立ち至っているわけであります。 今いろいろ挙げられた中で、私どもは長年関心を持ってきた問題に、出版物についての版面権と俗に言われておりますが、私も自分の過去にそうした編集の仕事をしていた経験もありまして、何回もこの委員会でこの問題についてはお尋ねをしたこともあるわけでございま
非常に重要なテーマでございますので、ぜひこれについて適切な対応をお進めいただきたいと思うわけでございます。 そこで、今お伺いしました出版に伴う版面権にいたしましても、しょせん情報の処理をめぐる知恵と申しましょうか、処理をめぐる創作ということになるわけでございまして、今回法律として出されておりますプログラム権についても、やはり情報の処理という点では私は共通項があるのじゃないか、どんなふうに思うわけでございます。もともとの情報がある、これについての処理に一つの創作性を認める、こういう二段構えのことである。この点について私なりの解釈でございますが、今版面権の話が出ました。原稿がある、これを処理する、あるいはそれを出版にふさわしいような
今三段構えとおっしゃっていたのですが、例えばシナリオを役者が舞台で演ずるというしぐさそのものはどういうことになりますか。
そうすると、今のプログラムについても、一つのシナリオを演ずる、二段構えか何だかわかりませんけれども、そこに今度は演出というのがある。いろいろなものが加わって隣接して保護されていますね。プログラムも隣接的な意味を持つ。逆に、プログラムというものが著作権として認知されるとなると、隣接されているそういう演技や所作もそれはもう隣接じゃなくて本体だ、こういう議論は出てきませんか。
要するに、隣接権の問題もいろいろと議論があって私どもも御意見を承っているところなんですけれども、演技みたいな固定することがなかなか難しい——従来の著作権の考え方は、一つの思想というものを固定した、そして五感でそれを感知できる、こういう状態の中で権利が与えられ、侵害することについてそれはいけないというふうに決められていたわけなんですが、今回、今までの著作権とは抜本的に違うと私が思うのは、プログラムそのものは何らかの加工をして動かさないと五感にはわからない。これは大変な科学の発達といえばそうなんですが、非常に新しい概念が著作権法に入ってきた。これはこれでいいと思うのです、我々もそのつもりでこの法律を勉強したりこれから議論していかなければ
いろいろ御説明いただいたのですが、基本的には非常に新しい、今までにない要素が加わった、私はこう思うのです。ですから、これをこれから著作権法だといって国民の皆さん方に理解をしてもらう、これはなかなか大変なことじゃないかと思うわけでございますが、もう一つこの著作権の問題として出てきたのは、初めて——初めてと言うと大げさですが、文化と産業というものの接点、こんなふうにも私はとらえるわけであります。最近、文部行政あるいは文化庁の行政と通産行政といろいろかみ合う点が出てくる。例えば臨時教育審議会のいろいろな審議などを私ども部内で議論などしておりましても、やはり競争原理の導入であるとか、産業的な発想がいろいろ入ってくる。これは私は時代の要請だと
この話をいろいろやっておるとまた長くなってしまうので、ちょっと次の問題に進みたいと思うのですが、私がここで取り上げたいのは著作権思想という問題なんです。だんだん複雑になってまいりますし、一番最初にお話が出ましたように、今問題とされておることもたくさんあるわけです。ホームテーピングの問題なんか私は顕著な例だと思うのですが、国民の中に、こういう著作権を侵害してはいかぬということを余り知らないんじゃないか。基本的にこの著作権思想というものが日本では、欧米と比べて、あえて欧米と比べてというのはちょっと当たらないかもしれませんが、私自身の認識にしても、自分の周辺を見渡してみても、著作権思想というのは日本には余り根づいてないのじゃないかな、私は