御質問の趣旨がよくわかりませんけれども、貸す場合には、稟議した上、それに関連して預金もいろいろ入れることを——その預金については別に調査はいたしません。
御質問の趣旨がよくわかりませんけれども、貸す場合には、稟議した上、それに関連して預金もいろいろ入れることを——その預金については別に調査はいたしません。
原則といたしましては、掛金限度以上のものは一応稟議するということになっておりますが、五十万以下の場合には稟議しないことが間々ありました。
先ほど申し上げました通り、頭金の受け入れについては稟議をしないでおりました。後日になってからこの預金の受け入れについては稟議したことはございますけれども、原則としてはやっておりません。
三十一年の六月十六日でございます。
二十八年の十一月ごろからぼつぼつ詰まって参りました。
それは三十年の四、五月ごろかと記憶しております。
そのころ直江さんの方からぼつぼつ入ってきまして、漸次高額になってきたわけでございます。
検査の来るまでには二十億まではなかったと思います。約十八億幾らくらい。昭和三十一年二月の検査でございましたが、そのころまでには十八億ちょっとと思っております。
この貸付も徐々にふえて参りまして、検査当時は十一億幾らというように記憶しておりますが、こまかい数字は覚えておりません。
裏利のことについては、私らとしてはわからなかったのでございます。けれども、事件が起りまして、いろいろ聞くところによりますと、二十八年ごろから通して最高は月四分くらいのがあったそうでございます。最終のころは月二分一席価後というように聞いております。
さようであります。
結局それはある程度はわかっておりましたが、詳しいことについてはわかっていなかったわけであります。
これはそう多数ということではないわけでございますけれども、ほとんど直江君の会社の関係筋だけでございます。
ある程度は大口のものもわかっておりますけれども……。
まず大口はスチール工業関係、そしてあとは株式会社大昌関係、それから東一物産関係、この三つで、それ以外の内訳については、今秋は正確に記憶しておりません。
貸しの方です。
スチール工業関係は十四億円前後、大昌は約五億前後、束一物産は三億前後と記憶しております。
導入の金額は、ここにこまかく分類されておりませんので、だれがどうということはわかりません。
大体が無記名が多かったために、だれが多く入れたということはよくわからなかったわけでございます。
ほとんど記名で、ございました。