ありがとうございました。終わります。
ありがとうございました。終わります。
教育改革が非常に大きな政治的なテーマになって随分時間が経過するわけでありますが、きょうは、教育について親の立場からどう考えたらいいか、私も常日ごろ、子供の親として子供を学校に行かせておりますが、なかなか思うように先生方ともあるいは学校の現場とも行き来ができない、いわゆるもどかしい思いをしているわけであります。多くの日本の親御さんも、教育を心配する、しかしながら忙しさに紛れてなかなか教育について物が言えない、難しい状況であろうと私は思うのであります。 一番最初に、大臣の今置かれているお立場として、親は教育にどのようにかかわっていくべきか、大変大きな問題であろうと思いますが、所見をお伺いしたいと思います。
これは、教育と親というのは非常に古い問題であろうと思うのです。しかし、国民的合意がなければ、というよりは、国民的合意を背景にして教育を大きく変えたい、今のままではいけないというのが、今非常に大きな関心を持っている教育改革の大ざっぱな感覚だろうと私は思う。その国民的な合意というものは、やはり親が必ず、当然のこととして関与してくるわけです。 各政党も、選挙の際に教育改革を公約に掲げました。また世論調査におきましても、多くの人々が教育改革に強い関心を示しているということがデータとして出ています。私は、やはり子供の親として、多くの国民は教育がどうなっていくのだろうかという心配をすると同時に、自分が過ぎてきた、自分が経てきたかつての教育の
今の御答弁の中で、親の代表に入ってもらうのも一つの考え方だ、こうおっしゃっておられますけれども、親が入らない臨教審というのもあるのでしょうか。
私、この問題を取り上げるに当たって、いろいろ調べたり考えたりしました。 重ねてお願いと申しましょうか、提言を申し上げるようでありますが、他の専門家また親でありますが、むしろもうこの人は親という立場でしか選べないような、そういう状況でぜひ親という立場をいろんな意味で使用していただきたい。つまり、戦後の教育のいろいろ変遷の中で、教育権という言葉がまだ十分に私たちにも使いこなせるというか、こなせていないと思いますけれども、教育を受けさせる一つの権限と申しましょうか、義務と申しましょうか、戦前は国家であった、そして国家が国家の一つの目的に沿った青少年の教育をした。それにいろいろと反省も加えられて、戦後、教育基本法ができて、そこに親の教育
今の大臣の御答弁にちょっと漏れがあったように思います。教育権、つまり教育をする権利というのは、いわゆる昔は政府、国が持っておった。戦後の新しい制度の上では、親がそれを持つようになった。親の委託を受けて教師が子供たちに物を教える、学校は親の委託、信託のもとに子供たちを教育する、こういう考え方、正しいのだろうと私は思っておりますのですが、これでいいんでしょうか。局長、いかがですか。
このところはいろいろな学説もあるようですし、非常に議論もあるところだと思うのです。 私は、ここでしち面倒くさい学説や理屈をこねるつもりは毛頭ないのですけれども、次第次第に親と教育というものが離れていくような感じを実は持つのです。その原因の一つは、親が忙しいということもあると思うのです。ですから、例えばPTAなどにも忙しいから必要最小限、どうしても行かなければならない進学の指導があるときとか、一人一人の面接で子供の進路についてどうしても親が行かなければならない、これは行きますけれども、それ以外のときには、忙しさにかまけてとよく言っておりますけれども、なかなか学校へ足を運ばない。行く人は一生懸命に行っているようですが、押しなべて、す
かれこれ一%でありますが、PTAが組織されていない。今の答弁によりますと、新しいからないのだということでありますが、この調査の中には、特段の必要性もないというふうな答えも出てきているわけでございます。 こういうようにPTAを持たない学校というものについて、文部省はどういう立場に立って、それはそれで仕方がないということになっているのか、その辺はいかがでしょうか。
私が、そのできない理由だとか、ない学校とかというのをなぜ取り上げたかといいますと、PTAについての必要性と申しましょうか、もう一つ突っ込んで言うならば活動の停滞と申しましょうか、これはある報道を一つの手がかりとして私、この問題について関心を深めたわけなんです。 PTAの活動が停滞している、いや活発にやっていますよといういろいろな御意見があると思います。しかし、私も短い時間でしたが、何人かの専門家の方や父母の方や学校関係者に当たってみましたが、確かに一時ほどの熱気というものはない。PTAというものが今日一つの曲がり角に来ている、こういう感想を漏らされる方があるわけなんです。詳しいデータをもとにして私、申し上げているわけではありませ
今の答弁では、大して問題はないとお考えのように私は承ったわけであります。 実は私は報道によって知ったわけでありますが、PTAの全国協議会に社団法人化の動きがある。しかも、これが本年の一月に決定されて、目下その法人化の準備を進めている、こういう報道を見まして、私、ちょっと驚いたわけでございます。というのは、何か新しい動きなのか、確かに停滞とか曲がり色とかいう声は聞いておりましたが、それに一つ新しい動きとして、活性化の息吹を吹き込むというのでしょうか、文部省としてこれに助言を与えたのか、一つのゴーサインを出したのか。私は、教育現場における親と子供たちの関係を支える最大の団体であろうと思いますが、教育界におけるこの大きな変化というもの
これは、もし社団法人として認可申請が出てくるとすれば認可されることになるのでしょうか。
今話が出たとして聞いていただきたいのですよ。 要するに、話が出たら考えるじゃなくて、PTAというのは最も大きな親と子の組織だと私は思うのです。それはもう日常の教育活動に一番大きな影響を持っている。先ほど初中局長の答弁にもありましたけれども、親と教育というものは切り離せない、非常に大きな意味を持っている。しかも、その最も大きな団体、これが一私は、その法人化がいい悪いということを、ここで私自身として答えを今持っているわけではございません。しかし、局長も報道をごらんになったと思いますけれども、明らかに報道では法人化のための準備がなされている。しかも、その会長が新聞に語っているのですから、正しいかどうか、これは間違ったことは伝えてないと
ということは、申請されれば認めていこうという方向のように私は受けとめるのですが、さて、これが法人化されると「歴史的改革」だというふうに新聞は報じているのです。「民法上、文部省との関係も、業務の監督を受け、必要に応じて行政命令を受ける立場に変わるからだ。」こういうふうに伝えられますと、従来任意団体として、さっきあったように、組織してもしなくても文部省としてはとやかく言う立場にない。我々も、そうか、親が自分たちの子供を学校に出して、それをどのようにするか、本当に善意を持って見守る集団、もちろん無報酬、本当に教育に関心を持つ人たちの集まりがPTA。その全国組織が文部省の社団法人として指導監督を受ける立場になってくるとなると、これはちょっと
今のお話の中に、財政的基盤というお話が出てまいりました。私がいろいろ調べた範囲でも、このPTAの強化という話が出ておりましたが、基本的には財政的強化、つまり社団化して、そこに政府からのそうした資金的な受け入れをより一層しやすくする、こういうもくろみがあるというふうに伝えられているわけですが、仮の話ですけれども、社団化した場合にはそうした予算的な措置というのが具体的になされる、こういう方向になっていくのかどうか、これは局長の方からお伺いしたい。
それなら何も、いや、中央の統制が強化されるなんていう誤解を招きそうな社団化に余り進めなくてもいいのじゃないかと思うのですね。やればこれだけのことができて、こういうお金をきちっとつぎ込んで、PTA活動が非常に活性化するし、それが教育と親をつなぐために非常にいいのだということであれば、また私もそれについて判断させていただくわけですけれども、財政的にもそう大きな変化はない。社団になったからといって、そう大きな変化はないのだ。しかし、あくまでも社団というものは、民法上の届け出をする。設立をする手順からいうと、やはり所轄の官庁があってその認可をもらわなければならない。物が言えるような状況にもなるということですね。そうなればまた、いよいよ教育の
推測で物を言っちゃいけませんから、一遍事情をお聞きになったらどうでしょうか。そして私の方にも、どういう事情でどういう方向になっていくのか、ぜひそのやりとりについてお聞かせいただきたい。今までこの委員会にいろいろな議論が出てきたわけですが、PTAに関する議論というものは余り具体的にはなかったように思います。しかし、私は大事な部分だと思っておりますし、ある意味では新しい動きが出てきた、これは教育を左右する一つの意味を持つのじゃないかと心配もするわけでございますので、もう一歩突っ込んで事情をお調べいただいた上でこの委員会に御報告をいただくのが一番適切ではないか。 PTAの今後について昭和四十二年の一つの答申があった、そのままでいいとい
要するに、おっしゃるとおり推測はいけませんので、新聞に出てくれば、しかも新しい話なのでお伺いしたわけでございますので、ぜひそうした点で、文部省に呼んで改めてということは、これはいろいろそちらの御判断でございますが、国会で聞かれたのだろうということになれば、これまたそれに対応はできるだろうと思っておりますので、よろしくお願いしたいと思います。 問題を次へ移します。 実は、そろばんの話なのです。これは、ついこの間もテレビでちょっとそろばんの話が出ておりましたのですが、余り時間もございませんので、小学校における算数の教育課程の中でそろばんというものがどう位置づけられているか、こういう問題についてのお尋ねでございます。 率直に言
大臣がそろばんに関心を持っていらっしゃる、これは大変——私もそろばんは大事だと思っておりましてこの質問を取り上げたわけですけれども、ちなみに数学教育学会の調査では、算数の指導に計算機を用いることに賛成した先生は四%だ、こう言われておりますし、また商工会議所で五十八年に行った父母を対象にした調査でも、いわゆる電卓を算数の授業に使うことに賛成した人は五%だった。ところが、五十五年の五月に最終改正された理科教育振興法施行令というのがあるのだそうですが、公立、私立を問わず、全国の小学校で一学級の児童数に見合っただけの計算機具、すなわち電卓が国の予算によって購入できる処置がとられた、こういうことでございます。これはそれぞれの学校の状況に応じて
この問題は、そんなにいつまでもこだわってお伺いするつもりはございません。つまり、先ほど大臣から御答弁が出ましたけれども、基本的なことをきちっと教えていく。これからの教育のあり方ですが、小学校教育については、特に「読み書きそろばん」、こう言われておりますように、今は少しいろいろなことがたくさん課せられているんじゃないか。むしろもうちょっとすっきりして、きちっと文字を書くこと、文章を読むこと、数について間違いなく計算が進んでできること、こうしたことに絞っていくべきだ。 私は、小学校の内容について最近の状況をいろいろお伺いしますと、先生方の負担も大変重い。これはカリキュラムの問題になりますけれども、もうちょっとこれを整然として、「読み
わかりました。 そろばんの問題は以上で終わりまして、次に修学旅行と飛行機という問題についてお尋ねをしたいと思います。 この問題は、私、前から、実はロッキード事件なんかをやっていたときから考えておりました。貿易摩擦を背景として我が国に対してドル減らしということで航空機の導入が随分と叫ばれた、そんなような状況の中で、子供たちの見聞を広めるために飛行機は非常に大きな手だてだろう。むしろ国で修学旅行用の飛行機を何機か持って、十分これを運用して、中国でもあるいは諸外国でも行かせる。日本が貿易摩擦で指摘をされるほどお金があるならば、こういうことにむしろ一当然子供に対する投資は十分これは将来にわたって生かせるんだから、こんな考えを実は私、