違います。二階。小客間ですか小食堂ですか、ちょっとそこはいま私わかりませんが、二階の、わりに大きな、表に面した方の部屋だと記憶しております。総理の執務室、閣議室、その中間ではございません。ここはもう国防会議議員懇談会以外は従来使用いたしておりません。幹事会は全部別室でございます。大きな、二階に二つ部屋がございますが、そのどっちかを使っております。
違います。二階。小客間ですか小食堂ですか、ちょっとそこはいま私わかりませんが、二階の、わりに大きな、表に面した方の部屋だと記憶しております。総理の執務室、閣議室、その中間ではございません。ここはもう国防会議議員懇談会以外は従来使用いたしておりません。幹事会は全部別室でございます。大きな、二階に二つ部屋がございますが、そのどっちかを使っております。
資料の持ち込みがお許しいただけませんので、控え室のかばんの中にございますが、私の記憶で申しますと、そのほかに久保防衛局長も入っていたと思います。大体いまおっしゃったメンバーの方がおられました。
慣例に従いまして、官房副長官の後藤田君でございます。
議題となりましたものは、その前の前の土曜日、この対地支援戦闘機というものをどうするか、輸入か国産かという問題が預かりになっておりました。当日、土曜日は午後からある程度時間をかけてやりましたけれども、いろいろと技術的な問題が絡んでまいりますので、そこで小委員会のような形で関係の省次官レベルでもう一遍やろうということで、御存じのように一時中断いたしました後ホテルニュージャパンでいたしまして、八時までやりました。その結果の報告でございます。そこで、この問題につきましては御委任を受けて、いろいろと関係省庁の間で検討したけれども結論が出ない。そこで、この問題は国防会議の議員懇談会で議員方、すなわち大臣レベルのところで決めていただくことにする、
それが解決がつかないので、国防会議議員懇談会で決定していただくことにいたしますという……
それだけでございます。
二十五分程度であったように日記を見ますと書いてございます。
その辺の記憶は私は定かでございません。だれがどういう順番で入ったかは知りませんが、御存じのように、後で防衛庁で当時の関係者のいろいろな思い出話を総合いたしました経過がございます。それに従いますと、まず後藤田君が総理の部屋に入る、続いて相澤主計局長が呼ばれると、そういうことになっておるようであります。
私にはお呼びはございませんでした。
私は一時期官房長官が入られたと記憶しております。いつ入られたかわかりませんが、出てこられた姿は私は見ておりますから。
官房長官がどういうわけで入られたか、そこまで私は考える余裕持ちませんし、また知りません。しかし、お入りになったということは記憶にございます。 それと、十五分というのはちょっと私の日記とは違いまして十分前後じゃないかと思います、おくれましたから。
科学技術庁長官おっしゃいましたでしょうか。
出席しておられます。
それから慣例としまして法制局長官も出ておられます。それから官房長官、両副長官、そういうことであります。
ございますが、大体において議員懇談会のいまのメンバーの方々がおおむね出ておられます。
これは慣例によりまして事務局長が一応議案の御説明をいたします。御説明ということは用意されました文案の朗読でございます。当日は御存じのような四十七年二月のあの国会の騒ぎを収拾するいろんな……
私がやりました。
はい。
私の説明の後で防衛庁の方から説明があったかと記憶いたします。これは定かでございません。
はい。