私は、いまでも政府委員の性質が抜けませんので、新聞の方にお話しするときも必ず条件をはっきりしております。今回のグラマンの事件については、これまで新聞で報道された限りの事実に基づいて、私の個人的な体験から言えば、恐らく刑事事件にはならないでしょう。ただし、将来のことは神様しかわかりません。したがいまして、検察当局の捜査の結果を待ってどうだこうだとおっしゃるのが筋ではないですか、こういうふうに申し上げておるのです。
私は、いまでも政府委員の性質が抜けませんので、新聞の方にお話しするときも必ず条件をはっきりしております。今回のグラマンの事件については、これまで新聞で報道された限りの事実に基づいて、私の個人的な体験から言えば、恐らく刑事事件にはならないでしょう。ただし、将来のことは神様しかわかりません。したがいまして、検察当局の捜査の結果を待ってどうだこうだとおっしゃるのが筋ではないですか、こういうふうに申し上げておるのです。
そこまでどうこうということは考えておりません。そして、私は刑事事件という場合には、いわゆる汚職、贈収賄事件というふうに限定して申しております。そういうものにはこれまでの新聞で報道される限りにおいてはならないのではないですか、こう言ったわけです。
そうです。
ただいま昭和四十七年の二月に決定されました四次防の大綱の段階におきまして、いわゆるPXLの国産化という問題が決まっておったかどうかという意味の御質疑でございますが、四次防の大綱の言葉はいま先生がおっしゃったとおりでございまして、そこには対潜哨戒機ということはございません。この大綱を三次防の大綱とお比べいただきますとよくおわかりと思いますが、三次防の大綱に決めました研究開発の中には、高等練習機、レーダー搭載警戒機、それから輸送機等の各種の飛行機という言葉が使ってございます。これと対比していただきますというと、当然この四次防の大綱で次期対潜哨戒機、すなわち一般にPXLということが言われておりますが、これの国産ということが決まってはいない
ただいま先生のお言葉の中に、事務局長の私がいろいろと調整をしたというお言葉がございましたが、私、調整という言葉が適当かどうかわかりませんが、十月の二日に四次防につきましての大蔵省からのいわゆる予算規模の内示がございます。それから後で、大蔵省と防衛庁の間でいろいろな事務的な折衝がございます。その過程におきまして、いま御指摘のございました対地支援戦闘機というものにつきましての国産ということにつきまして、大蔵省の方ばもともと輸入した方が安いという考え方も持っておったようでございますが、その輸入した方が、当時の新聞等によりましても、大体国産のものよりは三分の二ぐらいの価格で買えるんではないかという、その値段が安いという点と、それから当時非常
その時点におきましての問題点は、いま御指摘の対地支援戦闘機を国産でいくか、ないしは輸入にするか、その一点だけでございます。PXLにつきましての問題というのは全くございません。
何か聞いておるかということの御質問でございますと、事前には何も聞いておりません。総理の部屋での打ち合わせが終わりましてから、国防会議の議員懇談会が始まりまして、私が事務局長として当時、当日御決定いただく問題についての議案の一通り御説明終わりました後で、座ったときに、後藤田君から、専門家会議を設けてという話はそのときに聞きました。
懇談会が始まりまして後、私が一応議案の御説明をいたしまして着席した、その隣に後藤田君が座っているわけです。座ったときに後藤田君から私は簡単なメモをもらいまして、専門家会議を設置ということを知らされた。それが私の知った最初でございます。
当時の記憶でございますが、私は専門家会議を設置して、このAEW、PXLを検討という簡単な走り書きであったと記憶しております。それは、私はこの専門家会議が何だということを後藤田君に問いただしましたときに懇談会の方の議事が始まりましたので、そこで二人の会話はとぎれております。私は後藤田君からそういうメモをもらったことを記憶しております。それだけでございます。したがいまして、言葉その他メモの詳しい内容は記憶いたしておりません。
これは、私は後藤田君とは——あえて君と申しますが、内務省以来の友人でございますので。後藤田官房副長官とはずっとこの四次防の調整役をしておりますので、もし後藤田君が事前にそういうことを考えておりましたら私に連絡があったはずだと思います。そこで、物事の順序といたしましては、懇談会の始まります前に総理のお部屋で三人が集まりました。そこでいわゆる下相談をされたのではないかと思います。したがって、後藤田君の発案ということは、私にはちょっとそうとりかねます。
ただいま問題にされましたいわゆる国防会議議員懇談会での了解事項でございますが、これは懇談会が始まりまして一応私が当日の議案の御説明を終わります。それから後、出席の議員方の御懇談が始まるわけでございますが、先ほど申しましたように、そのときまでに一応幹事会議レベルまでで決定できなかったものが対地支援戦闘機の問題でございますので、当然それについての御懇談、討議が始まるわけです。そのときに、総理から問題になっておったこの航空自衛隊の対地支援戦闘機という問題はひとつ国産でいくことにしたいがどうだろうかと、こういう意味の御発議がございます。それを受けまして出席の議員の方々がそれで結構だと、こういうことになったわけであります。その後で総理としまし
いま御説明いたしましたが、私は書いた者ではございません。その文案を考えましたのは先ほど申しましたように大蔵省、防衛庁、国防会議事務局の事務方でございます。当日防衛庁からは島田事務次官、久保防衛局長、この二人が出席しております。大蔵省からは相澤主計局長、それから長岡主計局次長、この二人が御出席であります。それと国防会議の事務局参事官三人がおりますので、その事務方が部屋の片すみで相談をいたしましたので、だれがどういう文字を考え出したか、私はそれを承知する機会がございませんし、できましたものを皆様方に読み上げましたら、皆様方がそれで結構だということになったわけです。ただ、いろいろと疑惑を持たれる原因がこの白紙という言葉だとおっしゃいますが
私が国防会議議員懇談会の了解事項にいたしたいと申し上げましたのは、当然先生方も御存じと思いますけれども、従来からのこれは慣例でもございますし、当然そういう手続になると思いますが、国防会議で物事を決定する前には必ず少なくとも各省次官レベルの幹事会の議を経ることが必要であり、適当であり、妥当だと思うわけです。いろいろ緊急の場合にはその次官レベルの補佐ということがなしに、大臣のお集まりだけで物が決まることもございますけれども、そういうこともありましょうけれども、ふだんはそれぞれの組織がございますから、少なくとも仮に参事官会議は省略いたしましても、幹事会でそういう問題についてのいろいろ事務的な検討をするということが当然に必要であるというのが
私が専門家会議は成り立たないというふうに考えましたのは、いわゆる専門家がいないと思ったわけでございます。対潜哨戒機あるいは早期警戒機、こういうものは御存じのように日本で開発したもあでございません。全部外国で開発したものをいろいろ教えてもらってつくっているわけでございますから、そういう意味で本当の専門家がおるとすれば、その教えてもらった防衛庁の制服の人々の中にしかいないんではなかろうか、これが第一の考え方でございます。 その次は、そういう飛行機をつくっておる関係の会社の技術者、それがやはり専門家になるかもしれない。ところが、第三者機関的な性格の専門家会議でございましたら、そのような利害関係者が入ること、これはまずいという意見も出て
私は四次防の決定されました後、十一月の末から約二週間、アメリカからヨーロッパの方に回りました。これは四次防を制定されます前に一応防衛庁の方からアメリカの国防省に四次防につきましての御説明をなさっておられます。そこで四次防が正式に決定した後でやはりこれはアメリカの方に説明をする必要があると考えまして、総理に申し上げまして私がアメリカの国防省に四次防の説明に参りました。その帰りにヨーロッパに回りましてイギリス等の対潜哨戒やなんかの実態も見て帰ってきたわけです。その後で、出かけます前から後にかけましては、いま申しましたように、事務局の方に関係各省の方とこの問題の扱いを検討しといてくれということで出かけたわけです。帰ってきましてから参事官会
これは先生方御存じのような昭和四十七年二月の時点でございますので、あのときの大綱は文字どおり大綱でございます。そこで一応当時の物の考え方の大筋を決めていただいて結構だったのでございますが、その後もやはり大蔵両省の間でいろいろと完成機を考えるとか、いや部分的にいくとかいうことが問題になりました。そこで主要項目の決定のときにはそこの表現が実は事務的には非常にむずかしかったわけでございます。そこで私の事務局の参事官に、両省の間でひとつしかるべく合意できる文章をつくってくれということを私は頼みました。その結果できた文章があれであります。したがいまして、見ようによりましては大綱のときよりも狭まった感じがいたしますが、しかし何分にもこの種の問題
その点につきましての私の意見は、P3Cの輸入とかあるいはPXLの国産、輸入という問題の前に、PXLが果たして要るのか要らないのかという議論がないのでございます。それをまずしていただきたい。およそ装備品を国産するか、輸入するかという問題の前に、それを持つか持たないかということの決定が絶対に必要でございます。それがなしに物事が進んでおる、それがおかしいのであります。 それから私なりの物の考え方から申しますというと、陸海空自衛隊、いろんな不備な点がございますけれども、私は私の人生観で、まず自分の足元を固めるべきであるという考え方から申しますというと、対潜哨戒機能という言葉の中には、実は六つのいろいろなファンクションと申しますか、手段が
私は昭和四十七年の十二月の二十二日に国防会議事務局長を退官いたしました。それまで五年五ヵ月事務局長をいたしておりましたが、その私の事務局長としての在任期間におきましては、PXLという問題は要するに研究開発の対象の一つでしかなかったわけであります。したがいまして、その必要とか不必要とかというような議論に入るまだ段階ではございません。
私見はあり得ないということです。
あれば首相官邸の小客間と申しますか、私、正式な名前は知りませんけれども、一般にそう言っているところでございます。