はい、そうでございます。
はい、そうでございます。
認識としてはありません。
それにつきましては、訴追のおそれがあるので、答え、控えさせていただきます。
まず、運用報告書というのが、基本的には出したのが二千、金融庁に出したのも二〇一〇年の三月期と一一年三月期でございます。お客様に出したというのは、私、ちょっと回数ははっきり分かりませんが、二〇一〇年の三月期だと思うんですけれども、それに対して、これ、監査報告書じゃなくて、今まで運用報告書というのを作っていなくて、で、運用報告書というのを、私募ファンドでやるということで基本的には出さなくていいものだと思って、昨年の十月、十一月、十月、十一月ですね、の関東財務局のヒアリングによって初めて出したというのが現状でございます。 で、私としても、監査報告書という認識ではなくて、あくまでも任意に出せる運用報告書であるという認識でいました。で、直
萩原、会計士の先生が作ったというわけではなくて、その数字に基づいてその形の編さんをしたというふうに理解していただきたい。
年収につきましても、三千六百万かどうかという、正確な数字かどうか分かりません。ただ、そのぐらいだろうという認識でございます。 で、それだけでしたね。はい。済みません。
英語は全くしゃべれません。
私とちょっと、大差、大差ないと思います。
全くかかわってなかったと思います。
もちろん出張は何回かしています。私も行っていますし、それからほかの社員も行っていますから、一人で行ったということはないと思います。
そういうわけではなくて、実は私どもの会社では、先ほど言いましたように、ミレニアム・アソシエイツという会社、それから株式会社AIJ、AIM、それから東京年金という話出ましたけれども、そういうところの要するに帳簿付けをずっとやっていまして、その管理というだけですから、基本的にはその範囲。で、海外のものというのは、英語もそんな堪能じゃありませんから、特別はやっていなかったと思います。
まず、架空の運用というのは、まずなかったと思います。 で、もう一つ、それと、私の私的にお金を入れるとか、取ったとか、回しているとか、そういうことはまずやっておりません。
まず、それに答えるに際して、二十三年十二月末の、昨日初めてSECに行っている資料を見まして、見ましたら、二十三年末ですね、これが二千三、現預金で二千三百万。それから、有価証券となっているのは、子会社の、私の持っている、子会社の株だけです、で、トータルで八千八百万円です。五万円額面のです、八千八百万。それと、マンションで一千万と。以上、一億二千百万。 それで、現在が、私、見ましたんですが、基本的に、子会社の株が、だったかな、九千九百万、それから現預金が、ちょっとこれ分かりません、全部押さえられていて。それから、マンションがなくなっております。 以上でございます。
これにつきましては、西村社長が、当初、二〇〇二年の九月、八月、九月のときに会社がかなり倒産状態に陥っちゃってですね、逆に言ったらかなりの金額のマイナスが出たと。それで、証券会社としては立ち行かなくなっているということで、基本的に増資をしていけば何とか立ち上がっていくということなんで、そこから未公開株投資ということで、将来良くなっていくと、私がやればできるというふうに思って、投資していきました。トータルで、この間の前回の衆院の説明のときには、一億五千万、一億五千万という形で二回やって、その後個人もやって、ストックオプションを起こしてと、トータルで約十億近いお金がアイティーエム証券に流れたと思います。 そのときに、私のお金というのは
私は、今まで衆議院の証人喚問のとき申し上げましたけど、西村社長の件に関しては、訴追のおそれがあるから私は回答を控えたいと申し上げている次第でございます。
この金額につきましては、私が受け取ったわけじゃありません。金額は定かじゃありませんが、額面と、何ですか、二〇%引かれた後と二〇%引かれた前とちょっと、私、今正確な数字覚えていません。十何億、何億、何億ですかね、十三億か十四億かいうところだと思いますが、分かりません。 ただ、これにつきましては、私がお金入ったという認識をちょっと、これは全然違いまして、投資事業組合というのは基本的にはファンドが全部持っていますから、それだけは認識したいと思います。
これは投資事業組合が受け取ったわけで、私が受け取ったわけじゃありません。はい。
投資事業組合につきましては、五組合全部入れて差っ引きで残っている金額は、前回、衆議院でお話ししたとおりの数字だと思います。
運用がいいか悪いかと言われた場合に、当然悪いよりもいいに決まっていますから、いい方を選ぶと思います。
そのときは、虚偽じゃなくて水増しですけど、水増しのNAVということでいうならば、当時は基本的には、そういうことを示すことによって集めたというんではなくて、基本的に集めたという考えはないんですよね。そこだけはちょっと、私、申し上げておきたいと思います。