その問題はもっといろいろ細かくお伺いしたいところですが、先へ進みたいと思います。 父母の意見を吸収するということが教育にとっては非常に大事だと私たち前から主張してまいりました。今日までの審議の経過の中で父母の意見というものが十分に聴取できたかどうか、これはなかなか数も多くまとまりが難しいと思うのでありますが、端的に、父母の意見が十分聞けたかどうかという点、私も今までの主張からいってぜひ確認をさせていただきたいと思っておりますので、お聞かせいただきたいと思います。
その問題はもっといろいろ細かくお伺いしたいところですが、先へ進みたいと思います。 父母の意見を吸収するということが教育にとっては非常に大事だと私たち前から主張してまいりました。今日までの審議の経過の中で父母の意見というものが十分に聴取できたかどうか、これはなかなか数も多くまとまりが難しいと思うのでありますが、端的に、父母の意見が十分聞けたかどうかという点、私も今までの主張からいってぜひ確認をさせていただきたいと思っておりますので、お聞かせいただきたいと思います。
私がお伺いしたかったのは、今日までの経過の中で父母の意見をどういうふうに聴取できたか、公聴会を、伺っておりますと数も二百五十人前後でございますし、回数にしても数回という状況で、私が感ずる限りでは、父母の意見の聴取というのはなかなか手間のかかる面倒なことだと思います。しかし、これなくしては教育の改革というのは実効を伴わない、こう思っておるわけでありまして、端的に申しまして、この父母の意見の代表の一つのあらわれは国会だと思うのです。私ども、地域から非常にさまざまな意見を反映して選ばれて国会を構成しておりまして、日常活動として非常に有権者の方々と接触をしております。とりわけ父母の意見は私どもに頻々と寄せられておりまして、できるならば今後第
もちろん自由な討議を私どもは妨げるものではございません。ただ、今申し上げたように、父母の意見とか本当に多数の国民の声というものの一つの集約が国会の場であると私たちは思っておりますし、日常そうしたものをここでいろいろ議論しております。したがって、ぜひ国会の意思というものを十分答申に反映させるような姿というものをお願いしたいと思っておるわけなんです。 先に話を進めますが、第一部会に割り当てられた課題として、地域社会についてのテーマがあるわけでございます。この地域社会については、長い長いテーマになっているようでありますが、「教育に関する学校、家庭及び地域社会並びに国・地方公共団体の役割」というような文言が「概要」には並んでおりますが、
そうしますと、このメンバーの組みかえ、そうしたこともだんだんと起きてくると考えてよろしいわけですね。ヒアリングという問題がしばしば今日までの臨教審のあり方で出ました。私、教育現場や父母の声をということで、この場でも総理にも伺ったのですが、総理は、国家的、大局的な観点から議論できる方々をお集めして、そうした父母や教育現場の方々はむしろヒアリングで補えばいいじゃないか、こういう答弁だったわけなんです。 〔委員長退席、白川委員長代理着席〕 私もそれはわかる気がするのですが、ヒアリングというものは、言葉を媒介としまして、言葉はだれでもお互いに自由に討議できるのですが、なかなか言葉にならないいろいろな意思表示というものがあるわけで
私がなぜこういうことを申し上げたかと言いますと、最初のいわゆる正委員の人選のときに現場の方々が少ないということを岡本会長も意識していらっしゃって、報道によりますと、専門委員の人選で補おうとされたように私は見たわけです。いよいよ専門委員が具体的に発表になりました段階で、やはり同じような人数の状況で、これは本当に十分に現場の声が反映できないのではないかな、そういう心配を持ったからそう申し上げたわけで、今の補強するということも考えられるという御答弁を私は承って、最後の質問になると思うのですが、次へ進んでいきたいと思うのです。 これも、石川先生もお帰りになりましたのでお伺いしたいのですが、これから答申されるさまざまな形の中で予算というも
時間ですが、今の御意見について私の感想を申しますと、これがないと実際の改革にならないのじゃないか。当然国会にかかってくると思います、諸制度の改革でございますから。先ほどの六年制高校にいたしましても、先生方の免許あるいは給与の変更、さまざまなことがこの中にも出てくるわけです。それは全部予算に絡んでくる問題でして、それがくっついてこない限りは、これは答申とは言えない、失礼ながら乱そういう感想を持つわけでして、これについての作業や検討を今後なさらないとうまくないのじゃないかな、この点は岡本会長からお伺いしたいのですが……。
終わります。
若干ダブるかもしれませんが、看護婦の養成問題について絞ってお伺いをしたいと思います。 毎年この国立学校設置法がこの委員会にかかりまして審議されておりますが、文部省としては、国立大学が持っております看護婦養成機関を逐次計画的に短大化する、このように考えてよいのか、その計画はいつまで続くのかお伺いをしたいと思います。
わかりました。しかし、方針として、時間のかかり方はともかくとして、専修学校を全部短大化するというふうに考えていいのでしょうか。
専修学校とこの短期大学との違いですが、特に看護婦の養成に関して、年数は共通した三年というふうに伺っておりますが、教科内容がかなり変わってくる。私昨年もこの問題をお伺いしたことがあるのですが、制度上いろいろ利点があるというふうに伺っておりますが、端的に、短大昇格のメリットと申しましょうか、どのような点があるか、お聞かせいただきたいと思います。
確かに、短大の方がより基礎的であり、内容もいいと私も思うのであります。 そこで、国がいろいろと短大化していくということでありますが、しからば、看護婦さんの養成の全体の姿の中で、これが一体どういうことになっていくのか。一般論としてまず文部省から、看護婦養成の実情と申しましょうか、どういうシステムで、かなり複雑な三本立てか四本立てぐらいの看護婦さんの養成の道筋があるようでございますが、厚生省にもおいでいただいておりますので、固めてお伺いいたしますが、文部省としての考え方がくっきりとわかるようにお示しいただければと思うのです。
同じ問題を厚生省からお伺いしたいのです。 厚生省の方は量的に大変多くを養成していらっしゃるように伺うのですが、文部省とはまた違った厚生省側の一つの意味合いと申しましょうか、できれば対比して理解できるようにお話しいただければと思うのです。
重ねて、養成のあり方については大枠をお聞かせいただいたわけですが、しからば看護婦さんの生活実態と申しましょうか、生活というとちょっと語弊があるかもわかりませんが、生活も含めた実態ですね。働きながら学習をして准看から正看になる。私もいろいろな実情を伺っておりますが、なかなか厳しい。苦学しながら使命感に燃えてその道を進んでいらっしゃる若い方々も大勢いらっしゃると伺っております。私は、後からこれはまたお伺いしたいと思っておりますが、国立の諸施設、諸学校が短大化されて、片方は非常に整備され、優秀な人材が集められ、進んだ教育がなされる、これは大変結構なことであります。しかし、片方において、病院附置の専修学校あるいは医師会立の専修学校等、日常の
今ちょっとお話が出ましたそういう時期という部分なんですが、看護制度検討会というのが発足したというふうに伺いまして、先月三月二十二日に第一回の会合が開かれたと伺っておりますが、この発足に関する趣意書のようなものを拝見しますと、「医師の技能の専門化をはじめとして、多様な医療関係職種の分化が進行してきた。」確かに、同じ内科と言われましても非常に種類が分かれ、今までの考え方では追いつかないくらい進んできている。恐らく看護婦さんの養成についてもそれに応じたことが要請されるだろうと思う。「看護婦については、時代の要請に対応して教育の在り方を検討し充実させていくことが、重要な課題となってきている。」こう指摘をしておりますが、率直に申し上げて、准看
実は、私がこの問題に関心を持ちましたのは、ある一人の准看護婦さんから相談があったことに端を発しているわけであります。その人は准看護婦の資格を持ち、かれこれ十年そうした看護婦の仕事から離れていたわけでありますが、最近職を得て再び自分の持っている技能を生かしたいと私のところへ相談に見えたわけです。東京ですけれども、私は三つの病院に当たりました。ある大きな国立病院では、三百人の看護婦さんがいらっしゃる中で准看は今日一人しかいない、三百対一である、そういう状況でしたが、一カ月だけアルバイトとして働いておりました。非常にまじめな人で評価も高かったわけでありますが、その後新しい人が入ってまいりまして継続できなかったわけであります。もう一つの病院
終わります。
私は、公明党・国民会議を代表して、ただいま議題となっております昭和六十年度政府予算三案に対し、反対の討論を行うものであります。(拍手) 予算審議に加わって痛感いたしましたことは、GNP一%枠を守るという政府の公約、そして「増税なき財政再建」という至上命題、この二つが政府の手によって空文化するという非常事態が訪れたということであります。総理の答弁は、「GNP一%枠を守る」という昨年の国会から「守りたい」に変わり、「増税なき財政再建」は単なる努力目標となり、かわって大型間接税の導入も既にやむなしといった世論形成さえ企図しているかのごとき感を受けたのであります。この二つは、二十一世紀を目前にした六十年代の我が国の進路や国民生活に重大な
最初に、教育減税の問題についてお尋ねをしたいと思います。 先ごろ、予算修正をめぐる与野党合意がございまして、その中で、教育減税の六十年中実施について、書記長・幹事長会談の責任において与野党間で検討し、実施するとの合意がなされました。先ほど来、総理の御答弁を伺っておりまして、不公平税制の問題等に関して、年収二百万から八百万程度の方々の暮らし、住宅ローンとか塾の費用とか、非常に大変であるという趣旨の話が出まして、そうした実情にかんがみて、この教育費というのは大変家計を苦しめている、こういう実情でございますので、私たちはぜひともこれを実現させたいと強い願いを持って予算の修正に盛り込んだ、こういう経過があるわけでございます。 最初に
大蔵大臣にお伺いしたいと思いますが、私が伺いました範囲では、この教育減税というのはかなり長い議論が続いた経過があるようでございます。文部省は昭和三十九年から五十二年まで十四年間教育減税を予算要求をしてきた、こういう経過があるわけでございますが、その議論の中で幾つかの理由が挙げられまして、ついに実現を見なかった、こういう経過があるわけで、改めてそういう大変な議論の中で再びこの教育減税が登場してきたわけでございます。 最初に、大蔵大臣としてこの教育減税をどのように見ていらっしゃるか、お伺いしたいと思います。
今御指摘がありましたような議論は私も伺ったわけでございますが、以前の十四年間にわたる教育減税の議論のときには、たしか文部省からの要求は、義務教育を除いて幼稚園と短大も含んだ大学まで、つまり幼稚園、高校、大学までの教育費の負担を減税で面倒を見る、こんなふうな要求だというふうに私は聞いているわけでございますが、そのとおりでしょうか。