今の亀田委員のおっしゃるような事項は、かりにその事件を担当しております裁判官でないといたしましても事柄は司法行政に関するものでございませんから、裁判長に意見を徴してもおりすせんし、また徴すべきでないと私は考えます。
今の亀田委員のおっしゃるような事項は、かりにその事件を担当しております裁判官でないといたしましても事柄は司法行政に関するものでございませんから、裁判長に意見を徴してもおりすせんし、また徴すべきでないと私は考えます。
お言葉を返してたいへん恐縮なんでありますが、こういう制度を作るかどうかについては、それは最高裁の意見を徴しなければならないと思いますが、具体的な事案において最高裁判所の意見を徴するということは、司法と行政の混淆であると私は思います。
お言葉を返してまことに恐縮なんでありますが、さような場合に、最高裁判所の意見を聞くといたしましても、最高裁は意見を述べる制度が私はないと思います。また、意見を求める窓口さえもないと私は思います。
数を私は覚えておらぬのでありますが、そういう大臣に一々相談申し上げるまでもなく、こんな事件は異議を述べるべきものでないというので、私どものほうでアウトにした事件は相当数ございます。
大臣まで私のほうから上申をして、大臣のほうからいかぬと言われたのは、私の記憶にはございません。私どもの手元でアウトにしたのは十数件あると思います。
その点につきましては、現行法においても同じなんでありますが、執行停止の決定をする前に裁判所か意見を求められますのは、きわめて早急な期日を指定されまして、場合によりましては、電話で、三日以内に意見を述べろという場合さえも実例として私は経験しておるのであります。それでありますから、事柄が中央官庁の所在地である東京地方裁判所におきます場合には、おっしゃるとおり、異議を述べるべき事件ならば、 その裁判所の指定した期間内に総理大臣の異議を用意するということも必ずしも不可能ではございません。ただ、遺憾ながら、行政庁は日本全国にまたがって散在いたしており、したがって、処分行政庁の所在地におきまして提起されます行政事件訴訟におきまして、裁判所が具体
お言葉を返してはなはだ恐縮なんでありますが、本法案をお読み下さればわかりますように、この場合の即時抗告には、民訴の即時抗告と違いまして、執行停止効力は持っておりません。ですから、即時抗告の段階で争っていけば事が足るというような事案は、むしろ内閣総理大臣の異議を申し述べるのにふさわしくない事件なんでありまして、即時抗告を持っておられないというような場合が、むしろ内閣総理大臣の異議を申し述べる必要のある事件に当るのであります。
ちょっと先ほど申しあげるのを一項落としたのでありますが、内閣総理大臣の異議申立書を準備する期間が間に合わないという場合のほかに、一たん停止決定があった後にそういった事情が起きる場合も考えられます。それからまた、従来そういった例があったのかとおっしゃいますのに対しましては、私が経験いたしましたのでは、市町村の廃置分合に関する知事の処分が争われまして、執行停止の申し立てがございました。ところが一方、補欠選挙か総選挙のときでありましたかわかりませんが、選挙の期日が差し迫っておりまして、この執行を停止をされたのでは選挙事務が行なえなくなる、実際上行なえなくなるという差し迫った事情がございまして、執行停止に対する内閣総理大臣の異議の申し立てを
ただいま杉本参事官がお答え申し上げましたように、このたびの整理法案を作る段階におきましても、この約二百の法律にわたる行政処分について訴題前置を要望するという行政庁側の熾烈な要求があったわけでございますが、行政庁といえども、この訴願前置の例外に関する基準が三つあって、その三つの基準に当たらなければ前置は認められないのだということは承知をいたしておるのでありまして、ただ、自分のほうのこれこれの処分はこの三つの基準のうちのこれに当たるのだ、これに当たるのだから訴願前置を許してほしい、認めてほしいというふうに言ってくるのでありまして、三つの基準を度外視したような要求は今日までなかった。したがって、今後におきましても、われわれが逐条説明なり提
もちろん、亀田委員のおっしゃるように、現在のわが国の段階におきましても、公法上の仮処分制度を認めるべきだという意見もございます。ございますが、私どもは自分の意見でこういった条文を置いたんじゃございませんので、数年間法制審議会の段階で得た結論を法案化いたしたのでありまして、ともあれ現在の段階を基準にいたしますならば、やはり公法上の仮処分は認めないほうがいいという意見が多かったのでございまして、勢い、こういった四十四条のような規定を、どこに置くかは別にいたしまして、設けなければならぬことに相なったのであります。また、今後そういった公法上の仮処分も認めるべきだという意見が強くなり、それが支配的になる、また裁判所の段階でもそういった判例が優
立法技術といたしましては、おっしゃるような規定の作り方もあるかと思うのでありますが、私ども理解する限りでは、行政事件訴訟と申します、その本質的な定義の仕方は、「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」、この三条の一項だけで、実は本質的には行政事件訴訟というものを尽くしていると私ども考えておるのであります。第二条にあげておりますその他の、当事者訴訟であるとか、あるいは民衆訴訟、機関訴訟というものは、それぞれ特別の法規にそういったものがございますので、特にあげてあるのでございますけれども、概念的に規定いたしますれば、行政事件訴訟というのは、三条の一項でもう尽くしていると考えるわけでして、二項ないし五項は、本法において特別の規定を置く必要
自分の気持を自分でどういうふうに客観的に解されるか、批評しなければならなくなるかもしれませんが、実は、本法において明文を置いて、あらゆる場合を、本法にこまかい規定を置くということになりますと、そこにそれぞれ立場を異にする人があり得るわけでありますから、たとえば、義務づけ訴訟は今や認めるべきであるという意見もあれば、また、義務づけ訴訟は、今の日本の状態では認めるべきでないという意見もあります。また、給付訴訟を認めるとしますと、一方にたちまち、給付訴訟は、現在の段階ではわが国にはまだ認めるべきじゃないという説をなすものがございます。そういったものを、すべて本法で、一方の立場を押えて、一つの立場から規定をするということは、ある一方の立場を
全くそのとおりであります。
ただいま私が御説明申し上げましたように、提案者といたしましては全く白紙なんでありまして、もししいて意見をお問いになるとしますと、私個人の意見を述べなければならぬような立場になると思うのですが、私個人の意見としましては、少なくとも現在の日本の学説、判例の趨勢からいたしますと、まあ私もその趨勢に従うわけでございますが、義務づけ訴訟であるとか給付訴訟であるとかというものはまだ許されないものだと思っております。これは全く私個人の意見であります。
それは、今の亀田委員があげられました意見の中の私の同調しているほうの意見が述べているとおりでありまして、裁判所は、なされた行政処分について、それが違法であるかどうかについては判断権はあるけれども、裁判所自身が行政処分をやると同じ結果を来たすようなことはできないという考え方なんでございます。義務づけ訴訟も、単に行政庁にそういう行政処分をする義務があるという確認をするだけでございますが、それ以上、あたかも裁判所が行政処分をやったと同じ結果をきたす、給付訴訟においてもまさにそのとおりであるという考え方であろうと思います。私もそれに同調しているわけであります。
そのとおりであろうと思います。
これは、私だけの個人的な意見をここで議論していただきましても、実はその場でないと思うのでありますが、今亀田委員は、確認訴訟を認めているのだから同じじゃないかとおっしゃいますが、本法で取り上げております確認の訴えと申しますのは、不作為の違法確認でありまして、しかもその場合には、裁判所が判断いたしますものは、何もしないことは違法だというだけでありまして、その事案についてこういった処分をすべきだという積極的な意見を現わして判決するのではございません。やはりその場合にも、司法と行政との限界ははっきりと守った形で訴訟の類型を本法案は定めているのでありまして、積極的な義務確認の訴訟というものは、本法案には何も触れておりません。やはりその点におき
私と亀田委員が個人的に討論をする場合じゃありませんから、ちょっと理屈は申し上げたくないのでありますが、第五項と第一項の関係で、亀田委員のおっしゃるように、第五項があることによって、かえってそれ以外の訴訟は禁圧するということがこの法に現われているんだと、こう解されるおそれがあるというふうに亀田委員おっしゃっておるようでありますが、そこが全く私どもの申します三条の一項と五項との関係、二項以下も同じでありますが、特に響くのは五項かと思いますが、一項と五項との関係で、それ以外は認められないんだという解釈になるか、認めるという解釈になるか、そこは全く私ども、今言った将来の学説、判例に待つんだというところなんでありまして、亀田委員のおっしゃるよ
後に司法で争われるような形で行政処分をすることはめんどうくさいと、それよりも、一挙に裁判所で解決つけてもらうほうがいいのじゃないか、これは、そのことだけを取り出して考えれば、まさにそういうことになるのでありますが、そこがまさに司法と行政との接触面なんでありまして、やはり司法は司法の分を守り、行政は行政の分を守るというのが、今の一方の、つまり私が同調しております一方の考え方なのであります。後に争われるような行政処分にしないで、むしろ裁判所なら全部裁判所でやったほうがよろしいというような形になってしまいますので、やはり不作為の場合の、そういった意味で司法と行政の分を守ろうというのが、そういった見方をしておる立場の人たちの考え方なのであり
大同小異だと言って結ばれてしまいますと、実は理論がなくなってしまいますので、やはり理論的には、私が申しましたように、私個人の考え方からしますれば、不作為の場合には、不作為が違法だというだけを裁判所が判断する。その後に処分をするのは行政庁で、やはり理論的にはこういう立場をとらざるを得ないと実は私は思うのであります。まああまり討論の場になるのを私は好みませんが、亀田委員は、やはり私どもが予定しております将来学説、判例がそのほうに発展した後のことを言われているように思います。